それぞれのファーストデート

「お兄ちゃん早く起きて、遅れちゃうと大変だよ……」


 いつものように天音が声を掛けてくる。

 今日は日曜日、さよりちゃんとデートの約束の日だ。


 いつもより天音は早起きだ。

 すでに準備は済ませており、

 今日のコーデは、トップスにマルチボーダーのニット、

 ボトムスに黒のガウチョパンツ、

 どちらも女性的な体型をカバーして、男性っぽくみせるアイテムだそうだ。

 昨日の天音の解説が蘇る。


 心なしか、テンションも高めに見える。


「今日はいつもと違うな……」


「さよりちゃんを、今日一日エスコートするし、

 それに天音にとっても初デートだもん」


 天音が女の子らしい部分と、男の子らしい凜々しい両面を見せるのが、

 可笑しくもあり微笑ましい気分になった。


 慌てて、俺も身支度を整え朝食を済ませる。


「お父さん、今日はよろしくお願いします」


 天音が、親父に頼んだ事は目的地までの送迎だ。


「おう、任せとけ、最初は駅までお迎えだな」


 親父も何だか楽しそうだ……


「お前達が休日、一緒に出掛けるなんて久しぶりだな」


 親父が感慨深げに呟いた……

あの一件以来、親父にも気を使わせていることに一瞬、胸が痛くなる。


「早く、乗った、乗った」


 親父のミニバンに乗り込む。


 フランス製の実用的な車で、親父の趣味で薄いブルーに全塗装されている。

 リア観音開きのドア、広い室内、シートを倒せば就寝も可能だ。

 この車で家族揃って、良くキャンプに出掛けたっけ……


「親父、駅の前に一ヶ所、寄ってくれないかな」


 親父に声がけする。


 車は、俺達の家から程近い住宅街に到着する、

 小学校が近くにあり、地元の大手企業の社員の住宅が多い、

 昔からの住宅街だ、俺と天音の通った小学校とは別の学校で、

 中学になると、二つの小学校の生徒が一緒になる関係で、

 俺や天音の友人の家も多い。


「あれ? ここは……」


 天音が思わず声を上げた。

 車が停車した家の前に、女の子が立っていた……


「おはようございます!」


「弥生ちゃん!」


 天音が驚いて、俺と弥生ちゃんの顔を交互に見回す。


「俺が弥生ちゃんに、デートのコーティネイトを頼んだんだ」


「天音ちゃん、デートの邪魔はしないから、今日一日、よろしくね……」


 弥生ちゃんが、申し訳なさそうに挨拶をする。


「邪魔だなんて、逆だよ! 凄く心強いよ……」


 天音が、彼女の手を取り感謝の気持ちを伝える。


「でもデートのコーディネイトを、弥生ちゃんがするの?」


「恋愛のことならまかせて、最高のデートにするよ!」


 弥生ちゃんがグッと右手を挙げて、まかせなさいのポーズをする。


「でも弥生ちゃん、デートの経験あったっけ?」


 天音が何気に、鋭いツッコミを入れる。


「うぅ、それは無いけど……」


 弥生ちゃんの勢いが弱くなるのを見て、俺がすかさず説明する。


「弥生ちゃんは少女マンガや恋愛映画に詳しく、

 イマドキの女の子が、憧れるデートプランを考える事においては、

 誰よりも長けている……」


 それを横で聞いた、弥生ちゃんが得意げにコクンと、うなずく、

 先日、弥生ちゃんに電話で今回のお願いをした後、

 数回、メールと電話で打ち合わせをしたんだ。


『素敵!男性恐怖症を男装の天音ちゃんが、克服させてあげるなんて……』


 俺の提案に、弥生ちゃんもノリノリで協力してくれる事になった。

 さよりちゃんの事情も理解して、デートプランを考えるのは

 弥生ちゃん曰く、妄想デートみたいで楽しいとの事だった。


「じゃあ、出発!」


 俺達は車に乗り込み、さよりちゃんとの待ち合わせ場所に向かう。

 車内で、弥生ちゃんに声を掛ける。


「何だか弥生ちゃん、いつもと雰囲気違うね」


 弥生ちゃんの今日の服装は、花柄のシフォンのワンピースに、

 薄手のニット地カーディガンを羽織っている。

 全体的にガーリーな装いだ。


「そ、そうですか……」


「そっか、弥生ちゃんの私服を見るのは初めてだから、

 大人っぽく見えるのかも」


 俺の感想に、弥生ちゃんが少し照れ笑いを浮かべた。


 しばらくして、俺達を乗せた車は最寄り駅に到着した。

 駅前の噴水広場は、駅の南口に面しており、

 警察の交番や、俺達もたまに利用する大型の自転車駐輪場もある。

 噴水を中心に、ロータリー状になっていて、

 平日は朝、夕の時間帯は送り迎えの車や、

 乗車待ちのタクシー、路線バス等で混雑しているが、

 日曜日は停まっている車も少ない。

 駅前は基本的に、駐車禁止なのだが一時的に駐車するスペースがあり、

 そこに親父は車を滑り込ませる。


 約束の時間よりまだ早いので、さよりちゃんは到着していないようだ。


 その時、俺達の車に横付けするように一台の車が停まった。


 車を見て驚いた。

 黒塗りの高級リムジンで、とにかく全長が長い、

 俺達の車も小さいタイプでは無いが、二倍ぐらいの長さがある。

 窓は真っ黒で、中の様子は覗えない……


 親父の顔が強張るのが分かった、

 いわゆる、怖い職業の方々が乗るような車だからだ。


 そのリムジンが、クラクションを数回鳴らした

 何か、文句を付けられる可能性が高い。


 車内に緊張が高まってくるのを感じた…… 












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