4-29 勝利の風船【5】

「ラビューっ!!」


 ジェスターは、もう一度声を張り上げた。

 彼女の声は、届かない。

 紅葉は、残された風船のすぐ近くで立ち止まった。

 今までの風船は、両方とのがボールで割ることができた。

 ということは、最後の一つは『ボール以外で割れる風船』であることは明らかである。

 紅葉は、自らの手を風船に向けて伸ばしていく。

 そして、そっと触れた。それだけの動作で十分だった。


 パンッ!


 風船が割れた。

 それは、ゲームの全過程が終了したことを告げる音であった。



********



 俺たちは、プレートの置かれた台座を挟んで向かい合っている。

 俺の横にはジェスターしかいない。

 目の前には、カラーギャングチームの3人とラビュー。

 今は、2対4の構図となってしまっている。

 ジェスターは、言いたいことがたっぷりとありそうだが、沈黙を貫いていた。ラビューに向ける視線には、抗議と非難の意がたっぷりと詰まっていたが。

 俺も、今更何を言っても無駄なので黙っている。

 彼女と交わすべき言葉は、何一つとしてないのだ。


「大将戦は終わったよ。さあ、プレートをめくろう」


 ラビューは、罪の意識がなさげにそう言ってきた。

 ラビューは両方のプレートに書かれた内容をすでに知っている。この儀式には何の意味もないと思っているはずだ。

 それでもやらねばならない儀式だから、義務感だけでそうしている。


 まずは、カラーギャングチームのプレート。

 そこに書かれた内容は、当然「カラーギャング」と「1,000FP」だ。

 彼らは自分たちの勝利に、最大FPを賭けていた。

 大将戦のボーナスFPの「800FP」を加えて、彼らは計「3,050FP」で”勝利の風船ビクトリー・バルーン”をフィニッシュした。


 続いては、俺たちのプレートである。

 俺は自らの手で記入したそれをひっくり返す。

 そこには、「カラーギャング」と「1,000FP」と書かれていた。

 ラビューに告げていた内容とは真逆である。

 俺はラビューの敗北に賭けていたのだ。

 彼女の裏切りを見破った。

 俺たちは予測を当てたことにより、1,000FPを手にして、計「3,600FP」となった。

 俺とジェスターは、ゲームの勝利をつかんだのである。



********



 兎の演技は、素晴らしかった。

 俺は、彼女が本当にピエロ&ドラゴンの新メンバーになりたがっているのでは、と思わされた瞬間が何度もあったのだ。

 しかし、俺は最終的には、彼女のことをこれっぽっちも信頼していなかったのである。

 出会った瞬間から、これまでずっと。

 一貫して。


「ラビューは、金に困っていたはずだ。弟の薬代や治療費を稼ぐためにな。1Dドリームでも多くの金を稼がねばいけない状況だったんだ。それにも関わらずに、ラビューは、ピエロ&ドラゴンでタダ働きをさせてくれと言い出した。食事と寝床付きだとは言え、実入りはゼロ。…試用期間を乗り越えたとしても、いい条件の仕事が待っているとは限らない。給料の交渉なんてしなかったからな。まるで、弟のための金には、他にアテがあるかのような行動だった。違和感を覚えたよ。店に何としてでも潜り込むための策だったんだろうが、迂闊だったな。ボランティアでもないのに、給料ゼロで働かせてくれだなんて頼んでくるやつがいたなら、そんなのは異常者だよ。間違いなく、何か良からぬことを企んでいる。提示してくる条件の給料が安すぎる奴は、法外な給料を請求してくる奴と同じくらい信用できない。皆はラビューのことを歓迎したみたいだけど…、俺は注意深くお前のことを監視していたさ」

「…………」

「”ウインド・ダイス”のゲーム中は、何度も敗北を覚悟した。ラビューの正体は、100万Dドリームを奪っていく詐欺師だったんじゃないかって。ラビューが、テーブルに座ることを許した時点で俺たちの負け。高い、高すぎる勉強代だと思ったさ。ところが、俺たちはゲームに勝ってしまう。ラビューの活躍によって100万Dドリームを手にした。俺はこのときばかりは、自分は疑い深すぎるんじゃないのかって、自分の性格を呪ったぜ。ラビューのことを歓迎したみんなが、人間として正しいんじゃないかって」

「…………」

「だが、俺はもう一つの可能性に気が付いた。ラビューが俺たちの信頼を勝ち取るためのトリック。それは、ラビューが使える魔法『千里耳』だ。そもそも、ラビューと出会ってから、ラビューの耳が生かされるイベントが多すぎる。”ウインド・ダイス”のときのカメレオン、買い出し時にカラーギャングの密談を発見した件、今晩の敵の襲撃時。この全てにおいて、耳は役立った。耳が無ければ悲惨な結末を迎えたんじゃないかと思わされるぐらいに。それらの全て、カラーギャングが関わる事件のときだ。そして、逆に『千里耳』は、一切使い物にならないシチュエーションもあった。屋根の上にいた際の襲撃、紅葉たちの出現、”勝利の風船ビクトリー・バルーン”の作戦会議をスパイ、それにラビューが治安維持兵に追われて逃げてきたというエピソードも変だ。それだけいい耳があるならば、治安維持兵の接近くらいに気づけそうなものだ。……ラビュー、『千里耳』なんて魔法を使うことはできないんだろ?『千里耳』が使えるかどうかは、全てが自己申告。だから俺は試してみた。先鋒戦の試合開始前、俺は小さな声でブツブツとラビューに向けて指示を出した。「俺の声が聞こえてるなら何か合図をくれ」と。結果は、無反応。俺の声は、ラビューの耳まで届いていなかった。疑惑は確信に変わる。以上のことから、俺はラビューが手っ取り早く信頼を勝ち取るための嘘を付いていると判断した」

「…………」

「紅葉たちから送られた「果たし状」に600万Dドリームの金額が指定されていたのも変。なぜ、紅葉は、俺たちがDドリームミリオンズで500万Dドリーム稼いだことを知ってるんだ?俺はラビューとその話をしたよな。そこから情報は漏れたんだ」

「…………」

「味方はおそらく裏切り者。弟が人質に取られている話は嘘。こっちらだけ600万Dドリーム賭けるというリスクを負わねばならない。俺がな…、それでもこの勝負を受けたのはな…。それでも、ラビューを信じてみたい気持ちが残っていたからだよ。信頼できる仲間が手に入るのなら、多少の金を失ったところで痛くもかゆくもない。”勝利の風船ビクトリー・バルーン”を通じて、俺はラビューの試験をしたんだ。だがな…、結果は”不合格”。ラビューは俺たちの仲間になるに値しない存在だった。結果、俺たち”2人”は勝利。それでこの物語は終了だ」


 俺は最後の最後に、他の仲間たちにも秘密で、勝手にラビューの入店審査をした。

 結果は、今告げた通り。

 不合格。

 その正体がギャングな兎は、一皮剥いたところで結局ギャングだったんだ。

 彼女は、敵。

 俺たちがこの戦いで得たものは、その悲しい真実だけだった。


 俺がここまで話したところで、ラビュは地面に向けて、膝から崩れ落ちた。

 言葉に出さずとも、その姿から全てが伝わってきた。



 裏切り者のラビューは、ピエロ&ドラゴンに対して、敗北を認めたのである。

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