4-27 勝利の風船【4】

 プレートのオープンに際して、特段のサプライズはなかった。

 狐右は全力で勝利をつかみにきていた。当然賭けたのは、自チームの勝利である。


 強いて驚きの要素をあげるとするならば、敵チームは、狐右の勝利に対して最大FPを賭けていなかったこと。

 「500FP」賭けられるところで、「250FP」しか賭けていなかったのだ。

 自分のチームメイトを信頼していなかった。

 しかし、結果論で語るのならば、その慎重な策は功を奏した。

 失ったFPが少なくなったのだから。


 ジェスターが勝利によってもたらしてくれた中堅戦のボーナスFPである「400FP」を加えて、各チームのFPは以下のようになった。



「ピエロ&ドラゴン」チーム  :  2,600FP

「カラーギャング」チーム   :  1,250FP



 ダブルスコア。

 先鋒戦、中堅戦と2連勝できたおかげで、大きなスコア差をつけることができた。


 大将戦の前に勝負を決める。

 ジェスターは、その宣言通り、と言ってもいい程の仕事をやりきったのである。


「ジェスター、それ…」


 ラビューは、ジェスターの上を指差す。

 ジェスターは、屋根の上で戦闘したときと同箇所を負傷し、流血していた。黒い手裏剣の内の1つがかすったのだろう。先ほどひどくもないが、怪我をしていることに変わりはない。


 ラビューは、ジェスターに近寄り、傷口に手をかざす。

 ラビューは、治癒魔法を発動しようとしたのだ。

 しかし、それはジェスターによって止められてしまう。


「ラビュー。こんな傷は直さなくてもいいわ。魔法の力を温存するのよ。それよりも大将戦に集中して。次の戦い次第で、全部ご破算になってしまうかもしれないんだから」


 ジェスターは、大将戦の前に勝負を決めると宣言し、最高の結果を残した。

 しかし、実は、まだ勝負は決まっていない。カラーギャングチームに逆転の目がある。ジェスターは、そのことをきちんと把握していたのである。

 正確に言えば、俺たちのチームの賭け方によっては、算数上では、事実上の勝利を確定させる”詰み進行”をさせることができる。

 大将戦の敗北と引き換えに。


 今問われているのは、それを実行するのかどうかである。

 ラビューが、それで納得するのか。

 感情をおざなりにした勝利を手にするべきかどうか。


「キン、中堅戦の前に言った通り。私はあいつらを許せない。許すわけにはいかない。トドメを刺すのは私の役目だとまだ思ってる。だから、最後の戦いを正々堂々戦わせて欲しい…」

「…………」


 ラビューの言いたいことは、わかった。

 大将戦も勝利に賭け、3連勝で、”勝利の風船ビクトリー・バルーン”を終えようと提案しているのだ。

 俺は頭の中という小さな箱で、葛藤してしまう。

 まだ、悩む。

 ラビューの感情を無視して確実な勝利を手にすべきか、ラビューをプレイヤーとした最後のギャンブルをすべきか。

 失う可能性があるものは600万Dドリーム、勝って得られるものは…。


 一通りの思考はした。

 いや、所詮は思考をするふりをしていただけなのかもしれない。

 最終確認という名の時間稼ぎを。

 俺の結論は、残念ながらとっくに出ていたのである。

 きっと真実はそういうこと。それならば、そうすべき何だろうと。


「最終戦、大将戦には、俺たちの勝利に1,000FPを賭ける。ラビューが勝てばゲーム全体でも勝利、負ければゲーム全体でも敗北のシンプルなゲームにしよう」


 俺は、2人のチームメイトに対してそう提案した。


「…キンは、それでいいのね」


 ジェスターはそう確認してきた。それは、先鋒戦と中堅戦の勝利を無駄にしてしまうかもしれない決断だったから。


「ああ、それしかない。それこそが勝利をつかむための最善の選択だ」


 俺は、ジェスターとラビューの目を交互に見つめてそう言った。


「うん、わかった。私勝ってくるよ」


 ラビューは、嬉しそうにそう頷いた。その笑顔からは、曇りや迷いの類は一切感じられなかった。

 ラビューは”やるつもり”だ。

 俺はその確信を、さらに深める。


 俺はプレートに対して、賭けの内容を念じて、プレートを台座の上に伏せた。

 これでもう、心情的にだけではなく、物理的にも後戻りはできなくなった。

 後はもう、大将戦の結果次第。それで、全てが決まるのだ。



********



 大将の2人、ラビューと紅葉は、穴の底で睨み合っている。

 3つの風船はセット済み。両者ともに、中央と両サイドの無難な配置。後はもう、戦闘を開始するだけである。

 紅葉は、果たしてどんな魔法を使うのか。その片鱗さえ、伺えていない。

 しかし、カラーギャングの真のリーダーであった彼女が、狐左や狐右と比較して、はるかに戦闘力が低いとは考えにくい。

 まともに戦えば、紅葉は苦戦を強いられることになるだろう。


 今まで、ゲームの進行役をしていた紅葉は、フィールドに出てしまっている。

 彼女の代役は狐左が務めるようである。


「両者、準備はいいでござるな」


 狐左が確認をする。

 両者ともに、無言のまま。相対する敵から目を離さない。

 この光景にも見慣れてきた。

 これが、最後になるのだけれども。

 異論が出なかったことを確認して、狐左が大将戦開始の合図をする。


「それでは、大将戦スタートでござる!」


 始まり方は、中堅戦に似ていた。

 両者、共に動こうとはしない。

 何か魔法を使って、武器やボールを操作しているわけではない。本当に動いていないのだ。

 まるで時が止まってしまったような空間。

 狐左のゲーム開始の合図が、耳に届いていないのかとすら思ってしまう。


 しかし、そんなことはなかった。


 先に動いたのは、敵チームの大将・紅葉。

 彼女は、ゆっくり、ゆっくりと、一歩ずつ地面を踏みしめるようにして、ラビューの方へと歩いて行った。

 その姿を見たラビューからのリアクションはない。

 ただ、じっとそれを見つめているだけだ。


 紅葉とラビューの距離がどんどんと詰まっていく。

 4、5mまで近づいてのだが、ラビューの反応は見られない。

 何かをしようとの意思を感じ取れない。

 直立不動の死体のよう。


 距離が2mまで近づいたところで、上から見ていたジェスターの我慢の限界を超えた。


「ラビューっ!!」


 大声でそう叫ぶ。

 ……、ラビューからの反応はない。

 ジェスターの顔には、困惑と絶望が浮かんでいた。

 何が起きているのかを理解できてないのだろう。

 俺にだって、目の前の現実を認めたくない気持ちがある。


 紅葉とラビューは、手を伸ばせば触れ合うことができるほどの距離まで接近して、すれ違った。

 紅葉は、どんどんとラビューの中央の風船に近づいていく。

 その道中に落ちていた1つのボールをしゃがんで拾い、2mほど先にある風船に向かって優しく投げた。

 風船は、直径1mほどのサイズがある。

 外すわけがない。

 風船は、ボールが触れたことに反応して弾けた。

 1つ目の風船が割られたことにより、残り2つ。

 ラビューは、自らの風船が1つ割られた後でも、何の反応も示そうとはしなかった。

 今、この場に起きている異常な光景は、自らが望んでいるものだとでも言いたそうな態度。

 ……、実際にそうなんだろう。


 風船を1つ割った紅葉は、焦ることも急ぐこともなく、次の風船へと向かっていく。

 左サイドのそれ。

 先ほどと同じペースでゆっくりと歩いていく。

 紅葉に背を向けているラビューは、それを感じているのか、感じていないのか。

 やはり、微動だにはしなかった。


「キン…、何が起きてるの?」


 ジェスターが、俺に問いかける。


「…………」


 俺は何も答えない。答えようがない。

 ただじっと、自分の下で繰り広げられている光景を注視していた。


 俺が何も言わなかったことによって、ジェスターはますます困惑を深めたようだ。


「ラビューっ!そいつを止めて!」


 もう、無駄だと悟りながらも、そんな呼びかけをした。

 反応は……、ない。

 鉄仮面でも張り付いたような無表情を貫いている。

 ラビューは今、何を考えているのか。俺はそれに少しだけ興味があった。


 紅葉は、左サイドの風船に対して、またもボールをぶつけた。


 バンッ!


 風船が割れる乾いた音が響く。またも正解。幸運の女神様に愛されている。

 残りは1つ。

 紅葉は回れ右をして、右サイドの風船へと向かってくる。

 そんな紅葉の表情がこちらからも伺えた。


 そこには、邪悪な笑みが浮かんでいた。

 何もかもが計画通り。俺たちを絶望の淵に突き落とすことに成功した。そうとでも言いたそうな表情である。

 一歩、また一歩と最後の風船に近づいていく。

 歩みを進めるごとに、”勝利の風船ビクトリー・バルーン”終了の瞬間が近づいてくるのだ。



 ここまで来れば、ジェスターにもそのことを否定することはできないだろう。


 ラビューは裏切った。


 彼女は、ピエロ&ドラゴンを敗北させることを選んだのである。

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