崩れ落ちる前に

 「……宣人?」


 桜が散り始めた通学路に、喧噪が戻ってくる。

 過去の回想に耽っていた俺は、

 お麻理の言葉に現在に引き戻される。


「そうだな、もうすぐ兄貴の三回忌だな……」

 散り急ぐ桜の花びらが、お麻理の髪の毛に落ち、

 それが自然な髪飾りのように見えた。


 この瞬間、俺達二人は確実に生きている……

 なのに兄貴はここに居ない。

 当たり前の事が、今更ながら俺の中で広がっていくのが感じられた。

 視界が反転しながら歪み始めるのが分かる。


 駄目だ、何か言葉を発したら今の俺は崩れ落ちてしまう。


「……お麻理、男らしくないことを言ってもいいか?」

 堪えきれず、涙があふれ出す。


「いいよ、何でも言って……」

 眼鏡の無い、お麻理は何だか別人みたいだ。

 そんな彼女に甘えてしまう、言葉が口を突く。


「俺は未だに兄貴を忘れられない…… 

 あの日、俺の身代わりになって、兄貴は逝っちまったんだ!!

 俺が死ねば良かった、俺が……」

 両手で顔を覆い、激しい感情を吐露して叫んでしまう。

 周りの通行人が驚いてこちらを凝視するのが分かる。


 その場に膝から倒れ込みながら泣き叫んでしまう。

 次の瞬間、頬に暖かな感触を感じて、驚いて上を見上げると

 お麻理が、俺の頬を両方の手のひらで包んでくれていた……


「宣人、あなたはすごく頑張ったと思うよ……

 真司さんの事も、天音ちゃんの事も 

 そのことは絶対、誇りに思って良いんだよ」


 母親の様な慈しみの視線で、俺を見つめてくれた。


「だって、宣人は私のことも助けてくれたじゃない。」

 お麻理が微笑みながら、俺に語りかける。


「あの時、駆けつけてくれて本当に嬉しかった…… 

 ああ、私には宣人が居てくれたんだって」


 その言葉を聞いて、俺の中で何かが弾けた、

 俺は幼子の様にお麻理の胸に顔を埋めて泣いた。


 お麻理は何も言わず、俺を受け止めてくれていた。

 俺が不登校の時もそうだったように、辛抱強く待っていてくれたんだ。

 俺にはこんな大切な人が居てくれる。

 そんな大事な事に気が付かないで、俺は何を見ていたのだろう。



 街頭の桜の花びらが、そんな俺達の傷口を覆い隠すように降り注いた……。

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