時は流れて
「真一郎の馬鹿野郎!」
部屋の中央に、すっくと立ち、姿の見えない敵と対峙する男装の天音、
厳しい表情で、モニタリングされているであろう方向を見据えている……
だけど天音が何故、この場に出てくるんだ?
本多会長とは面識は無いはずだ。
「お前…… みすゞなのか?」
本多会長が口にした名前に、俺は驚きを隠せなかった、
「そうだよ、真一郎くん、あなたに会いに来たんだよ……」
天音に往年の大スター、今宮みすゞがあたかも憑依したように見えた。
「本当に、あの頃のままだ…… みすゞ、いや、みすゞさん」
本多会長の声のトーンから怒りが完全に消えた。
「あなたに話したいことがあるんだ、さよりちゃんはそこに居るの?」
天音、いや今宮みすゞの表情に柔らかな物が浮かぶ、
まるで子供を諭すような口調だ……
スピーカー越しの本多会長が沈黙する。
天音はなおも続ける、
「もう誰も傷付けちゃ駄目だよ、真一郎くん……」
「分かった、みすゞさん、僕の書斎に来てくれ、さよりも一緒だ」
よかった、さよりちゃんは無事のようだ、
んっ、今、本多会長、僕って言ってなかった、
儂じゃないの?
疑問をはらみつつ、俺達は最上階にある会長の書斎に向かった。
途中のエレベーターでも、何だか、天音に話しかけられなかった……
天音も表情を変えず、何か考えているように見えた、
本当に今宮みすゞが乗り移ってしまったみたいだ。
最上階に着き、本多会長とさよりちゃんの待つ書斎の前に立つ、
「一人で真一郎くんと話したいの……」
天音が穏やかな表情で俺達に告げる、
「分かった、何かあったらすぐに呼んでくれ」
弥生ちゃんと書斎のドアの前で、天音を見送る。
扉の向こうに天音が消える……
中の様子は一瞬で判らなかった、
「天音ちゃんは大丈夫でしょうか?」
しばらく時間が経ち、弥生ちゃんが心配そうに呟く、
「今は天音に任せよう、さっきの表情を見ていると、
根拠は無いけど大丈夫な気がするんだ……」
本多会長は天音を見て、敵意や怒りの感情を消した、
そこに理由があるはずだ。
どれだけ時間が経過しただろう、
さすがに長すぎるなと感じ始めた矢先、
書斎のドアが開いた……
天音が顔を見せる、そしてさよりちゃんだ!
満面の笑顔で俺達の前に姿をみせてくれた。
「さよりちゃん! 無事だったの?」
思わず、弥生ちゃんが抱きついて喜び合う、
「みんな、ありがとう…… 心配掛けてごめんなさい」
その光景に天音が優しい笑みを浮かべながら話し始める、
「もう本多会長、いえ真一郎くんは意地悪はしません、
さよりちゃんの転校も無くなりました……」
「えっ? と言うことは歴史研究会入部も……」
驚きでさよりちゃんに問いかける、
「はい、お祖父様は入部も認めてくれました」
「やったぁ!」
俺と弥生ちゃんが思わず抱き合って喜ぶ、
次の瞬間、弥生ちゃんの顔が湯沸かし器みたいに真っ赤になる、
「あっ…… 私、思わず、先輩ごめんなさい!」
急いで身を離す弥生ちゃんに、俺達三人が笑顔になる。
やっぱりこれだ、このメンバーじゃなきゃ駄目なんだ、
「でも一体、どうやって本多会長を説得したんだ……」
あれだけ反対していたんだ、何故なんだ?
「それは俺が説明しようか……」
この声は、具無理のマスター! でも何でこの場所に?
マスターが大きな荷物を抱えながら語り始める、
「今宮みすゞと天音ちゃんが瓜二つな理由は、二人が血縁関係だからなんだ」
えっ! 今宮みすゞと天音が……
でも名字が違うけど、
「驚くのも無理はない、俺はあの肖像画に隠されていた手紙の住所を
探してみたんだ、最初は既に引っ越しをしていて何も掴めなかった……
一度は諦め掛けた、そこで天音ちゃんと何故似ているのかと言う事で、
その線から調べたらビンゴだったんだ」
「そう、今宮は僕の亡くなったお祖母ちゃんの旧姓、
だから天音とそっくりなの……」
天音が驚きの事実を話す、
天音のお祖母ちゃん? だから瓜二つなんだ……
「でも、何で本多会長との関係があるんだ?」
「まあ、続きを聞いてよ、肖像画にはもう一通、未開封の手紙があっただろ、
依頼主に許可を取って、中身を確認してみたんだ、
差出人は内藤純一、そして宛先は……」
マスターが話を続ける、
「何と、本多会長宛だったんだ……」
「手紙によると、純一と真一郎は帝都大学の同級生、下宿も一緒の親友だったんだ、
そしてまだ大スターになる前のみすゞを見初めたのは真一郎が先だった、
二人は仲良く交流していたが、後に純一がみすゞに惹かれ始めたことに
気付き、友情を取って身を退いたんだ……」
「その続きは、僕に話させて貰ってもいい?
部屋で真一郎くんの当時の想いも聞けたから……」
天音が話を続ける、
「その後、内藤純一とみすゞ、僕のお祖母ちゃんは結婚するけど、
長く続かなかった……
それを純一は晩年まで後悔していたみたい、
親友を裏切って結婚したのにこの結果だって、
そして当時、描いたこの肖像画に手紙を託したの……」
そうか! だから二通あったんだ、当時の奥さん、今宮みすゞ、
そして親友の本多真一郎、だから本多会長も絵を探していたんだ……
「お祖父様にそんなロマンチックな大恋愛があったなんて、
全然、知りませんでした……
お祖父様を見る目が少し、変わりました、
すごく素敵だなって……
そしてあんなに私の躾に厳しかったのは、
親友だった純一さんの理念を、孫娘の私に継承して欲しかったからだと思います」
さよりちゃんもお祖父さんと何とか和解出来そうだ、本当に良かった……
でも、なんで天音はみすゞになりきる事を思いついたんだろう?
「それは俺がメールでアドバイスしたのさ……」
と具無理のマスター、いつの間にメール?
「みすゞとそっくりな天音ちゃんに当時の呼び名で一喝すれば、
あのおっかない本多会長もイチコロだってね」
そうか、だからあの時、本多会長も青年時代に戻ったんだ……
「さてと、俺はもう一仕事残ってるから、ここに来たんだ」
マスターが大きな荷物を運び始める、
「一人じゃ無理だな、誰か手伝ってくれないか?」
「では私がお運びしましょう……」
執事の皆川さんだ!、無事だったんだ……
いつの間に着替えたのかいつもの正装になっている、
「皆川…… 今回は本当に助かりました、ありがとう」
「お嬢様にそのようなお言葉を頂くなど、身に余る光栄です」
皆川さんとマスターが二人で荷物を書斎に運び込む、
「マスター、その荷物は?」
「ああ、前に店で言ったっけ…… この絵は誰にも譲れない、
ただ一人を除いてって、」
「その一人、本多真一郎にお届けなのさ」
そう言いながら、荷物の覆いを取り外す、
そこに現れたのは、あの神秘的な微笑みをたたえた
男装のトップスター、今宮みすゞの肖像画だった……
二人は書斎に持ち込むと、まるでそこが指定席かの様に開いていた
窓際の壁に肖像画を手際よく掛けた、
「みすゞさん、やっと逢えたね……」
それを目を細めながら眺める本多会長の顔は、まるで初恋の人に
再会した少年のように穏やかに見えたんだ。
「永い時を越えて再会出来たんだね、みすゞお祖母ちゃんは……」
「そうだな、きっと内藤純一も傍に居るんじゃないかな?」
「そうですね、きっとそうです、猪野先輩!」
「お祖父様のあんな優しそうな顔、初めて見ました……」
俺達はそっと書斎のドアを閉めた、
それが今回の肖像画にまつわる話の全てだ。
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