俺がコスプレ?

「猪野先輩、大変です……」


 弥生ちゃんが、カフェのメニューを見た途端に動揺しだした.

 何か大変な事に気がついたようだ。

 今日のデートプランに関係がある事だろうか?

 向かいの二人は、こちらの焦りに気が付いていないようで、

 仲良く談笑している。


「何があったの? 弥生ちゃん」


 メニューに釘付けの彼女に声を掛ける。


「このメニューを見てください……」


 消え入りそうな声で、こちらにメニューを指し出す、

 カラフルなメニュー表でドリンクや軽食だけでなく、

 本格的なランチメニューも結構ある、

 値段もこの界隈ではリーズナブルな値段だ。

 でもこれに驚く理由が分からない……


「何に驚いているの? 普通に美味しそうだけど」


「これです! この期間限定メニューを見てください」


 意味が分からない俺に、弥生ちゃんが別メニュー表を渡してくる。

 土偶男子フェア期間限定メニュー? あのドグダンだ。

 女性が好みそうなパフェが、縄文時代の火炎式土器をモチーフにした

 ガラス製の器に盛り付けられている。

 それぞれ、六人いるキャラクターに合わせてパフェの盛り付けが違う。

 火炎式土器の形状は、普通の料理には盛り付けが向かない形だが、

 パフェなら結構合うかも、大きなアイスクリームのコーン部分みたいだ。


「この期間限定メニューがどうかした? 器が変わってるけど……」


「パフェじゃなくって、猪野先輩そのメニューを頼むと

 個数限定でドグダンマスコットチャームが貰えるんです、

 それも普通入手困難なシークレット土偶なんですよ!」


 弥生ちゃんのテンションが上がっているのが分かる、

 そのサイズのマスコットは、女の子が通学鞄やリュックに、

 いろんなキャラクター着けているのを良く電車内で見かける。

 そんなにレア物なのか……


「普通にガシャポンで出そうとしたら、

 幾ら掛かるか分からない位入手困難なんですよ」


 俺の表情を察知して、弥生ちゃんが説明してくれる。

 そうか、希少なのは分かった、土偶男子のモチーフになった

 土偶の一種をデフォルメして可愛いキャラクターに仕上げてある。

 本物の土偶は国宝級だ。


「ただし、注文するだけでは貰えなくて、条件が書いてあります……」


 弥生ちゃんが微妙なニュアンスを含んだ眼差しになる。

「男女ペアでドグダンコスプレをすることが必須条件みたいです、

 私と先輩で……」

 弥生ちゃんがそこで言いよどむ。

 俺と弥生ちゃんでドグダンコスプレ? やらなきゃいけないのか……

 思わず視線が泳ぐが、弥生ちゃんの事を考えるとやらざるを得ない雰囲気だ。  

 天音達は俺達の騒動にまだ気がついていない……

 弥生ちゃんは俺に頼むのが気まずくなっている様子だ。


「弥生ちゃん、マスコットチャーム欲しいよね?」


 分かりきった質問を敢えて聞く。

 弥生ちゃんが小さく頷くのを見るのと同時に

 俺はオーダーの遠隔ベルを押した。

 店員さんがすぐにオーダーを取りに来てくれる。


「ドグダンコスプレコースですね! こちらにどうぞ」


「天音、ちょっと行ってくる……」


「お兄ちゃん、コスプレコースって何!?」


 訝しがる天音を尻目に立ち上がる。

 店員さんに案内され別室に向かう、色々な衣装が用意された衣装ルームに

 専門のメイクさんが駐在して、手ぶらでも完成度の高いコスプレを

 仕上げてくれる。

 弥生ちゃんは土偶男子のキャラクターの一人、中空土偶を選んだようだ。

 俺は合掌土偶の衣装をオーダーした。

 何故かというと、ドグダンファンの間では非公式でキャラ同士の

 カップリングがあるようで、この組み合わせが弥生ちゃんの押しカプ?

 と説明してくれた、何だか奥の深そうな知らない世界だ。

 期せずして、天音の男装発覚時のコスプレと同じになってしまった……

 土偶をモチーフにした民族衣装を身にまとい、

 キャラクターと同じ色のウィッグを装着してメイクを施して貰う、

 完成後、全身が映る鏡の前に立つ。


「これが俺?」


 思わず声出てしまう……

 天音の男装には及ばないが、メイクさんにも褒められる位のクオリティーに

 満更でもない自分がいる。


「素敵です……」


 弥生ちゃんが、中空土偶のコスプレにに扮して別室から現れる

 俺の姿を見て感嘆の声を上げる。

 中空土偶の表情に寄せたメイクの口元がセクシーだ……


「猪野先輩……」


「弥生ちゃん、可愛いね……」


 思わず、心の声が駄々洩れになってしまう。


 これで限定マスコットはゲット出来るか……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る