いつのまにか少女は
「……こ、これは!?」
思わず、ストックヤードの奥に足を踏み入れてしまう、
薄暗い室内に丁度、沈みかけた夕陽が小さな窓から差し込んでくる、
奥に掛けられた一枚の肖像画に陽が当たり、
その絵の人物は、まるで俺が来るのを待っていたかの様に
自然のライティングで迎えてくれた……
俺の心臓が早鐘のように高鳴る、
そこにあるはずが無い人物が描かれていたんだ……
「何で、天音ちゃんが……」
俺に追いついてきた真菜さんが思わず絶句する。
その肖像画の人物は、男装した天音にそっくりだった。
肖像画に駆け寄って確認してみる、どうみても最近描かれた物では無い。
その人物は、こちらに向けて絵の中から微笑みかけている気がした。
「昭和の鬼才、内藤純一の作品だよ……
贋作か本物か真贋は不明だけどね。」
いつのまにか室内に入ってきたマスターがぽつりと呟いた。
「あの昭和の少女雑誌のカリスマ画家、内藤純一ですか?」
真菜さんが驚きの声を上げた、全然知らない名前だ。
「祖母からよく聞かされていました、祖母の少女時代、
戦後の物資の乏しい時代に、少女が美しく生きると言うことを、
誰よりも教えてくれた心の恩人だって……
いつも内藤先生が責任編集した少女雑誌だけを
心の支えに過ごしてきた事を祖母は教えてくれました」
「マスター! この絵を俺に売ってくれませんか?」
運命だと思った、この絵は俺を待っていたんだ……
何故、そう思うのかは分からない、だけと本能的に言ってしまった。
マスターは腕を組み、困ったような顔で虚空を見上げた。
「宣人くん、済まないがこの絵は駄目だ、幾ら積まれても
売ることは出来ない……」
「何でですか、理由を教えてください!」
断るマスターに食い下がる、いつもの自分らしくない行動に
驚いてしまう。
「本当に済まない、この絵は絶対に売らない事を条件に
仕入れさせて貰ったんだ……」
マスターがその後、独り言のように言った言葉を俺は聞き漏らさなかった。
「ただ一人を除いてだけど……」
「でも、マスター、この絵の人物は!」
食い下がる俺に、真菜先輩がいきなり平手打ちをする。
「……!?」
頬の痛みは殆ど感じなかった……
俺を叩いた真菜さんの方が痛みを感じていた。
俺に手を上げた姿勢のまま、その眼には涙を浮かべている。
「宣人さん、ごめんなさい……」
真菜さんの頬に溢れ出した涙が伝わる、その涙の滴は、
俺を叩いた手の甲にポツリと落ちた。
その涙を見て我に帰った、俺は何をこんなに興奮していたんだろう?
泣いている真菜さんが落ち着くのを待ってから、
マスターに非礼を詫びて二人で帰路に着く。
無言で駅までの道を歩く、
駅のターミナルに差し掛かった時、真菜さんが沈黙を破った。
「……宣人さん、また誘っていいですか?」
身長差のある俺を真菜さんが見上げる、
いつもの柔らかな笑顔が戻ってくる。
もちろん俺の答えは決まっている。
「真菜先輩なら喜んで!!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます