なくした言葉
……その夜は眠れなかった。
目を閉じるとあの肖像画が浮かんできてしまう……
何故、天音に瓜二つの人物が、昭和の時代に描かれていたんだろう?
偶然の一致なんだろうか……
いや、あれは天音だった、真菜さんに教えて貰った内藤純一は
昭和三十年代に最盛期を迎えていた挿絵画家だったそうだ、
その頃は天音はもちろん、俺も生まれていない……
考えるとますます眠れなくなる、俺はリビングに降りて、
冷蔵庫の麦茶を飲んだ、
「お兄ちゃん、まだ起きてたの……」
天音が寝ぼけた顔で階段を降りてきた、
そんな天音の顔を食い入るように見つめてしまう、
見れば見るほどあの絵とそっくりだ……
「何、怖い顔しちゃって、この間の朝帰りの貸しなら、
まだ考えていないから安心していいよ」
天音が見当違いな心配をしてきた、
そこで直球な質問をしてみる。
「お前、内藤純一って知ってる?」
「誰、俳優か何か?」
天音が知るわけ無いか、俺もどうかしてる、あの肖像画にこだわり過ぎだな。
「そんな事より、お兄ちゃん、さよりちゃんに何かした?
昨日の放課後、会った時、すごく落ち込んでいたみたいだから」
あの入部拒否の後だ、マズい、まだ天音には感付かれたらやっかいだ。
「えっ、知らないよ、何の事?」
「そう、なら良いんだけど、部室に誘っても用事があるから帰るって」
やっぱり、さよりちゃんは歴史研究会を避けている、
何故なんだろう……
翌朝、天音と一緒にいつもの電車に乗り込むと、
天音が心配そうに電車内を見回している。
「天音、どうした?」
「さよりちゃんが居ない、いつもならこの車両に乗っている筈なんだけど」
そうだ、いつもさよりちゃんが先に電車内のボックス席から、
俺達に声を掛けてくれているのに、今朝は居ない……
お昼休みに天音からメールが来ていた、
やっぱりさよりちゃんは、体調不良で学校を休んだそうだ。
放課後、歴史研究会の部室に行くと天音と弥生ちゃんが居た。
「お兄ちゃん、さよりちゃんのお見舞いに行こうと相談してたんだ」
「猪野先輩も一緒に行ってくれますよね?」
さよりちゃんの家か……
そう言えばさよりちゃんは、あまり家の話はしたことがなかったな。
入部拒否の件もあるし、一度じっくり話してみるのも必要だな。
放課後、さよりちゃんのお見舞いに伺う事にした、
俺達の住む地区から一駅隣の住所だった。
教えて貰った住所を頼りにさよりちゃんの家に向かう、
隣駅の一等地にさよりちゃんの家があった……
いや、ふつうの家と言うのは間違いだ、
下手な住宅地の番地全てが建つスペースが本多家の敷地だった。
「もしかして、本多って、あの有名な本多グループ?」
そうだ、コスプレデートのあのリムジンで推測すべきだった……
日本でも有数な大財閥の本多グループなのか?
さよりちゃんの家は。
おそるおそる、広大な敷地の周りに巡らされた高い壁の正面にある
インターフォンを押す。
さよりちゃんが歴史研究会に入部しない理由とは、
一体何故なんだろう……
三人の間に緊張が走る。
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