大切な人

「お麻理!」


 倒れていた人影は及川麻理恵だった。

 そばに駆け寄り、安否を確かめる。


「お麻理! 大丈夫か、しっかりしろ」


「う、うん……」


 苦しそうに顔を歪ませるが、意識はありそうだ……


 上体を起こさせ、ふらつく首を俺の両腕で支える。

 すごい熱だ……

 肩にまわした腕から熱が伝わる。

 とりあえず起こさせようとする。


「あっ、足が……」


 お麻理が痛みを訴えた、どうやら足を挫いてしまったようだ。

 トレードマークの赤いフレームの眼鏡が近くに転がっている……

 倒れていた場所からすると、二階から続く階段から落ちたのかもしれない。

 頭を打っている可能性もあるので、動かさないほうが良いと判断して、

 俺が持っていたバッグを枕にして横にさせる……


 お麻理の家の固定電話を借りて、救急車を手配する

 携帯電話では最寄りの救急センターに繋がらないことがある事を

 経験上、知っている


 洗面所からタオルを借りて、お麻理の汗を拭う。

 救急車が到着するまでの時間が長く感じられた……

 冷静に対処しなければならないのに、気ばかり焦る。

 過去のある出来事が頭をよぎる……


「頼む、早く来てくれ!」


 暫くして救急車の赤い回転灯が窓越しに見えた。

 プライバシーを考慮して最近はサイレンは鳴らさない。


「こっちです!お願いします」


 開けっぱなしの玄関ドアから救急隊員が入ってくる。

 そのまま、担架に乗せられ、及川は救急車に運び込まれた。

「家族のかたの付き添いをお願いします!」


 救急隊員が俺に呼びかけた。


「俺、乗ります!」


 とっさに答える。


「じゃあ、お願いします」


 そのまま、救急車に乗り込む。

 中は思ったより広く、中央に固定されたベットの脇に、

 横向きの座席が並ぶ。

 救急隊員がお麻理に応急処置を施すのを、

 ただ眺めることしか出来ない自分が無力に感じた……

 頼む、無事でいてくれ……

 俺の周りから大切な人は、一人も居なくならないで欲しい。


 やがて受け入れ先の総合病院に到着する。

 すぐに救急搬送口から運び込まれる、

 付き添いながら、お麻理に声を掛ける


「しっかりしろ! 大丈夫だから……」


 お麻理は俺の問いかけに答えない、

 俺の胸に不安が広がる……


 救急救命用の処置室前の待合スペースで

 固唾を飲んで待っている。


「付き添いのかたですか?」


 看護師さんが俺に声を掛ける

 長い廊下を案内され、病室に通される。


「お麻理!」


 思わず声が出てしまう……

 病室に入るとお麻理がベットに横になっているのが目に入ってきた。

 紙のような青白い顔に一瞬、最悪の事を考えた。


「宣……人」


 お麻理が弱々しそうに目を開きながら呟いた……


「何で泣いているの?」


 お麻理が心配そうに問いかける

 俺は自分で気が付いていなかった……


 頬を涙が流れるのを感じた。

 止めどなく溢れる涙。


 俺はお麻理のベットサイドに倒れ込むように駆けより、

 そのまま、上掛けのシーツに突っ伏しながら泣いた……


「お前、馬鹿だろ、あんまり心配掛けんなよ……」


 それを聞いてお麻理は俺の髪に手を置いて、くしゃっ、と

 まるで母親のように撫でてくれた。


「心配してれてありがと……」


 顔を上げ、お麻理に視線を落とす。


「宣人が助けてくれたから、大丈夫だよ」


 お麻理が俺に微笑みかける。

 鼻をすすり上げながら俺が照れ隠しに返す。


「お前、眼鏡がない方が絶対、可愛いよ」

 照れ隠しの軽口に、お麻理が俺の頭を強く叩く。


「痛てっ!」


「ふざけんな! 心にも無いことを……」


 いつもの調子が戻ってきたようだ、

 眼鏡の件は本心だ、という事は伏せておこうと思った……

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