村一番の柿の木

 キスをねだる彼女を、受け入れようとしたその瞬間、

 急速に彼女の表情が曇るのが見て取れた……


「ごめんなさい!」


 彼女が不意に頭を下げる。


「ど、どうしたの?」


 意味が分からず、彼女に思わず問いただしてしまう……


「やっぱり、宣人お兄ちゃんは昔から変わっていない」


 彼女が嬉しそうに微笑み返す。


「小学生のあの頃のまま、馬鹿正直な位、真っ直ぐなままだね、

 あのの日も、僕を助けてくれた……」


 俺はすぐには理解出来なかったが、彼女は深い悲しみの中、

 今まで救いを求めていた事が後で分かったんだ。

 彼女が何故、俺達の前から姿を消したのか?

 今の彼女が何故、男の子のような容姿をしているのか、

 そして再会した事が運命と言うには、これからの俺達に

 あまりにも過酷な未来が待っていることも……

 その時の俺にはまったく予想出来なかった。


「お兄ちゃんは僕に何もしていないよ。」


 えっ、激しかったんじゃないの?


「ごめんなさい…… 試したくなったんだ。

 宣人お兄ちゃんが、昔と変わらない事を」


 *******


 俺は自分で分からなかった……

 今の俺と何が違ったんだろう、

 確かに子供の頃の俺は、今と正反対だった。

 俺、天音、お麻理、そして彼、いや彼女、柚希。

 俺はみんなのリーダーだった。

 いつも俺を中心に廻っていた事を思い出した。

 お月見の夜だけではなく、小学校の放課後はいつもあの場所に、

 集まっていたっけ……

 村一番の柿の木、その高さは対岸にある小学校の校舎を、

 全て見下ろせる位、高い枝振りだった。

 その木に俺は一番高く、登れる事に優越感を感じていた。

 そうだ、小学生の頃の優劣は勉強が出来るとか、

 家が裕福だとかでは決まらない、

 大人になったら取るに足らないと思える事が、

 小学生の頃は一番になる条件だった。

 その頃の俺は無敵だった、

 今思えば、お山の大将だったのかもしれない……


 あの日もそうだった。

 俺はいつもの様に、村一番の柿の木の前で集合を掛けた。

 早めに着いた俺は柿の木を、身軽にするするとピークまで登った。

 天辺からみえる風景は格別だった。

 麦秋を感じる風が心地良く感じられ、

 普段、俺達が通っている小学校の校舎が目線の下に見えた。


「宣人お兄ちゃん! 」


 その時、俺を呼ぶ声が聞こえた。


 遙か、眼下にはあの女の子が居たんだ……

 憂いを含んだ長い睫、肩まである長い髪、

 お人形のような白い肌、

 何故、俺は記憶を黒塗りにしていたんだろう?


 こんなにも可憐な彼女を、記憶から消してしまうなんて……

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