天音の秘密
「もしかして、天音なのか?」
「うん……」
俺は天音と名乗る男を、馬乗りになる状態で組み伏せていた。
「お兄ちゃん、重い……」
「あっ!、ご、ごめん、でもその格好は……」
まだ事態が呑み込めず、思わずあやふやな言葉になる。
「それは……」
天音が少しの間、言いよどむが意を決した様に口を開いた。
「ドグダンなの」
「へっ? 」
理解できない単語に、思わず変な声が出てしまう……
そんな俺の様子に、お構いなしに天音が更に言葉を続ける。
「だからドグダンだよ、お兄ちゃん」
何の事か全く分からない、独断なら分かるけど……
「ふうっ」
天音が呆れたように深いため息を漏らす。
「ドグダン知らないなんて、お兄ちゃんって本当に現役高校生なの?
今、話題の土偶男子よ!」
普段、見せることの無い熱いテンションで天音が解説し始めた。
「これを観て!!」
天音が机の上にあるノートパソコンを起動し、おもむろに動画を再生し始めた。
「ダンカブ!タンカブ!タンカブ!タンカブ!炭水化物は白い悪魔~ 」
風変わりな衣装を纏ったイケメン男子が五、六人で、
激しいダンスと共に歌い上げている。
そのセンターにいる一人と、天音が同じ格好をしている事に俺は気がついた。
「もしかして、これのコスプレなの? 」
「正解、 土偶男子不動のセンター! 合掌土偶様のコスプレだよ!」
天音がキラキラした表情で答える。
「しゃがんで、拝んでいるようなポーズのこれ?」
俺が、タブレットの画面中央の男を指差した。
「そう! ここがサビの決め台詞なの」
その合掌土偶様とやらが、大見得を切りながら決め台詞を言う。
「ああ、俺たちは 肉、魚、貝だけ食べていれば滅びなかった」
俺は膝から崩れ落ちる状況を、生まれて初めて体験した……
ここで補足しておこう。
土偶男子とは、最近、歴女を始め若い女性の間でブームになっている、
縄文時代の土偶を擬人化した連載漫画を原作とした作品だ。
先ほどの合掌土偶、ミミズク土偶、縄文のビーナス、ハート型土偶、仮面の土偶、
そしてリーダーの遮光器土偶の六名からなるユニットだ。
最近は各キャラクターのイメージソング、舞台化、アニメ化と、
クロスオーバーに展開しているみたいだ。
スピンオフ作品で土偶女子もあるそうだが、それは又の機会に。
「で、何で天音が土偶男子のコスプレをしているの?」
何とか気を取り直して疑問をぶつけてみる。
「お兄ちゃん、これを見てくれる」
天音が通学用のリュックから一枚のチラシを取り出した。
(三内丸山遺跡IN土偶男子フェス第一回開催決定!
ドグダンコスプレ日本一を決定する、バトル形式のトーナメント大会も同時開催)
チラシには、有名な遺跡の写真をバックにフェスの説明が書かれていた。
「一ヶ月後に、天音の所属する歴史研究会でエントリーする予定なの、
そして絶対優勝するために僕、今日から男の子になる!!」
俺は思わず絶句した、その格好でこれから生活する気なのか、
天音の突拍子のない決意表明に、また膝から崩れそうになる……
「優勝したい気持ちは分かるけど、なんで男装なの?
それに男のままで暮らすなんて、それは無理なんじゃない……」
「何で…… お兄ちゃんは協力してくれないの? 」
天音が悲しそうな表情になるのが分かった。
「だってお前は、神に選ばれし美……」
途中まで言いかけて、自分で思わず照れてしまった。
「お兄ちゃん? 何……」
「とにかく、その格好で行ったら学校中、大騒ぎになるよ」
たしなめるような俺の言葉に、更に悲しそうな顔になる、
だけど天音は昔から言い出したら聞かない所がある……
「お兄ちゃん……」
「何だ。」
「家事とお弁当、これから一ヶ月、天音が引き受ける条件でどう?」
おっ! ものすごい好条件を提示して来たな。
我が家は現在、母親の海外出張の為、当番制で家事をやりくりしている、
そして俺は家事が大の苦手だ、正直、好条件に心が揺れる。
だけど、大事な妹を男装のまま、登校させていいのだろうか?
俺の中でしばらく自問自答を繰り返す。
「分かった、その格好で登校してみて、
一日、お前が耐えられたら全面的に協力しよう!」
「本当に!」
天音にやっと笑顔が戻った。
「ああ、武士に二言は無い」
「お兄ちゃん、ありがとう!!」
こうでも言わないと頑固な妹は納得しないだろう。
子供のころから一度決めたら引かない性格だった。
男装女子で登校すれば学校中、大騒ぎになって、
天音も一日で諦めるだろう……
「あとね、もう一つお願いなんだけど、明日、
お兄ちゃんに紹介したい人がいるんだ……」
天音が、悪戯っぽい目をしながら俺に囁いて来た。
「……誰を紹介だって?」
天音がこの声を出す時は、嫌な予感しかしない……
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