男は明日はくためだけの靴を磨く

高い壁はまるで要塞のようにそびえ立っている。

蟻一匹も入る事は出来なそうな雰囲気だ。


インターフォンを鳴らすと、すぐに応答があった。

当然、こちらの様子は監視カメラで見張られている筈だ。


「何のご用でしょうか?」


男性の声で用件を聞かれる、俺達はさよりちゃんの友人である事、

お見舞いに来た旨を告げる。

しばらくして確認が取れたようで、正面の頑丈そうなゲートが開く。

複数人の警備を従え、一人の紳士が出迎えてくれた。


「ようこそ、猪野様、住田様、こちらにどうぞ」


俺達の名前も知っている? あっ見覚えがあるぞ、

この間のコスプレデートのリムジンを運転していた執事さんだ。


「先日はさよりお嬢様の為に、ご尽力ありがとうございました」


深々と俺達にお辞儀をする皆川さん。


「こちらこそ、運転ありがとうございました」


三人でお礼をする、その時、執事さんに警備の一人が駆け寄り、

何やら耳打ちをする。

それを聞いた執事さんが厳しい表情に変わるのが分かった。


「大変申し訳ありません、さよりお嬢様から伝言があります、

本日、お見舞いに来て頂いたことは大変感謝しております、

ただ、今日はお会い出来ないそうです……」


「何故なんですか? さよりちゃんに会いたいのに」


「今日は駄目なんです、会長がもうすぐ帰宅しますので……」


会長?誰の事を言っているんだ。


執事さんが少し言いよどんだ後、俺達に驚きの事実を告げる。


「本多グループ会長、本多真一郎、さよりお嬢様のお祖父様です」


「そして、県立中総高校PTA会長でもあります……」


俺の脳裏に、先日の職員室での八代先生の言葉が蘇る、


「特にPTA会長の反対が強くてな……」


嘘だろ、制服自由化に一番反対しているのが、さよりちゃんの

お祖父さんだったなんて……


目の前が真っ暗になる気がした。


「急いでください、もうすぐ会長がお戻りの予定です。

鉢合わせでもしたら大変な事になります……」


感情を表に出さなそうな皆川さんの額に汗が滲む、

焦りの色が伺える、こんなに取り乱す程の相手なのか、

本多会長は……


「私が車で皆様をお送りします、早く乗り込んでください!」


皆川さんがこの間のリムジンでは無く、目立たないようなセダンを

表に用意させて車を急発進させる。

間一髪、入れ違いにこの間のリムジンとすれ違う、

次の瞬間、リムジンの後部座席の窓が下がり、中の人物が顔を覗かせた。

禿げ上がった頭の老人が乗っていた、こちらの車はスモークガラスなので、

俺達の顔は見えない筈だが、老人は確実に俺の目を見据えていた。

その鋭い眼光に俺は震え上がってしまった……


彼こそが本多グループの頂点に立つ男、本多真一郎ほんだしんいちろうだ。


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