小春とまみ

 部屋に閉じこもってしまったまみを小春はただ見守り続けた。彼女の部屋の障子を少し開け、食事を持ってきたことを知らせる心配りくらいしかできないと思っていた。

 知ってしまった呪いのことを、この地に来た本当の理由をまみの口から自分へ聞きに来るまで、ただ彼女は待っていたのだった。

 部屋に閉じこもった四日目の朝、習慣となりつつある朝食を置いて障子を開けようとした時


「おっかあ」


 っと愛しい我が子の生気を失くしてしまった擦れた声が聞き、小春は胸が八つ裂きにされるほどの苦痛を感じた。


「何だいまみ?」


 小春の返事を聞いたまみは、障子を開けて久しぶりに母の顔を見たが、すぐに俯いて


「あたしは……おっかあを……殺してしまうん?」


 っと涙を流して腫れてしまった瞼に、さらに追い打ちをかけるように瞳に涙をためたと思ったら、すぐポツポツと雨のように床へ垂れた。


 小春はそっとまみを抱き寄せてきつく強く抱きしめた。そして、彼女のベタベタになってしまった髪を指で何度も梳かしながら口を開いた。


「まみ、あたしの可愛いまみ。


 何も心配はいらんわい。


 だって、あたしにとってそりゃ本望ぞな。


 我が子のために命ささげるなんて、母親冥利に尽きる話なんじゃろうって思うわい」


「何言よるのさ! あたしはおっかあをいつか殺してしまう! それがどがいな風に殺すか解らんけんど、そんなのあたし、耐えられん!」


 着物にまみの涙が浸透して生温い温かさを肌が感じた。


「ええかいまみ。その呪いは隠神刑部様が解いてくださった。何も心配いらんわい」


「嘘じゃ! 男衆が言うとった! 小町様の呪いを完全に解くことができなんだって! じゃけん、荼枳尼天様の加護受けとる妖狐の長の百合様がこの近くにいるけん、少しでも呪いの力が薄まるここに来たんじゃっ言うとった!」


 小春を見るまみの目から頬を伝う涙を止めてあげたい。そう小春は思った。


「そこまで聞いとったなら、泣くことなんてないじゃろう? 荼枳尼天様の加護があるこの地では、因果律変える呪いも効果が薄まる。ほうじゃけん、あんたがあたし殺す運命なんて来んわい」


「しんから?」


「本当じゃとも。じゃけん、もう泣くのはやめて、ご飯いっぱい食べよう。泣くと腹が減る。腹満たしちゃらないと腹が鳴くわい」


 まみの髪を梳かしながら小春は観音菩薩のような微笑みをしながら言った。その言葉でようやくまみは


「そうじゃのぉ。泣くと腹が減る。お腹と背中がくっ付いてしまいそう。ほうじゃけん、腹も鳴くんか。道理でずっと鳴きやまんわけじゃ」


 っと涙を流しながらも笑顔を作った。


「それなら、これじゃ足らんね。さぁ、月風も呼んで皆で腹ごしらえをしようかね」


「うん!」


 この場をしのぐだけの嘘ならばどれだけ良かっただろうと、小春は思った。そして、隠神刑部の言葉が脳裏を過ぎった。


「小春、良う聞け。小町の呪い完全に解くことができなんだ。


 しかしだ、荼枳尼天様の加護受けとる地に住めば、因果律を歪められたまみが十二の時、お前死に至らしめる運命は来んはずだ。


 暫しの時だが、まみの成長この目で見ることができん苦しみも愛でることができん悲しみも、永久に比べれば造作もない。ほうじゃけん、少しばかりの辛抱してくれんか?」


「滅相もない! 隠神刑部様のありがたきお言葉、小春、一生忘れん」


「すまん。小春、お前がまみ産んだばっかりに、このようなことになってしもうた。すまん」


「そんなこと言う所、好きなんよね」


 小春がそう言った時、隠神刑部は張りつめていた糸を解して彼女の膝に頭を預け、そのまま穏やかな眠りに落ちたのだった。

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