溺れた唇
時刻が四時を過ぎた辺りから水平線の向こうから昇る太陽とともに虹色の
この世に生を受けた者達が目覚めるのと同時に、闇にまぎれる者達は息をひそめて自分たちの寝床へと戻っていった。
陽の光が気温を上昇させながら、衣服が身体に張り付き始めるのを感じると同時に宮部はじめは思い瞼を広く見開いた。
寝つきが悪いここ四日間のことを思うと彼はゆっくりと瞬きを繰り返した。眠る度に夢で見るあの夜の出来事が、眼球に刻まれているのではないかと思うほど、自分のした行いに後悔の念を抱かせる。
しかし、視線を感じる方へと寝返りを打てば、彼女はいつも通りに自分を見つめ、その顔を見る度、自分の行為が利己的などでなく、思い焦がれる彼女の為であり、それが正しい選択だったのだと自分を納得させるのだった。
「おはようございんす、旦那様」
にっこりとほほ笑む彼女を抱き寄せながら
「おはよう美鬼ちゃん」
っと返した。彼女が漂わせる香りを深く吸い込みながら首元に何度か口づけを交わした。艶を出した甘い吐息が彼女の口から発せられる度に、狂想する欲情を抑え込むのに必死だった。
彼女もはじめを覆うように両腕を回して抱き締め、二度と離さないと思える力で引き寄せた。それから見つめ合い
「愛していんす、旦那様」
っと口にした。この四日間、毎朝自分に送られるこの言葉に、彼女の重い想いを感じ、それに応えなければいけないと心が刻まれる思いになりながらも、この告白に返事はしないのだった。だが、彼は間近にいる彼女にさらに近づき、唇を触れさせた。
一度唇が触れれば、あとは彼女から自動的に、熱情を含んだ舌を口の中にねじ込まれ、時を忘れるほどに唇を重ね合った。すでに唇は互いに溺れ、誰も二人の海の中に入り込むことなどできなかった。しかし、また彼はここで止めた。
互いに見つめ合い、また彼から軽く唇を触れさせ、彼女がまた、こう口にする。
「愛していんす旦那様」
しかし、今日はその後にこんな言葉が付け加えられた。
「わっちは旦那様のためなら命棒に振りんす」
その言葉に、失望の感情と共に熱いはずの身体に冷たさを感じ、心に苦痛を与えられ、地の底へと落とされた気持ちとなった。それでも、希望を捨てるわけにはいかなかった。
何故なら、彼女を心から、真に愛しているのだから。彼女の笑顔のために、彼女が笑っている姿が見たいから、自分は悪に、いや、鬼と化したのだから――。
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