アリスコーデの意味

「…… なっ、何をするの? 本多さん」


 天音が、素っ頓狂な声を上げてしまうのも無理は無い。


 女の子の胸を、鷲掴みにしている男装した天音……

 傍から見たら、これも今朝の女子トイレの一件と同じく即、逮捕案件だ。


「……ごめんなさい、しばらくこのままでいさせてください」


 さよりちゃんがうわずった声で懇願する。

 その表情は真剣そのものだ…… 


 天音は違う意味で、別のショックを感じてたみたいだ。


「僕よりも、胸が大きい……」


 おいおい、驚く所が違うだろっ!

 男装女子の今は、逆に胸の大きさは邪魔になるが、

 何故か、負けた気分に天音はなった様子だ。


「……やっぱり、触られても平気だ」


 さよりちゃんが大きく息を吐きながら、急に天音の方に倒れ込む。

 とっさに天音が身体を受け止める……


「本多さん……」


 気を張っていたんだろう、緊張が解けて全身の力が抜けている。

 天音に抱きかかえられる姿を見て、何か訳ありだと感じた。


「良かったら事情を聞かせて貰えないかな?」


 さよりちゃんが落ち着くのを待って訊ねてみた。


「……はい、実は私、男性恐怖症なんです、

 昔から、家族以外の男の人と接するのが苦手でしたが、

 高校で電車通学になってからの、痴漢被害が更に症状を悪化させました」


 ……そうだったのか、すごくつらかったろうな。


「天音さんに助けて頂いた時は、まだ確信が持てなかったんですが、

 涙を拭いて貰った時、触れられでも平気な事に気がついたんです」


「それで今の行動を……」


「はい、本当に大丈夫か、試してみたかったんです」


 そうか、胸を触られても平気が試したんだな……

 朝の女子トイレ前のつぶやきにも納得が行く。


「天音さん……」


「何?」


「変な女の子と思ったでしょうが、嫌いにならないでください……」


 さよりちゃんが涙目になりながら天音を見つめる。

 天音が少し考えながら、優しい口調で語りかける。


「一人で悩んで苦しかったんだろうね……

 僕はこんな格好だけど、同じ女の子としてさよりちゃんの受けた

 恥ずかしさ、苦しさは良く理解出来るよ」


「痴漢に良く遭うのは、私に何か落ち度があるんじゃないかって

 自分を責めてしまいました……」


 可哀想に、彼女に悪い点なんて無い……

 でも、性犯罪被害者の何割かは自分で自分を責めて、

 重いトラウマになるという記事を以前、新聞で読んだことがある。


「本当は女の子らしい格好もしたいのに、人目が多い場所だと、

 また何かされるんじゃないかと怖くなってしまって、

 その反動でガーリーなお洋服に憧れて、ロリィタファッションに

 傾倒してしまったんです……」


「だから今日のお茶会でのアリスコーデなんだね」


「お部屋の中では、可愛いお洋服を着ても恐怖症は出ないので……」


 今日の格好にも彼女なりに理由があったんだな。


「天音さん…… 実はお願いがあるんですが」


 さよりちゃんがまた真剣な表情に戻ってこちらを向いた。


「何でも言ってよ、力になるよ!」


 昔から天音は困った人間を放っておけないタイプだ。

 だが、そのお願いを聞いて俺達兄妹は驚いた……


「天音さん、私と付き合ってくれませんか……」


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