美濃と紫
美濃は酒を太陽が昇る頃合いになっても飲み続けていた。空になったひょうたんが五つと酒のつまみとして捕まえた生の川魚と豆、蕨がまだ残っていた。
「もう朝かい」
ひょうたんの酒を飲み干した美濃は、残ったツマミをかぶりと食べて、九尾の姉妹が住まう住居へと足を向けた。
ひょうたんに結んだ紐をしっかりと握り肩にかけた姿は、小柄な彼女に似つかわしくないと思うのが道理であるが、里の者達からすれば見慣れた姿となったので、気に留める者などいなかった。
九尾の里は女狐が大半を占めており、男狐は一割にも満たない数であった。また、子を成すために、人間の男から子種を頂戴する。
そうすることで、自らの妖力を高め、生まれてくる子はさらに強い妖力を持って生まれてくるのだ。妖狐同士で子を成すこともあるが、下に見られる男狐達と婚姻することは、この当時では生き恥を晒しているようなものであった。
「美濃! おはよーさん。どうしたんだい? あんたが朝に起きてるなんて珍しいね!」
美濃が声の方に振り返ると、そこには
小柄で、人で言えば十五、六の成人に見える美濃は、彼女の身体つきを恨めしいと見かける度に思っていた。
そう、声を掛けてきた彼女こそ、妖狐の里で男狐と婚姻し子を成した変わり者であった。里の者は偏屈な者で、異端だと思う者が大半であったが、それでも、本人たちにそれを言うことはなかった。顔にこそ出てはいたが。
「あぁ、紫かい。おはよーさん。これから九尾の姉妹のとこに行くのさ」
「へぇ、そりゃまた何でだい? あの娘達と何か約束でもしてるのかい?」
里の者達から敬遠されていることを気にも留めない純朴な紫であるが、それでも、やはり、心を許す友と言えるのは、同じように里の者から素行の悪さと百合のお気に入りとおいう別の意味で敬遠されている美濃に寄り添うのは理に適っていた。
「あぁ、実は――」
っと口にしかけたが、百合の「他言無用」の言葉を思い出し、口を噤んだ。紫は首を傾げ
「何々? 私に言えない事かい?」
っと口にし、それに対し美濃は思っていることを口に出した。
「全く面倒だねぇ」
「え? だから何がだい?」
迫る紫に機転を利かせてた作り話を思考錯誤し
「えっと、あれだ。ちょいとあいつら、里の連中といつまで経っても打ち解けてないだろ? だからあたいがあいつらの面倒をちょっと見てやろうと思ってね」
っと即興で作ったにしては良い話ができた。酒の勢いもあり、頭の回転が良かったのかもしれないと不敵な笑みを零したのだった。
「へぇ、珍しいこともあるもんだね。どういう風の吹き回しだい? 私がこんなに話しかけても、一度も家に上がりもしないあんたが、ろくに話したこともない姉妹を気遣うなんて。なんか怪しいねぇ」
そう紫が顔を間近まで迫らせると
「うっ、酒臭いよぉ」
っと鼻をつまんで足を引いた。
「五月蠅いね。あたいが自分の酒をどれだけ飲もうと関係ないだろう?」
「いや、あるね。そんなに酒臭いんじゃ姉妹の綺麗で可愛い鼻が曲がっちまうよ」
「あんたはあたいのお袋かい? 全く面倒だねぇ。一体全体あんたはあたいの何なのさ?」
紫は腰に手を当て、胸を張り
「あんたの友達さね」
っと口にしたのだった。その言葉に美濃は少しばかり照れくさくなり、酒でも赤くなっていない頬が、ほんのり赤くなった。
しかし、ふと思えば、ここで長話をしている余裕はない。姉妹が住まいから何処かへ出かけ仕舞うようなら、探すと言う面倒事が発生してしまう。
「ま、まぁ、あたいも、あんたのことは、友達って、思ってるよ。あぁ、そんなこと今ここで言わなくても良いんだよ。長話してたら姉妹がどっかに出かけちまうよ。そうなると探す手間が掛かるから面倒になる。その前に、じゃ、あたいは行くよ」
「うん、今日の昼は私の家で食うかい?」
「いや、今日は良い」
そう言って美濃は再び姉妹の住居へと足を向けた。紫は右手を軽く上げて、田畑の方へ向かっていった。
美濃は紫の言葉を思い返しながら、にっこりと幸福に浸っている自分の顔を他の者達が不思議そうに見ていることに気が付いていなかった。
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