気絶するほど悩ましい

「宣人さん、ここが目的のお店です!!」


真菜さんが嬉しそうに、お店の看板を指さす。

古材を利用した趣のある看板には我楽多 具無理ぐむりと漢字で書かれていた、

蕎麦屋を改装したと思われる店先には、所狭しと物が置かれている、

よく見ると昔のお皿や狸の置物、昔の陶器製の便器もあるぞ……

置かれている物の年代はバラバラで統一感は無い、

一体、何のお店だろう?

かろうじて狸の持つボードに営業中と書かれているが、

怪しい雰囲気もあり、一人だったら絶対に入店はしないだろう。


「宣人さん、中へどうぞ」


真菜さんが慣れた様子で、お店の引き戸を開けて店内に入る。


「いらっしゃい!」


店の奥から声を掛けられる、

店内に一歩、足を踏み入れた途端、俺はタイムスリップしたような

錯覚に襲われた……


「うわっ……」


思わず驚きの声が出てしまう、

狭い店内には表の何倍も物が置かれていた、

様々な年代の物がある、江戸時代から昭和まで、

古道具屋さんのようだが、堅苦しい雰囲気ではなく、

手前の棚には昭和の懐かしいマンガのブリキのお弁当箱や

アイドルのプロマイドが置かれている。

そうだ、タイムスリップした感覚になったのは、

小学生の頃、良く通った学校脇の駄菓子屋さんに、

雰囲気が似ているからだ。

少ないおこずかいを握りしめ、毎日飽きずに通ったっけ……

奥に進むと、昔の木製の冷蔵庫や階段箪笥が置かれている、

その脇のカウンターに店主とおぼしき人物が腰掛けていた。


「マスター、こんにちは」


真菜さんがマスターと呼ぶ人物は、細身で背は高く、

茶髪のロン毛に口髭をたくわえた、一見サーファー風の男性だった、

俺の親父と同じ位の年齢に見えた。


「お茶を入れるからそこに上がって……」


マスターが指し示すスペースは昔の日本家屋に良く見られる、

一段高い畳のスペースの中央に囲炉裏が置かれ

その周りには座布団が置かれている。


「真菜ちゃんが他の人を連れてくるなんて、初めてじゃないの?」


マスターにそう言われて、真菜さんが少し照れたように答える。


「そんな風に言われると、まるで友達が居ないみたいに思われちゃいますよ」


赤くなりながらマスターに軽く抗議する、

そのやりとりに思わず、俺も笑顔になる。


「ごめん、ごめん、真菜ちゃん、紹介してくれる、こちら彼氏?」


彼氏? 真菜さんはその言葉を否定もせず、俺を紹介し始める、


「猪野宣人さん、同じ部活の後輩です」


「よろしく、宣人君」


俺が挨拶をすると、マスターが握手を求めてきた、

年上なのに凄くフレンドリーな人だな。

でもこの感じ、嫌いじゃない、握手した手の温もりから

人の良さが伝わってくる。


「ここは何のお店なんですか?」


座布団に座り、キョロキョロと周りを見回す俺に、

マスターが説明をし始めてくれた。


「まあ、見ての通り、ガラクタ屋さ」


飄々と答えるマスターに、真菜さんが横から補足説明をする。


「マスターが定期的に、古民家から買い付けしてきた物を中心に、

色んな年代の物を置いてあるの」


真菜さんが瞳をキラキラさせながら教えてくれた。


「真菜ちゃんは開店当時からの、常連さんだからな……」


マスターが何でも知っているな、と言う顔で真菜さんを見る。


「まあ、二人ともゆっくりしていって……」


お茶とお菓子を置いて、マスターが店の奥に立ち去る。


「真菜先輩、この店は良く来るんですか?」


二人、囲炉裏に向かい合わせになりながらお茶を頂く、


「歴史に興味を持つようになったのは、祖母の影響なの、

この店に初めて連れてきて貰ったのは小学生の頃だったわ」


真菜さんがゆっくりと語り始める。


「初めて来た日の事は良く覚えているわ、近所のデパートやコンビニでは

見たことの無い可愛らしい物が、こんなにあるなんて……」


真菜先輩が、近くに飾ってあるポーズ人形の頭を愛おしそうに撫でる。


「だから、真菜先輩は歴史研究会に入部したんですね」


真菜さんのルーツが分かって、何だか嬉しくなる。


「そう、宣人さんにも見て貰いたかったの……」


俺と真菜さんの間にほっこりとした時間が流れる。

その後、歴史研究会の今後を語り合い、部のこれからを共有しあった。

その中で真菜先輩に言われた言葉が印象に残った、


「本多さんは何か、私達に言えない悩みがあるんじゃないでしょうか?」


さよりちゃんの入部拒否について話していた時だ。

俺達に言えない悩み、男性恐怖症の件も打ち明けてくれた彼女が、

言えない悩みとは一体何だろう?


「そうそう、このお店には裏もあって、お店に出す前の

買い付けしてきた物が置いてあるの」


真菜さんが俺に教えてくれる。


「常連さんは買い付けの予定を知っているから、

その曜日を狙って、掘り出し物を探しに遠方からも来るの」


そうなんだ、宝探しみたいで楽しそうだな……


「宣人さん、見に行ってみない?」


真菜さんが奥にいるマスターに声を掛け、店の裏に向かう、

裏には車が停められるスペースがあり、買い付けに使う

大きなアルミバンのトラックが、荷台を後ろ向きにして駐まっている。

シャッター式の箱荷台には所狭しと買い付けしてきた荷物が

積載されていた。

その奥に裏のストックヤードがあった、

屋根はあるが、ドアなどは無く、簡単に出入りできる、

俺の田舎にもある物置のような作りだ。

そのスペースには古い本や、絵画、レコードが多数置かれていた、

古いレコートはSP盤もあり、レコード好きの親父を連れてきたら

喜びそうだ……

その奥に足を踏み入れた瞬間、俺はある物を見つけ、

雷に打たれたようにその場に立ちすくんでしまった……


「……こ、これは!?」


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