マッチ売りのアリス

  

「さよりちゃん、大事なお願いがあるんだ……」

 俺は彼女に小声で耳打ちする。


「わかりました、不安だけど何とかやってみます」

 最初は驚いた表情だったが、理由を打ち明けると快く承諾してくれた。

 天音と弥生ちゃんにはまだ伝えないでおこう。

 特に天音は、俺のやり方に反対をするのが予測出来たからだ……


 俺は準備をするために席を立った、

 男性恐怖症克服のセッティングに向う。


 数分後、俺の手にはある物が握られていた、

 大量のポケットティッシュの入った籠と、イヤフォンマイクのインカムだ。


「お兄ちゃん、これは何?」

 天音が俺の行動を理解出来ず問いかける。


「まあ、ここは俺に任せてくれないか、

 さよりちゃんの今後に、絶対にプラスになることなんだ」


 俺には確信があった、悩みを抱えている人は、

 そこから一歩を踏み出せない場合が多い、

 何故なら、今の俺もその一人だから……


 その一歩を、誰かが背中を押す事が出来たなら、

 過去のトラウマを消し去れるかもしれない……


「さあ、表に出るよ!」

「えっ、この格好で外にですか?」

 弥生ちゃんが驚きの色を隠せない。


「派手なコスプレで外出はマナー違反になります、

 イベント会場以外では基本的には駄目です」


 弥生ちゃんがマナーを教えてくれるが、

 俺も、その話は天音に聞いていた。

 男装女子で外出する時、気をつけているそうだ。


「弥生ちゃん、マナー違反にならない様にやるから、

 俺に任せてくれないかな」


 そのやりとりを無言で見ていた天音が口を開いた。


「お兄ちゃん、何か作戦があるんでしょう?」

 天音が何かを勘付き、俺に視線を送る 。


 俺に急かされて、コスプレカフェを後にする。

 店舗の入ったビルの表通りは有名な電気街ストリートだ、

 お昼過ぎの通りは人で溢れている、


「こんな人混みでやるんですか?」

 さよりちゃんが不安そうにイヤフォンマイクで話してくる。


「大丈夫、俺達も近くにいるから、危ないことはさせないから安心して

 何かあったらマイクでこちらに伝えて」


「分かりました…… 頑張ってみます」

 まだ事態を理解していない天音達を連れて、ビルの陰からさよりちゃんを見守る。

 表通りには有名なメイドカフェもあり、修学旅行の定番スポットになる位

 メジャーなスポットだ。

 道の両側に、各店のメイドさんがビラ代わりのティッシュを配っている。


 その一角でアリスコスのさよりちゃんにティッシュ配りをして貰う。

 籠に入った店名入りのティッシュを持たせ、耳に付けたイヤフォンマイクの

 インカムは俺達が指示を出す為に用意した。

 店には事情を話して特別に配る許可を貰った。

 最初は雇っていない人に無理だと言われたが、

 さよりちゃんの事情を話して熱心にお願いすると、

 同じ年頃の娘を持つと言う店長さんが快く快諾してくれた。


 基本は男性にティッシュを配らなくてはいけない為、

 男性恐怖症のさよりちゃんには、非常につらい仕事だ……

 案の定、通り過ぎる男性に一人も声を掛けられず、固まったままだ。

 天音と弥生ちゃんも心配そうに彼女を見つめる。


「お兄ちゃん…… さよりちゃんが可哀想だよ!」

「猪野先輩、こんな事だと余計恐怖症が悪化しちゃいます……」


 二人の声が容赦なく俺に刺さる……

 もう少し、我慢してくれないか、心の中で呟く。

 俺もさよりちゃんの苦しみが

 痛いほど分かるだけに辛くなる。

 過去の自分と彼女が重なってみえる……


 その瞬間、さよりちゃんが動いた!


「よろしくお願いします!」

 笑顔でティッシュを差し出す。

 殆どの男性は無視するか、片手を上げて要らないのジェスチャーをしながら

 通り過ぎる……


 それでもさよりちゃんは声を掛け続ける、大人の女性でも心が折れる作業に

 一心不乱に取り組んでいる……


「さよりちゃん! 頑張って……」

 弥生ちゃんが眼に涙を浮かべながら声援を送る。


 その時、一人の男性が立ち止まり、さよりちゃんの差し出した、

 ティッシュを受け取る。


「やった!」

 思わず、俺達三人も声を上げる。


 受け取ってくれた事に驚いているさよりちゃんに、男性が声を掛ける。

 男性はヨーロッパ系の外国人で、ニコニコしながらさよりちゃんに話しかける、


「とてもキュートなアリスに、日本で出会えるとは思いませんでした」

 流暢な日本語が飛び出してきた、男性は後ろを振り返り、

 家族と思われる女性と子供に声を掛けた。


 特に子供の女の子がアリスコスのさよりちゃんに眼を輝かせた、

 六歳くらいだろうか、さよりちゃんに憧れの視線を送るのが分かる。


「本物のアリスみたい! 私もお姉ちゃんみたいに綺麗になりたいな」

 その言葉を聞いたさよりちゃんの表情は、こちらからでは覗えない が、

 満面の笑みを浮かべている雰囲気が背中越しに感じられた。


 その後、子供にぜひアリスコスを着せてあげたいと言う、

 男性のリクエストに、お店を紹介して、

 みんなで記念撮影をした後、家族と別れた。


「さよりちゃん、お疲れ様……」

 天音が彼女に駆け寄り、労をねぎらう。

 声を掛けると同時に、

 緊張の糸が解けたさよりちゃんが前後にふらつく。

 天音がすかさず、彼女を抱きとめる……


 必然的に抱き合う二人。

  まだ完全ではないが、さよりちゃんはきっと男性恐怖症を

 克服出来るだろう、その一歩を見届けさせてもらった。


 物陰にいた俺は弥生ちゃんの肩に、そっと手を置き、

 お店に戻ろうと提案する。

「そうですね、猪野先輩」

 弥生ちゃんが、にっこりと微笑みながら天音達を見つめる。


 しばらく二人っきりにしておこう……

 今のさよりちゃんには、一番の良薬がきっと天音なんだから。


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