押し付けられた面倒
百合は相も変わらない微笑みのまま、一度美甘の方を見てから話しだした。
「隠神刑部が私に頭を下げてまで集落を作った本当の理由を知りたかったのです。その件も含めて全てお話しましょう。昨夜のことです。美甘に妖狸の男衆に化けてもらい、一匹の妖狸を酔わせ、隠神刑部の娘の話を聞き出しました」
美濃は美甘の方を見ると彼女は優越感に陶酔している顔を見せてきたので、一度天井を見て高ぶる怒りを抑えて
「それで? 何が解ったのさ? 勿体ぶってないで教えておくれよ」
っと百合を急かした。
「娘は隠神刑部の正妻、小町殿から母に身籠っていた時から呪いを掛けられていたのです。この話は隠神刑部から伝えられていました」
「呪い? 一体全体何の呪いだい? その子が生まれてこないようにって呪いかい?」
「美濃、それでは今生きていることがおかしいではありませんか。違うのです。小町殿は因果律を操る妖狸。あのお方は、母である妾の小春殿を、娘のまみが殺す運命を定めたのです」
「悪趣味だねぇ。惚れた男の一時の気の迷いと思って鼻で笑えば良かったのさ」
「そうもいかないでしょう。百年もの間、子に恵まれなかった自分と、一年も満たない妾が子を授かり、それを娘と認めるのですからね。女にとって、これほどまでに腹藁が煮えくり返ることなどないでしょう。
子に恵まれないのは、因果律を操る
「それで? その呪いが何なんだい?」
「ここ一帯は妖狐の里。そして、荼枳尼天様の加護を受ける天弧、この百合の治める地。隠神刑部は、荼枳尼天様の加護のあるこの地に住まわせることで、呪いの運命から妾を救うつまりなのです。私には、寵愛する娘のためと言いましたが、本当の理由はそうではなかったのです」
「なるほどね。そりゃあ正妻も鬼になるわな。一時の気の迷いじゃないってことか」
「えぇ、でも愛は尊く、そして、時に愚かでもある。しかし、それは何にも負けることのない最も強大な力。だから、私はあなたに、あることを言い渡すために、ここへ呼んだのです」
「あぁ? どういうことだい?」
「まず第一に、決して、いえ、断じて妖狸と争ってはいけません。
「里の連中のことなら別に心配しなくても良いだろ? 百合もいるし美甘だっているんだからさぁ。まぁでも、あいつら女々しいからなぁ」
「あなたの言うことも一理あります。確かに里の者達も守らなければならない。そして、我らにはもう一つ、守らなければならない者達がいるのです。この里に彼女の娘らを受け入れた我々は、玉藻の前との約束を破ることなどできないのです」
「あぁ、九尾の姉妹のことかい?」
「はい。玉藻の前の忘れ形見、京狐と千狐を、里の者達と同様に守らなければならない。
彼女らもすでに里の一員なのですから。
それに私は、美甘からこの話を耳にした時、陰神刑部の深き愛を知り思ったのです。九尾の姉妹には、愛が必要なのだと」
「はぁ? 一体全体何言ってんだい?
まぁ確かに里の奴らと表面上は仲良くしてる感じだが、実際にはあたいも含めてみんな厄介者だと思ってるよ。
あいつら、安倍のなんたらとかいう陰陽師の討伐軍に追われてるままだしねぇ。んで? それがあたいと何の関係があるのさ?」
「その現状を変えるのに、私や美甘が出ていくことはできません。
それでは皆の意思ではなくなってしまいます。
それで美濃、妖狐の長としてここに命じます。
京狐と千狐と一緒に暮らしなさい。二人を我が娘のように思い愛しなさい。そして、永遠に守り続けることをここに誓いなさい」
「え!?」
「え!?」
百合の言葉に美濃も美甘も驚いて尻尾の毛がふわりと広がった。一瞬の沈黙の後、美濃が慌てふためきながら喚きだした。
「はぁ!? なんであたいが!? そんな話だったら、子供がいる他の妖狐の方がよっぽど適任じゃないかい!? そこの美甘だってそうさ! あんた子供一人いたよな? 名前は確か、みか、じゃなくて、みく、じゃなくて――」
「
「あぁそうそう美琴美琴。そういうことで美甘が適任だろ? あたいにはその子供ってのはどうも――」
「私は、あなた以外に適任などいないと自負しています。そして、これは天弧である私からの
「はぁ!?」
美濃は頭を抱えて荼枳尼天の仏像をじっと見つめたが、荼枳尼天と語り合うことなど美濃にできるわけもなく、彼女は項垂れながら右手をぶらぶらとさせて
「解ったよ。あの子たちの面倒はあたいが見るよ。おっと、いけね、これは勅命だったね」
っと言って頭を下げ
「この美濃狐、天弧百合様の命に従い、九尾の姉妹を永遠に守り続けることを誓います」
っと観念したのだった。その返事を聞いた百合は徐に立ち上がって美濃の元に近づき抱き締めた。
「ありがとう美濃! あなたなら引き受けてくれると信じていました!」
急に抱き締められ、美濃は薄暗い本堂の中でも解るほど顔を赤らめた。そして、これ以上は美甘がいたとしても理性が保てないと思い百合を引き離して
「あぁもう解ったよ! じゃ、じゃあ、あたいはもう行くよ。とりあえず、明日、朝一番で二人のとこに行くよ」
「お願いしますね」
「じゃあね、百合様」
「えぇ、今宵の酒を存分に味わいなさい。これから先、その味が変わるのだから――」
百合の最後の言葉がどうにも意味が理解できなかったが、会釈をして美濃は本堂を出て扉を閉めた。百合のように笑っている三日月を見上げながら「面倒だねぇ」っと口にし絶壁を兎のようにかけて家路に着いたのだった。
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