エンドレス スプリングⅡ
「宣人、あの人の命日だね……」
お麻理の優しさが感じられる言い回しに、思わず目頭が熱くなる。
俺は生涯、あの日を忘れないだろう。
あの輝いた日々を……
中学三年生の時、従兄弟である押山真司を、俺は兄貴みたいに慕っていた。
いつでも流行の先端を行く、兄貴の真似ばかりしていたっけ……
ウィンドサーフィンも兄貴に誘われて始めた。
サーフィンよりもマイノリティなスポーツだが、
俺の住む地域に有名なゲレンデがあり、すぐに夢中になった。
休日はもとより、放課後、早朝まで風が吹けばソワソワしてくるのが、
ウィンドサーフィンの魔力だ。
授業中でも、窓の外の木が揺れていれば、居ても立っても居られなくなる。
一度、ショートボードでプレーニングを味わったら、病みつきになる、
早く、ビーチに出てボートに乗りたい……
日常生活の嫌な事も、一瞬で忘れさせてくれる、
世間一般で、ウィンドサーフィンのイメージは、プカプカ浮いている
アクティビティを思い浮かべる人も多いが、
実際は下手なバイク並に最高速が出るエクストリームなスポーツだ。
大まかに分けて、コーススラローム、スラローム、ウェイブの三つに、
分類される。
俺達のやっているのは直線の最高速やターンを競い合う、スラロームという、
競技カテゴリーになる。
海上に設置したブイをターンの目印にして、周回のコースを設定し、
タイムを競う、エアリアルの技を競うウェイブ競技と違い、
海のエフワンと言える種目だ。
兄貴に全て教わった。
海の楽しさ、厳しさも……
天音やお麻理も、一緒によくゲレンデに来てくれていた。
俺達のお弁当作りや、ライディングのビデオ撮影に勤しんでくれていた。
兄貴も俺もいずれは、クラブチームから実業団に所属して、
将来はプロのウィンド選手を目指していた。
日本ではマイナースポーツ扱いだが、諸外国では
人気も高く、グローバル的に見れば、将来性のある分野だ。
ワールドカップも開催されていて、関連メーカーがしのぎを削っている。
兄貴は高校生のインターハイでも上位入賞を独占する、
このあたりでは有名な選手の一人だ。
中学生の俺にとっては、高額な道具も全て貸してくれた。
その替わりに、俺は親父から借りたエレキギターを使って、
兄貴に演奏を教えてあげた。
こじつけかもしれないが、音楽のセッションとウィンドサーフィンは、
通じるものがある気がする。
自由に海面に描くボードの軌跡は、あたかも五線譜に自由自在に書かれた、
音符に似ている……
俺のウィンドサーフィンのスキルアップと比例して、
兄貴のギターの腕前も少しずつ上達していた。
風の無い日はギターの練習日になる。
俺がリードギター担当、兄貴がリズムギターを担当する、
そこに親父がドラム参加してセッション開始だ。
まだアドリブには慣れていない兄貴を尻目に、
親父がドラムの美味しい所を叩きはじめるが、
俺が制するように、ギターのリフを弾き始める、
最初はバラバラだった演奏が重なりあってくる。
天音がそんな俺たちを、幸せそうにリビングから見つめている……
頭の中に溢れてくるリズムに合わせて、
今でも一瞬であの頃に場面転換する。
あの日も風の強い日だった……
完全なオフショアのコンディションだ。
セイルチョイスも難しい上、とにかく風が安定しない
ガスティな海面は、エアポケットのように、
走りを失速させる……
俺はオーバーサイズのセイルをチョイスして、
失速する兄貴を抜き去る事が出来て、有頂天になっていた。
「兄貴、お先に失礼……」
セイルを前後にパンピングさせて、少しでも動力を得ようと
もがく兄貴を軽く抜き去る。
「宣人、この野郎! ちょっと待ってろよ……」
いい気分だ、
技術スキルでは到底、兄貴に敵わないが道具の恩恵で今日は有利だ。
ロードバイクやゴルフと一緒で、機材スポーツと言われる所以だ。
大きなセイルを使えば、最高速では勝てる。
道具にお金を掛ければ有利になるのは、ある意味、課金でスキルを買える
ソーシャルゲームみたいだ。
調子に乗る俺に、次の瞬間、悲劇が襲いかかってきた……
引き込んだセイルのカーボンマストが嫌な軋み音と共に、
突然、目の前で折れた。
バイクの転倒みたいに、勢いよく海面に叩きつけられる、
海面は固いコンクリートの様に俺の身体に襲いかかる。
「がはっ!」
苦しさで息が出来ない……
水中に沈みこみ、上も下も分からない状態で、もがき苦しむ。
必死でボートに追いつこうとする、
サーフィンはリーシュコードと言う、命綱で足と結ばれているが、
ウィンドサーフィンはボードと離れたら命取りになる。
すごく長い時間に感じられた、
このまま、ボードに追いつけなかったら溺死の可能性もある、
俺は泳ぎには自信があるが、今日のゲレンデは。
風向きがオフショアの上、潮の流れが悪い、
沖に持って行かれる潮目だ……
必死で泳いでもどんどんボートと離れてしまう。
涙と共に声が出た。
「兄貴! 助けてくれ……」
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