エンドレス スプリング

 ――あの頃、俺達はいちばん太陽に近い存在だった……


 道具の置いてある艇庫から、リグとボードを運び出す。

 砂浜の手前の芝生で、ゲレンデの風域に合わせたセイルのセッティングをする。

 風向きはクロス気味のサイドショアだ。

 この後、風が強くなるのを想定して、アンダー気味のサイズのセイルを

 チョイスした上で、ボートは海面に合わせ短めの板を用意する。


 俺達のやっているウィンドサーフィンとは、長めのサーフボードにリグと呼ばれる

 小型のセイルを取り付けて、ヨットよりも手軽に持ち運び出来、

 サーフィンで面倒な沖に出ると言う動作を、風を動力としたセイルを使って、

 簡単に出来る様にしたマリンスポーツだ。

 自由に海面を滑走出来る、このスポーツに俺達は今、夢中になっている。


 このゲレンデに合わせてフィンは後傾した物をセットする。

 手前の付近で藻が多い為、絡まってしまわない様に

 失速を防ぐ意味合いもある、


 先に兄貴がランチングする。

 一連の無駄の無い動作でビーチスタートして、早々に海面を滑走して行く。

 その姿に遅れまいと、風をセイル一面に受けながら、

 足元のストラップにつま先を入れ、ボードコントロールをしながら

 俺も弾かれた様に浅瀬を後にする。


 沖合にあるブイをマークにしながら先行する兄貴が華麗なドライブターンを

 決める。

 俺も同じラインでターンを決めようとするが、

 セイルを海面に倒し過ぎてしまい。体勢を崩し、沈してしまう……

 転倒した悔しさで、海面を左手で叩く俺を尻目に、

 兄貴が、笑いながら声を掛けてくる。


「宣人、お前はセイルを倒すのが早すぎなんだよ。

 もっと前足の踏み込みを意識してからターンしてみな」


 沈した状態からセイルをリカバリーポジションにして、

 素早く、再スタートする。

 ブームと呼ばれるバーに取り付けられたハーネスに、

 全体重を掛けながらセイルを引き込み、トップスピードに持ち込む。

 それでも先行する兄貴には追いつけない……


 その差はどんどん開いていく。


「待ってくれ! 兄貴、俺を置いていかないでくれ……」



 *******



 同じ夢を何度、見ただろう……

 いつも兄貴に追いつけない所で眼が醒める。

 枕元のデジタル時計を見て、俺は慌てて飛び起きる。

 既に遅刻スレスレの時間帯だ。


 その時、玄関のインターフォンが鳴る。

 誰だろう? こんな時間帯に……

 天音や親父は、先に出掛けてしまったようだ。

 微かな頭痛を感じながらベットから降りる……


 続けざまにインターフォンが鳴る。

 階下に降りて、玄関ドアを開ける、


「おはよう、宣人……」


 そこにはお麻理こと及川麻理恵が立っていた。

 でもいつもと何か雰囲気が違う……


「お麻理、身体の方はもう大丈夫なのか?」

 先日の入院の件を心配する。


「大丈夫だよ、念の為、精密検査もしてもらって、

 異常は無かったから……」


 そこで、トレードマークの赤いフレームの眼鏡が無いことに気がついた。


「お前、眼鏡はどうしたの?」


 お麻理が真っ赤になりながら弁解する。


「べ、別に宣人に言われたから、急にコンタクトにしたんじゃないからね!

 眼鏡が壊れちゃったから、仕方なくこれにしたんだから、

 勘違いしないでくれる……」


 確かに普段の野暮ったい大きな眼鏡が無くなった印象から、

 以前より、かなり可愛いく見える。

 思わず見とれている俺に、更に照れながらお麻理が続ける。


「一応、退院後、一番にお礼を言いたかったから…… 

 宣人、駆けつけてくれて本当にありがとう」


「うん、元気になって良かった……」


 玄関の前で、二人の間に沈黙が流れるが、

 俺が今の時間を思い出し、

「ちょっと待って、急いで用意するから」

 遅刻しない様にと、急いで着替え、自宅を後にする。


 駅までの道中を急ぎながら、お麻理が、思い出した様に切り出す。


「宣人 もうすぐだね……」


 今朝は風が強い、街頭に咲く桜が大きく揺れている。

 今日で一気に花が散る可能性もある。


「そうだな、あの日もこんな風の強い日だったっけ……」

 散って行く、桜の花びらにまで複雑な思いを寄せてしまう。


 お麻理が視線を合わせずに、ぽつりと呟く。


「宣人、あの人の命日だね……」


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