コスプレの意味

「お待たせ!」


 天音が隣の部屋から姿を現した。

 キャラ被りを予測した俺は、天音に謝る準備をしていた……

 完璧な合掌土偶様のコスプレ登場で、目に物を見せつけられる

 自分の姿を想像しながら。


「わぁ! すごく素敵です、天音さん」


 さよりちゃんが思わず、歓声を上げる。

 天音は合掌土偶ではないコスプレで登場した。


 緑色の大きな帽子とオレンジ色のジャケット、不思議の国のアリスで、

 お茶会を主催する、おなじみのマッドハッターだ。

 アリスマニアの天音らしいチョイスだと思った。

 金髪アリスコスのさよりちゃんと並ぶと本当にお似合いだ。

 自画自賛で土偶男子のカップリングも完璧だが、

 こちらもルイスキャロル作品の世界観に合わせている組み合わせだ。


「アリス お茶会にようこそ!!」


 手を取り、さよりちゃん扮するアリスを優しくエスコートする。

 デカ鼻のイメージが強いマッドハッターとしては美少年過ぎるが、

 天音の完璧な所作に、原作への強いリスペクトが感じられる。

 これで、四人揃ってコスプレがコンプリート出来た。


「じゃあ、仕切り直しで、パーティーを始めましょう!」


 天音が音頭を取り、あらためて乾杯をする。


「いただきま~す」


 テーブルにはドグダンパフェを始め、豪華な料理が

 所狭しと並んでいる。

 この界隈は料理の盛りが良い店が多くて有名だ、

 オーダーの際にみんなで一緒に食べられるように、

 オードブル風に大皿に盛り付けて貰っている。


「何だか、目移りしちゃいますね、猪野先輩」


 リムジンの天音達と違い、俺達は何も食べていなかったので

 弥生ちゃんが迷うのも無理もない。


 全員、コスプレをしているので衣装やメイクを気にしながらの食事になる。

 特に中空土偶に扮する弥生ちゃんが、メイクの口元を気にしているのが分かる、


「お兄ちゃん、弥生ちゃんの食事をサポートしてあげて……」


 天音がすかさず気が付き、俺に指示を出す。


「弥生ちゃん、メイクを崩さない為にちょっと我慢してくれる……」


 隣に座る俺が、弥生ちゃんの口元にスプーンで食事を運ぶ。


「すみません、猪野先輩……」


 弥生ちゃんがおずおずと、俺の差し出したスプーンを口唇で捉える。

 その仕草は小動物のように可愛く見える、

 縄文風のフェイスペイントが不思議な彩りを添える。

 年頃の女の子に食事を与えるという、普段あり得ないシチュエーションに

 とまどいながらも、不思議な感覚が自分の中に芽生えるのが分かる。


「すごく美味しいです……」


 いつもの弥生ちゃんなら照れて、俺に食べさせて貰う行為を

 受け入れない気がするが、これもコスプレの効果マジックだろうか……

 以前、さよりちゃんを痴漢から助けた時、天音が言っていたっけ、

 普段の自分じゃ出来ない事も、変身したら勇気を出せるって。

 そんな俺達を微笑ましそうに眺めるさよりちゃん、

 彼女の笑顔を見て、俺はふと気がついた。

 そうか、アリスコスも一歩を踏み出すスイッチなのかもしれない……

 男性恐怖症も、さよりちゃんは悪くないのに電車で痴漢に合うのは、

 自分にも原因があるんじゃないかと悩んでいた。

 そんな負の感情を解き放ってくれるのがコスプレなんだ。

 だけど部屋の中でしか、自分を解放出来ないとさよりちゃんは悩んでいた……

 どうすればもっと彼女を楽にしてあげられるだろうか?

 次の瞬間、俺は決断した。


「さよりちゃん、大事なお願いがあるんだ……」

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