とまどいのアクシデント
快晴の日曜日、二台の車両は最寄りの高速に乗り、
東京湾に架かる連絡道経由で、順調に都内に向かった……
「天音ちゃん達、大丈夫かな?」
弥生ちゃんが後続のリムジンを、振り返りながら心配げに見つめる
こちらからではリムジン後部の様子は確認出来ない。
「結構、楽しんでいるんじゃない、朝から天音も張り切っていたから」
心配そうな弥生ちゃんに、今朝の天音の様子を伝えると
弥生ちゃんは安心したように座席に身体を沈めた。
「そうですね、なんと言っても初デートですもんね、
でも私だったら、好きな人と初デートなんて緊張して黙り込んでしまうかも……」
弥生ちゃんがうつむきながら呟く、その頬が赤くなっているのが分かる。
そんな彼女の横顔を見たとき、心底可愛いと思った……
その瞬間、ワゴン車がカーブに差し掛かり、大きく車体が傾いた。
「きゃっ!?」
弥生ちゃんが体勢を崩しそうになり、思わず上半身を抱き止める形になり、
両腕で彼女の華奢な身体を受け止めた。
小柄な彼女の頭が丁度、俺の上半身に埋もれる。
カーディガン越しに感じる、柔らかい胸のふくらみに驚いてしまう……
シャンプーの香りが髪の毛から感じられた。
多分、抱きしめていたのは数秒だったが、俺の中では何倍も長く感じた。
「ごめんなさい……」
弥生ちゃんが真っ赤になりながら、俺から慌てて身体を離す。
俺もドキドキして何も言葉が出ない……
二人の間に妙な沈黙が流れる。
その時、沈黙をかき消すようにカーステレオから曲が流れる。
心地よいアコースティックギターのイントロに、儚げでそれでいて芯のある
女性ボーカルが重なる……
ギターボーカルとベースと言う、珍しい構成のツーピース編成だ。
「この曲、素敵ですね……」
しばらく曲に聞き入っていた弥生ちゃんが感想を洩らす。
ルームミラー越しに親父がウインクをするのが見える。
親父め、空気を読んで選曲してくれたんだろう。
親父は昔から邦楽、洋楽問わず、音楽好きで
家には数多くのレコードをコレクションしているだけではなく、
自分でも演奏するので、多様な楽器もある。
その影響で俺も古めの洋楽が好きになった。
「こんな風に歌えたら気持ちいいだろうな……」
弥生ちゃんが思わず呟く。
「弥生ちゃんは声質も良いし、一度歌ってみたらどうかな?
今度一緒にカラオケに行こうよ」
「えっ? 本当ですか、声が良いなんて初めて言われました」
お世辞ではなく、本心からそう思って言ってしまった、
彼女の声は前から癒やされると感じていたんだ。
「カラオケじゃなく、お前の演奏するギターをバックに歌わせたらどうだ?」
親父が運転しながら提案してきた。
また余計な事を……
「えっ、猪野先輩ってギター弾けるんですか?」
弥生ちゃんが驚くのも無理も無い、高校に入ってからの
俺は無趣味、無気力な状態だったから、
俺の昔の趣味とか、天音も弥生ちゃんに話していないんだろう。
親父から譲り受けた年代物のテレキャスターも、
部屋の片隅でハードケースに入れたまま、
しばらく取り出していない。
弦もすでに錆び付いているだろう……
「まあ、弾けるって程ではないけど……」
思わず言葉を濁したが、それは本当だ、ギターほど奥の深い趣味も無いだろう。
俺は口が裂けてもマスターしたとは言えない腕前だ。
一応、譜面通り弾けるが、それはなぞっているだけで弾きこなしたとは違う。
スポーツもそうだか、どんな良い道具でも扱う人間が下手くそだったら
いくら何百万のビンテージギターでも宝の持ち腐れになる。
「今度、先輩のギター聞かせてください!」
まいった、期待の眼差しで、お願いされると心が揺らぐが、
例の事件が原因で、ギターも弾く気が起きないのが今の正直な気持ちだ……
親父を見ると、ルームミラー越しの表情が複雑な表情に見えた。
俺が立ち直るのを、親父もきっと望んでいるんだろう。
考えを巡らす内に、車は首都高速を降り、まもなく第一の目的地に到着する。
弥生ちゃんがコーディネイトした最初の場所だ。
「いよいよですね、先輩!」
弥生ちゃんと思わず顔を見合わせる、ついにデートの開始だ。
二台の車は、とあるビルの裏口で停車した……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます