何故か妹が突然、お風呂に入って来た

「約束通り、夕食の用意するね!」


 天音が一階のキッチンへ降りていく。


 とりあえず自室に帰り、冷静に考えてみる。

 天音は何故、土偶男子に熱を上げているのか?

 元々、アイドルやアニメキャラクターにハマるような妹ではなかったはずだ。

 唯一、考古学的なキャラだという点ぐらいだろうか、


「ただいま」


 玄関ドアが開き、鞄を置く音が聞こえる


 父親が帰ってきたらしい……

 んっ! 

 天音は、あの格好のままだぞ。

 やばい! 親父が卒倒しちまう。

 慌てて階下に急ぐ。


「お父さん、お風呂追い炊きする?」


「ああ、頼むよ」


 親父が平常運転な反応で答える

 想像と違う対応で思わずズッコケる。

 拍子抜けするくらい、親父はいつもと変わらない……


 猪野誠治いのせいじ 四十六歳 俺たちの父親だ。

 多少、名のある大学の教授だ。

 専門は考古学で、特に縄文の遺跡の発掘では、

 神の手と言われ、数々の遺跡のチームリーダーを務めている。

 俺も天音も歴史や考古学好きなのは、親父の影響が強い。


「親父、何か気がつかない?」


 堪えきれず、父親に問いかける。


「ああ、天音が男の子になってるな……」


 気付いているんかい!


「ハロウィンって時期じゃないけど、何かの仮装?」


 親父が、天音に問いかける。


「お父さん! 天音は今日から男の子になります、

 色々、迷惑かけるかもしれないけど……」


 天音が、申し訳なさそうな表情で親父に告白した。


 親父は少しも驚かず、

「天音の決めたことに、お父さんは反対しないよ」

「やらないで後悔するより、やってみて後悔したほうがいいって、

 お前のお母さんの口癖だ、そう言う所は、冴子さんに似たのかな?」


 どこか嬉しそうに、男装した娘を見つめる父。


「お父さん、ありがとう……」


 天音が安堵の表情で感謝の言葉を呟く。

 俺までつられて嬉しくなる、こんな団らんは久しぶりだ。


「お風呂、お兄ちゃんも早く入ってきて、洗濯出来ないから」


 天音が食卓の片付けをやりながら、俺に言う。


 親父は、すでに一杯やってソファーで寝てしまっている。

 天音が親父に、ブランケットを用意しながら、

 お父さん、部屋で寝ないと風邪引くよ、と声を掛ける。

 その光景を横目に俺は風呂に入る。

 洗い場の椅子に腰かけ、体を洗おうとした瞬間、

 脱衣所に入ってくる人影が浴室の扉越しに見えた、

 親父が歯磨きに来たのか? と思ったら、


「お兄ちゃん! 一緒にお風呂入っていい?」


 突然、天音が浴室に入ってくる。


「えっ!、ちょっ、ちょっと待って!」


 天音のほうをなるべく見ないように、慌てて下を向く。


「大丈夫だよ、今の天音は男の子モードだから、それに裸じゃないし……」


 よく見ると濡れてもいいように学校指定の水着を着ている、

 上半身は、ゆったり目のシャツを羽織っているが、

 下半身は、すらりとした伸びた白い足があらわになっており、

 これはこれで目のやり場に困る……


「背中洗ってあげるよ、お兄ちゃん!」


 天音がボディスポンジを良く泡立てさせながら、俺の背後に立った。


「いいよ!、自分でやるから……」


 俺の顔が赤くなっているのは、お風呂にのぼせただけじゃない……


「お兄ちゃん、体を良く洗わないから浴槽の掃除が大変なんだよ、

 浴槽を洗うのは。天音なんだから……」


「わかったよ……」


 タオルでしっかり前を隠しながら、しぶしぶ背中を向ける。

 俺の背中を洗い始める天音、


「ちっちゃい頃は、良く一緒に入ったよね、

 湯船にアヒルちゃん浮かべて遊んだっけ……」


「そうだな、懐かしいな……」


 小学校低学年位まで、一緒に入っていた気がする。


 一緒に入らなくなったのは、同級生に言われた

 何気ない一言で、かなり傷ついたからだ。


「えっ!、お前まだ妹と風呂入ってるの?」


 学校でからかわれ、恥ずかしい思いをした。


 その夜、一緒にお風呂に入りたがる天音に

「もう一緒にお風呂入らないし、遊びにもついてくるな……」

 そう冷たく言い放った。


 あの時の、悲しげに必死で涙を堪える

 天音の表情が今も忘れられない……


「はい! 終わりだよ」


 天音がポンポンと背中を叩く。


「じゃあ、明日は一緒に登校よろしくね」


 天音がそう言いながら、お風呂から出て行く。


 一緒に登校よろしく……

 あっ! ほのぼのとしていて、すっかり忘れていた。

 男装の天音と一緒に登校しなければならない……


 親父は浮世離れしたところがあるから、何気にクリア出来たが、

 学校は、大変な騒ぎになりそうだ。

 湯船にブクブクと沈みながら考えた。


 *******


 翌日、天音は早起きして約束のお弁当を作ってくれていた。

 男装も時間を掛けて用意したみたいだ、


 ふと、違和感を感じ、天音に視線を落とす、

 あれっ、胸のふくらみが無いぞ……


「お前、胸が無くなってる」


 驚いて思わず、聞いてしまった……


「お兄ちゃんのエッチ……」


 天音は、頬を赤らめながら両腕で胸を隠した。


「これは男の子になりきる為なの……」


「さらしでも巻いてるのか?」


「違うよ、今はいいサポーターがあるんだよ、

 マラソンで、胸が邪魔にならない的な」


 天音が何故か自慢げに答えた。



 元からおっぱいは大きいサイズではなかったけど、

 それを言ったら、絶対に張り倒されそうだが……


「じゃあ、行くか!」


「うん! お兄ちゃん」


 玄関のドアに手を掛ける。

 その扉を開けたら、俺たち二人はもう後戻りできない……

 学園一の美少女がいきなり男装女子になっちまうんだから。

 

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