4-28 ラビューという女
私の名前は、ラビュー。
兎の獣人。
家族構成は、闘病中の弟が1人。
明るくて元気、愉快、表裏がない性格だね、ってよく言われる。
その度に思ってきた。
こいつは、人を見る目がないな、って。
人の本質はきっと「悪」。
誰もが心の奥底に黒い怪物を飼っている。
その怪物が暴れ回らないように、必死に抑えて社会生活を営んでいる。
奪い、斬り刻み、殺し合う、原始の世界に誰も戻りたくないから。
嘘をついてでも笑っていれば、最悪よりマシ。
そんな黒い私も、1つの光を見つけた。
ラビュレン。私の可愛い、可愛い弟。
彼の心の底を見渡しても、黒い怪物なんていないんじゃないかと思わせるほどに、無垢で優しい子だった。
私の両親から生まれ、私の兄弟だとは思えないほどに白かった。
でも、神様はいつだって残酷。
彼に与えたのは、過酷な運命。
彼は、病に侵された。
もしかして、黒い怪物は、暴れ回るだけのどうしようもない害虫みたいな奴じゃなくて、ボディーガードの役割も兼ねているのかもしれない。
黒い怪物がいなくちゃ、厳しい世界から自分を守れない。
野ざらしの状態で襲われちゃう。
この人のためなら死ねる、なんてみんな気軽に言うんだけど、いざその言葉を本当に問われる状況は、想像以上に過酷だった。
私は、そこで一度口から出したことを引っ込めても、武士に二言があったとしても、その人のことを責められない。
神様が問う覚悟は、頭の妄想を大きく超えていた。
経験者からのアドバイス。
気軽に覚悟を語ってもいいけど、それに縛られちゃダメ。いつでも逃げる準備をしといて。
私は、死ねた。
彼のために。
そのことは、私の薄汚い人生の中でも、数少ない誇りとなって生き続けている。
私が、彼らに語ったことは、”嘘”もあるけど”真実”も結構あった。
『私には病気の弟が入院をしていて、弟の分の治療費とか薬代も稼がなくちゃいけない』真実。
『生活は楽じゃなかった』真実。
『なんとか生活をしていた』嘘。
私には、お金が足りなかった。
私はお金を稼ぐために、とあるギャンブルをした。
相手は、カラーギャングのボス。
私が賭けたものは、………「私」。
ボスに賭けされたものは、組織の全て。
もちろん、ギャングのボスなんかになりたかったわけじゃない。曲がりなりにも、数十人の構成員がいる組織を乗っ取れば、それなりのお金が手に入ると思ったの。
弟の薬代が。
本来、きっと賭け金としては、釣り合いが取れてないであろうものだったんだけど、ボスは面白がってギャンブルを受けてくれた。
それが、彼にとって人生最大の失敗にして、最後の失敗となる。
私は、勝った。
ボスとのギャンブルに。
負けたことに焦ったボスは、半笑いを浮かべて、ギャンブル自体をなかったことにしようとした。あれは、軽い冗談だと。
それを許さなかったのは、組織の副リーダーの紅葉。
鋼鉄にして、潔癖の女。
自分の組織を気軽に賭けのテーブルに載せたことに呆れたのか、小娘にあっさりと敗北したことに失望したのか、それとも、もうすでに彼のことを見放していて裏切りのチャンスを窺っていたのか、その本音はわからない。
元ボスは葬られ、紅葉は私のことを新たなボスだと認めてくれた。
ボスが代わったことを知っていたのは、副リーダーの紅葉と組織の幹部連中、狐右、狐左、ブリュードだけ。
彼らの”男気”には感謝しても、し過ぎることはない。
無能なボスの尻拭いをすることを決めてくれたのだ。
組織の全てを受け継ぎ、あなたに忠誠を誓います、と。
特にブリュードには、ここ最近、一番嫌な役回りを押し付けてしまっていた。彼らには、愚かでどうしようもない野郎だと思われているのだろう。
身体中、怪我だらけ。その全ては、私の計画を実行するための犠牲。
彼は、自分の能力を最大限に生かして、仕事をやり切ってくれた。
私は彼に対して、心の底から尊敬の念を抱いている。
全部終わったら、改めて伝えなくちゃ。
ありがとう、って。
私が組織を乗っ取ったのは金目当て。
即、組織内にあるプール金を洗い出した。
しかし、カラーギャングは残念ながら、所詮はアマチュアが集まったチンピラ集団だった。
集まった金はかろうじて100万
しばらくのあてにはなるけど…、長い目で見たら足りない。こんな金額じゃ全然足りない。
私は、どうしたものかと思索に耽る。
使える人の人数は増えた。多少の非合法なことくらいならやってくれそう。
何か金策はないものか、と。
探さなきゃ。
もっと、お金を稼げる何かを。
そんなときに私が見つけたのが、宝くじの「
宝くじか…。面白いこと考える人もいたもんだ、と素直に関心。
それに、随分と景気の良さそうな話。
結構なお金を稼いだんじゃないかな、と邪推。
そうだ、このお金を奪っちゃえばいいんじゃないか。
販売元は…、カジノ「ピエロ&ドラゴン」。
ふーん。カジノが宝くじを作って、売ったんだ。
行こう。この店に。
でも、まずは店の従業員数から、どんな人が働いているのか、過去に起きた出来事まであらゆることを調べなくちゃ。
情報の入手は大切。
そして、お金を奪取するための有効な方法を考えるんだ。
見知らぬ誰かよりも、実弟が大事。
私は、その信念だけに服従して、忘却せずに、揺らがずに戦っていく。
ピエロ&ドラゴンのことは、おおよそわかった。
この規模の店にしては、なかなか儲けてそう。
それに、実は従業員の過半数が元冒険者で、かなり戦闘力も高いことが判明した。
カラーギャングのメンバーくらい、あっさりと倒されちゃいそう。
力技は難しい、と。
そして何よりも、金を賭けるギャンブルを好む傾向にあることがわかった。
過去に、大勝負をしたことがあるみたい。
何かしらのギャンブルを仕掛ければ、お金を奪えるかもしれない。
私は、紅葉、狐右、狐左、ブリュードに作戦の概要を伝えた。
私が店に潜入をし、ギャンブルを受けさせる。
彼らの信頼を勝ち取り、カジノの資産を賭けてもいいとまで思わせる。
そして、プレイヤーとして、私が敵チームに潜り込んで対戦。
多様の犠牲を払ってでも、そうなるのが必然との物語を作り上げていく。
店に入ってからは、何が起こるのかは想定できない。アドリブ力が大事。見事に演技しきってやるんだ。
それこそが、私に与えられた役割だからだ。
ピエロ&ドラゴンに渡した100万
私は、100万
もっともっと大金を狙っている。
実際に、この投資はかなり効果的だったみたい。
店のメンバーからの私の好感度が、急上昇したのがわかった。
もう一つのトリックもきちんと機能したみたいだす。
ブリュード以外の末端の構成員たちは、自分たちのチームの真のボス・私の存在を知らなかった。
そこから、バレたらたまったもんじゃないからね。
わざと隠した。
計画外の行動により、屋根の上で、襲われた時は困っちゃったけど…、結果オーライ。
これで、私と紅葉たちが裏で繋がってるだなんて、さらに思えなくなっただろう。
果たし状に入っていたのは、もちろん私の毛。
捏造。
弟には、指一本触れさせていない。毛ですらやるもんか。
さあ、ここまでは順調。完璧だと言ってもいい。
後は私に、ピエロ&ドラゴンの資産を賭けるシチュエーションを作れるかどうか。腕前が試されている。
泣くなり、怒るなり、動揺するなり、なんでもやってやろう。
”
こうして出来上がった「今」、がある。
ガチンコでぶつかってわかった。
ピエロ&ドラゴンのメンバーたちは、頭脳と肉体、両方の戦いにおいて、生半可な強さではなかった。
特に、騙し合いには、多少の自信はあったけど、本気になったキンの足元にも及ばなさそう。
調査した段階では、注視する価値もないただの使いっ走りだと思っていたからびっくり。真の司令塔は、彼だったんだ。
大将戦の前に、まさかの負けが確定してしまう。
安全を取られたらまずい。ここまでの準備が、全部台無しだ。
それでも、なんとか説得して、勝負させることができた。
私が短い期間だけど、築いてきた信頼のおかげかな。
キンも所詮は、人を見る目がない人間のうちの1人だったんだね。
心に潜む黒い怪物は、私の方が凶悪だったんだ。
とにかく、これで600万
これで、しばらくの時間はしのぐことができる。
カラーギャングたちはもういらない。適当なことを言って、抜けさしてもらおう。
次のリーダーは、本当に紅葉にしてしまっていいだろう。
彼女には、リーダーとしての素質があると思う。
まあそれは、私の関心の範囲外のことだけどね。
ここまで費やしてきた時間、会話、表情、仕草、その全部が私の罠だった。
彼らは、私の罠に見事に嵌ってくれた。
私の3つ風船は、紅葉の手で割られる。八百長によって、大将戦は私の負け。これで、綺麗にチェックメイト。
キン、ジェスター、ピエロ&ドラゴン。お前らの敗北は確定した。
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