BacK Again
あの約束の場所へ……
その場所は海を見下ろす高台の場所だ。
山道の狭いワインディングロードを駆け上がる。
路面に写る景色の影が、勢い良く車体の下に消えていく。
次の瞬間、一気に視界が開ける。
ヘルメットのバイザー越しに潮の香りが鼻腔をくすぐる。
懐かしい気分だ……
山頂の展望台に、バイクを滑り込ませる。
当時、兄貴と良くバイクのタンデムで来た思い出の場所だ……
兄貴の言葉が蘇って来る。
「よお、宣人、山頂カフェ行くか?」
放課後、兄貴に誘われてバイクで良く訪れた場所だ。
カフェといっても店があるわけではなく、
郊外にある山頂の展望台に、自動販売機が何台かあるだけだ。
だけど俺たちにとっては憩いの場所だ。
タンデムする兄貴のバイクはホンダのVT250Fの初期型だ。
今となっては骨董品の代物だが、綺麗に手入れされた車体で、
外装はブルーにペイントされ、ライトカウルを外し、
丸目ライト仕様に仕上げている。
山頂にある自販機スペース脇に、兄貴がバイクを停車する。
時間が経つのも忘れて、缶コーヒー片手に語り合ったっけ。
「宣人、俺は本気でウィンドのプロを目指す、
次にこの場所にくる時は、俺がワールドカップを制覇した後だ……」
なんて夢みたいな話をしていたっけ。
そうそう、良く兄貴に言われた事がある。
「宣人、お前はビビりだから駄目なんだよ。
練習では良いタイムなのに、本番に弱いタイプだからな、
もっと自信を持っていいんだよ。」
俺は大勢の観客が居るような大舞台では、
極度の緊張から、普段出来ることも出来なくなってしまう、
兄貴…… 俺はこの場所に立つのも足が震えるよ。
まだ俺は、何にも成し遂げちゃいないんだから……
そうだ、この場所で、初めて兄貴から教えてもらった話がある。
「宣人、お前の名前の由来を知っているか?」
兄貴がふいに、語り始めた。
子供の頃から、良くからかわれてきた。
今で言う、キラキラネームみたいなもんだ。
昔、流行った曲のタイトルに当てはめて、小学生の頃の、
俺のあだ名は、ワールドだった……
子供心に傷付いたもんだ。
「無垢だ、何者にも汚されていないと言う意味もあるそうだ、
亡くなったお前の母さんが命名したと、俺の父親から聞いている」
初耳だった……
俺の実の母親は、俺を産んで数年後に亡くなった。
俺は写真でしか、母親の顔を知らない。
今の俺に雰囲気が良く似ている女性が、父親の隣で赤ん坊の俺を
抱いている写真だ。
兄貴が続ける。
「お前は何色にも染まれる、この海のブルーにも、
更にこの空のブルーにも。」
高台から見下ろす今日の海も、あの日と同じく
空との境界線も曖昧な位、淀みの無いブルーだ……
この場所に佇んでいると。今にも兄貴が現れそうな錯覚をしてしまう。
俺は未だに、あのゲレンデには足を運べないでいる。
だから今日はこの場所に来た……
少しでも過去の、自分と向き合う為に。
「兄貴…… 俺は今日限り、もう涙はやめる……
次に、この場所に来るのは天音の夢を叶えた後にするよ」
風がふいに俺の肩越しを吹き抜けた……
「宣人、お前はもっと強い男になって、天音ちゃんを守ってやれ……」
いつかの兄貴のセリフが、風と共に聞こえた気がした。
俺の頬を、春の爽やかな風が通り過ぎていった……
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