ドキドキデートの始まり

 俺達が到着した場所は、都心でも有数の電気街で、

 以前はマニアの集う街として有名だったが、

 今は一般の家族連れも多く集まるスポットとして、世界的にも有名な街だ。

 休日、歩行者天国として賑わっていた複数車線の表道路を右折して、

 一本、裏通りの駐車場に車を停める。

 このビルは裏口から入店出来る様に作られているようだ。

 あとで分かったが、利用するお客様への配慮の為だった、


「このお店を予約してるから、みんな入って」


 弥生ちゃんが、その場を取り仕切ってくれる、

 親父と執事さんに運転のお礼を告げ、数時間後に迎えに来て貰うようお願いする。


 執事さんにエスコートされながら、二人がリムジンから降りてくる。

 今日のさよりちゃんのアリスコーデは、更にウィッグで

 アニメ版アリス仕様の金髪にしてるので、かなり目立つ。


 俺達はエレベーターに乗り込み、目的の七階に向かう、

 どんなお店だろう? 俺も弥生ちゃんにお任せなので詳細は判らない。

 エレベーターの階表示が次々上昇し、七階を指し示す。

 軽快なチャイムと共に、扉が開く……


「いらっしゃいませ!」


 華やかな声で出迎えられる。

 きらびやかな照明と、アップテンポな音楽が眼と耳を刺激する。

 華やかなコスプレに身を包んだ女性店員が案内してくれる。

 そう、ここは有名なコスプレカフェで、店員もコスプレで接客し、

 お客も自由に衣装を選んで好みのコスプレが出来る

 コスプレのまま、入店ももちろん可能だ。

 そして昼はカフェ、夜はバーになるそうで、

 良くテレビ番組でも紹介される最近、話題の場所だ。


 弥生ちゃんがここを選んだ理由がすぐ分かった、

 さよりちゃんのアリスコーデでも浮かないこの店を、

 第一のデートコースに選んでくれたんだ……


「こちらが予約席になります」


 店員さんが案内してくれる、天音とさよりちゃんがボックス席の隣同士に座る、

 俺と弥生ちゃんが向かいの席に並んで腰掛ける。


「本日は期間限定の土偶男子フェアが開催中です!」


 土偶男子のコスプレをした店員さんが、メニューを運んでくれる。

 そうか、聞き覚えのある音楽だと思ったら、男装女子発覚時の

 天音の部屋で聞いたドグダンの歌だったんだ……


「タンカブ! タンカブ! タンカブ!」


 妙に頭に残る例のサビが耳に飛び込んでくる。

 弥生ちゃんは今後の部活の事も考慮して、

 土偶男子フェア開催中の、この場所を選んだんだな。

 向かいの天音とさよりちゃんは、何だかぎこちない様子で、

 あまり言葉を交わそうとしない……

 さよりちゃんも、天音なら大丈夫な事は分かっているのだが、

 初デートとなると、緊張してしまうようだ。


「リムジンの中はどうだった?」


 俺が二人に質問してみる。


「うん、すっごく快適だったよ! カクテル風なトロピカルジュースも

 美味しかったし、ネットテレビも完備で大好きなアリス映画も堪能出来たよ」


 天音が嬉しそうに車内の様子を報告してくれる。

 でもアリス映画とか趣味に走りすぎだろう……

 画面のアリスと、隣のさよりちゃんのアリスコーデに囲まれて、

 デレデレしていたことが手に取るように分かる。


「天音さんが色々、説明してくれて楽しかったです……」


 さよりちゃんが照れながら教えてくれる。


「アリス映画や原作小説の歴史について、詳しく解説してもらいました、

 自分のアリスコーデにも更に愛着が持てそうです」


 そうか、車内では結構仲良く過ごしていたんだな……

 それを聞いて安心した、弥生ちゃんも心配していたしな。

 隣の弥生ちゃんに同意を求めようと隣に視線を向けると、

 彼女は何故かメニューに釘着けだった……


「弥生ちゃん?」


 俺が声を掛けても、すぐに反応しない。


「弥生ちゃん!」


 更に大きな声で話しかけると、やっと気が付いた。


「猪野先輩、大変です……」


 弥生ちゃんがワナワナと震えながらメニュー表を両手で握りしめる。

 今にも泣き出しそうな表情だ……

 一体、どうしたんだ、彼女がこんなに取り乱すなんて、

 取り返しの付かない失敗でもしてしまったのか?


 不安で胸が一杯になる……

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