学園一美少女な俺の妹がある日突然男装女子になった件。

kazuchi

俺の目覚まし係は、奇跡の美少女!?

「――お兄ちゃん、早く起きないと学校遅刻しちゃうよ!!」


 鈴の音のような可憐な声が部屋のドア越しに響いてくる。

 曇りガラス越しにえんじ色のブレザー、チェックのスカートが微かに透けて見える。


「部屋に入るよ!!」


 勢いよく俺の部屋のドアが開き、妹の天音あまねに声を掛けられる。

 清楚な中にも愛嬌のある顔立ち、透き通るような白い肌、ミディアムロングの髪が揺れ、そこにカーテン越しの朝日が反射した。


 俺の寝ているベットまで近寄ってきたのが感じられ、ふわりと、その年頃の女の子特有な甘い香りが鼻をくすぐった。

 しぶしぶ眠い目を開けると俺の顔を覗き込む愛らしい笑顔、これが妹でなければ、美少女に起こしてもらう最高のモーニングルーティーンなんだけど……。


「お兄ちゃん、遅刻しちゃういけないから悪いけど天音は先に行くね……」


 慌ただしく俺の部屋を後にする妹の足音を聞きながら、俺は二度寝を決めこもうと布団に潜り込んだ……。


 俺、猪野宣人いのせんとは、千葉県立中総高校ちばけんりつなかそうこうこうに通う高校二年生だ。

 変わった名前にはあえてツッコミを入れないで欲しい。俺の数多いコンプレックスの一つなんだ……。


 正直、学校には行きたくないのだが、わずかなプライドが俺を引きこもり一歩手前で留めてくれていた。のろのろと布団から這いだして枕もとの時計を見る。もう時間がない。俺は朝食も取らずに慌てて家を飛び出した。


 *******


 何とか遅刻せずに二年B組の教室に到着した。

 朝の喧騒けんそうの中、めいめいに会話する者、机に突っ伏して寝てる者、ヘッドフォンで音楽を聴く者、毎朝、おなじみの光景を横目に自分の席に向かう。次の瞬間、俺は不穏な視線を感じて振り返った。


「宣人、遅れてきてその態度は何なの!!」


 声を荒げた女生徒は俺の幼馴染、及川麻理恵おいかわまりえだ。

 俺を睨みつける鋭い眼光、大き目の赤いフレーム眼鏡がキラリと光った。

 眼鏡は学級委員である彼女のトレードマークだ。


 今みたいに怖い顔をしていなければ、かなりの美人だと思うのだが……。

 生まれながらの委員長キャラ、校則を厳守こうそくげんしゅした髪型は、子供の頃から伸ばしている自慢の長い黒髪を後ろで結わえている。

 制服の学年を示す緑色のブレザー、チェック柄のスカートは青色だ。我が中総高校の女子制服は数年前にフルモデルチェンジしたので、学年毎にカラー分けされていているのが非常に珍しい。


「五分前行動って小学校で習ったでしょう? 団体行動の基本よ」


 こいつのくそ真面目なところは小学生の頃からまったく変わっていない。

 彼女とは小、中、高とすべて一緒という関係で、いわゆる腐れ縁って奴だ。


「……お麻理まり、登校しただけでも褒めてくれない?」


「宣人、あだ名で呼ぶなっていつも言ってるでしょ!!」


「悪い、そうだったな……」


「なんか、お麻理って響き、おまわりさんみたいで嫌だし……」


 お麻理がその後を言いかけた瞬間、始業のチャイムが鳴った。


「以後、気を付けるように!!」


「はいっ、気を付けますっ!!」


 俺はわざとらしく直立不動で謝った後、お麻里の隣の席に座り、あわてて一限目の準備を始めた。


 *******


「……また天音親衛隊のお出ましよ」


 休み時間に俺はお麻理から声を掛けられ、彼女が指し示した先に視線をむけた。

 廊下には男子の順番待ちの長い行列が見えた。妹の天音に直接ラブレターを渡せない奴らが兄貴の俺に頼みに来る。最近、昼休みのおなじみの光景だ。


 廊下に出て手際よく手紙を回収するのもすっかり手慣れてしまった。兄の俺が言うのも何だが妹の天音は学園一の美少女で、成績は学年一位、そしてスポーツ万能、性格も良いって完璧さだ。おまけに俺と正反対で社交的だ、同性からの人気も高い。


 この辺りでは有名で神に選ばれし美少女と名高い。他校の男子生徒もわざわざ天音を見学に来るほどの人気ぶりだ。男子生徒からモテモテなのも分かる。だけど当の天音はまったく手紙を読もうとせず、完全無視を決めこんでいる。


 だが一応はラブレターなので今回も本人に渡しに行こう。

 俺は天音のクラスである一年A組の教室に向かった。昼休みの休憩時間なので教室に妹は居るはずだ。教室前の廊下で下級生の女の子に声を掛けてみる。


「猪野天音って教室にいるかな?」


「あっ!? 天音ちゃんのお兄さんですよね……」


 何故かあたふたしながら下級生の女の子は答えてくれた。とても高校生に見えないくらい幼い顔立ちで着ている制服もサイズ感があっていないように見える。

 教室を見回す時、彼女のショートボブカットの先端が左右に揺れた。


 この女の子、どこかで見た事があるような気がする……。


「私、住田弥生すみたやよいと申します。いつも天音ちゃんとは仲良くさせて貰ってます……」


 そうだ、見覚えがあると思ったのは天音の友達で、家にも遊びに来た事がある女の子だった。


「今すぐ天音ちゃん、呼んできますね!!」


 弥生ちゃんが急いで教室に入って行く。


「彼女、真っ赤になってたな、何か俺、変な事言ったかな?」


 俺にはまったく思い当たるふしが無い……。


「お兄ちゃん、用件って何?」


 天音がみるからに不機嫌そうな顔をして廊下に出てきた。


「これ、全部お前宛ての手紙だから渡しに来たんだ」


 大量のラブレターの束を見て天音は顔を曇らした。


「お兄ちゃん、悪いけど持って帰ってくれない」


 何だよ、わざわざ届けてやったのに……。


「いいけど毎回、頼まれる身にもなってくれよ!!」


 それを聞いた天音が伏し目がちに呟いた。


「直接、渡す勇気がない時点で男らしく無いよ……」


「おまえが近寄りがたいオーラを出してるからじゃないの?」


 駄目だ、言わなくてもいいことまで口を滑らしてしまう……。


「何!? お兄ちゃんまでそう思ってるの!! 私のこと、お兄ちゃんだけは理解してくれていると思っていたのに……」


 天音の表情に怒りと悲しみが入り混じるのが見てとれる。


「俺は妹だから別に遠慮なんてないけど……」


「……本当にそう?」


 それは嘘だ、最近の俺は天音にかなり遠慮してる。起きる時間をわざとずらしているのも事実だ。成長に合わせてどんどん綺麗になっていく妹が最近、何だかまぶしく感じてしまうからだ……。


 妹の教室を後にしながら考える。


 お互いに子供の頃はそうじゃなかった……。

 俺と天音は血の繋がりはない、いわゆる異母兄妹って奴だ。

 俺が五才の時、天音が初めて家に母親と現れた。父の再婚相手の連れ子が彼女だった。


 その時のことは今でも鮮明に覚えている。

 新しい母の後ろに隠れる様に、恥ずかしがっていた天音。顔を見せてくれるまで相当、時間掛かった思い出がある……。

 俺は単純で新しい母親が出来てすっかり有頂天になっていた。


 ……天音、あの頃からお前のほうが俺よりずっと大人だったよな?


 その後も打ち解ける切っかけを掴めないまま月日は過ぎた。あの出来事が起きるまでは……。


 当時、父の影響で、考古学が好きだった俺は近所にある縄文時代の貝塚遺跡に発掘作業の真似事をやりに出掛けた。その日は天音も珍しく一緒に俺の後をついて来た。


 俺たちは時間も忘れて顔も服も泥だらけにしながら発掘作業に熱中した。

 土器の欠片を次々に見つける俺を尻目に、お前は何も見つけられないってすっかり半べそをかいていたっけ……。

 そんなお前を哀れに思った俺はポケットからそっと戦利品を差し出した。


『……これ、お前にやるよ!』


 俺は土器の欠片かけらを天音に手渡した。


『えっ、いいの? 宣人お兄ちゃん』


『あったりめーだろ、俺たち兄妹なんだから』


『宣人お兄ちゃん、ありがとう!!』


 天音がキラキラした目で俺を見つめる。


『天音の一番の宝物にするね!!』


 俺は初めて兄貴みたいなことが出来て誇らしかった……。


 その後、お前は少しずつ打ち解けてくれてそれからは、お兄ちゃん、お兄ちゃんってうっとおしい位にどこへでも俺の後を着いてきた。

 そんな思い出もあの事件が起こるまで完全に忘れていたよ。


 放課後、帰宅部の俺はやることもなく家路を急ぐ。

 高校から郊外へと向かう場所に俺の家がある。周りは田園風景の中に立つ一軒家だ。


 玄関前に到着して何気なく上を見上げると二階の窓にふと違和感を覚えた。

 薄いカーテン越しに男らしき人影が動くのが見えた。天音の部屋だ!! 車がガレージにはないのでもちろん親父ではない。


 泥棒!? 天音はまだ帰宅していないのか? 玄関ドアの鍵は掛かっていた……。


 用心深く鍵を開け、足音を忍ばせながら二階へ続く階段を上がり、天音の部屋の前で身を潜めた。ドア越しに人の気配がするのを感じる。


「……ふうっ」


 大きく息を吸い込みながら俺は意を決してドアを開ける。


「この泥棒!!」


 俺は叫びながら無我夢中で室内の人影に体当たりをかました。


「きゃっ!?」


 妙に甲高い悲鳴が上がる。怪しい人影を押し倒しつつ馬乗りにして組み伏せ顔を確認する。


「……えっ!?」


 男の髪は肩ぐらいのショートの黒髪、瞳は特徴的なブルー、

 押し倒されたせいなのか頬がうっすらと上気しており、肩で苦しそうに息をしている。そして男は変わった民族衣装のような服を着ていた。


「痛いよ、お兄ちゃん……」


 組み伏せた男が苦しそうにつぶやいた。俺は己の耳を疑った。天音の声だ!! 

 でも風貌や髪型が全然違う!? 突然の事で頭が混乱する……


「おまえ、もしかして天音なのか!?」


「……うん、妹の天音だよ」


 その言葉を聞いた瞬間、俺が組み伏せた男は、

 男装した妹の天音だと確信したんだ……。



 次回に続く。


 






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