4-12 ウインド・ダイス【4】

「1ターン目だよ。サイコロを振るのはそっちのチーム。さあ、どの目が出るのかを予測しなよ」

「……あ、ああ。そうだな」


 意識を失っていたような状態だったブリュードは、こちらの世界に帰ってきた。

 放心状態から復帰する。


「よし。まずは、中サイズのサイコロで出る目を予測しろ。その後で、大サイズのサイコロを振る」

「よしゃ。さあ、ロンロン。どの目にするのか決めるよ」


 完全にチームの司令塔となったラビューは、場を仕切って話し合いをする。2人が何を話しているのかは、チームメイトの俺にも聞こえない。

 かなりの小声。

 と言うよりかは、ほとんど何もしゃべっていなかった。

 万が一にも、敵に情報をキャッチされないようにとの配慮だろう。


 例えば、もしこちらのチームが「1」の目を予測すると、敵チームに知られてしまったとする。

 サイコロを振るのが、自分たちのチームであれば何も問題ない。しかし、サイコロを振るのは敵チームである。

 相手は、ほぼ間違いなく「強」の風を発生させて、サイコロを振ることになる。

 そうすれば、「1」の目が出る確率は1.6%。

 よほどの奇跡を手繰り寄せなければ、まず当たることはない。


 よって、特に自分たちのチームがサイコロを振らないターンには、自チームの予測が流出しないようにと注意を払わなくてはいけないのだ。


 店内には、小さなボソボソ声が聞こえるのみであり、ほとんど何も音がしていなかった。

 しばらくたって、ボソボソ声すら聞こえなくなる。


 両チームは、予測するサイコロの目を決定したようである。

 俺視点からではどの目を選択したのかは確認できないが、中サイズのサイコロの目のどれかを上に向け、手で隠して、見えないようにしている。

 手を退けた瞬間に、何の目を選んだのか確認ができるはずだ。


「では、サイコロを振りますよ」


 そう言って、自分たちの台座に大サイズのサイコロをセットしたのはチューン。1ターン目にサイコロを振るのは彼のようである。

 さあ、ここからは勝負の時間だ。


 ピエロ&ドラゴンチームとしてゲームを観戦している俺らとしては、まず重要となるのは、チューンが、「強」「弱」どちらの風を発生させるのかである。

 サイコロが宙に舞った瞬間に、両チームが予測した目が明らかになる。

 その目が例えば、「6」だとするならば、「強」の風が発生した瞬間に、当たる可能性が一気に高まる。

 逆の場合は最悪だ。敵チームは、自分たちが有利になるような目しか出さないのだから、1ターン目にポイント差をつけられる可能性が高くなる。


 果たして結果はどうなるのか。

 全ては、数秒後に明らかになる。


 チューンが力を込めて、”魔法の力”を注入したのがわかった。


 シュゴッ


 サイコロが飛ぶ。

 その高さは……、目線の上。

 「強」の風だ。


 「強」の風では、「6」の目がでる確率が最も高い。

 両チーム、サイコロを隠していた手をどかす。

 予測した、サイコロの出目が明らかになる。


 カラーギャングチームのサイコロの目は……、「6」。

 「強」の風を発生させて、50%の確率で出る「6」の目を選ぶと言う極めて王道な戦法を取ってきた。

 ここまでは、何の波乱もない。

 問題となるのは、サイコロを振っていないラビューとロンロンが何の目を選んだのかということだ。

 俺の目は、その数字をとらえた。


 「6」の目。


「よしっ!」


 喜びによって思わず、そう声をあげてしまう。


 ラビューとロンロンは、相手チームの思考をトレースすることに成功した。

 「6」の目は、「強」の風において最も有利な数字である。

 そして、何より、相手の予測したサイコロの目と被っていた。


 これで、今空を飛んでいる大サイズのサイコロの目が何であろうとも、引き分けが確定。

 ポイント差はつかないのだが、相手チームが有利な、サイコロを振ることができるターンを1つ潰すことができたのだ。

 これで俺たちは、”ウインド・ダイス”において、一歩分、有利になった。


 予測を当てたラビューとロンロンも、嬉しそうな表情をしている。

 一方で、俺たちのチームのサイコロの目を見た敵の2人は、苦虫を噛み潰したような表情になっていた。

 1ターン目の心理戦での敗北が確定したのだから。


 大サイズのサイコロは、テーブルにぶつかり、一度大きくバウンドしてから転がっている。

 何回転かした後で、静止する。


 その目は……、「6」。


 「強」の風の中では、最も確率の高い目に無難に止まる。

 両チームともに予測が的中。10ptが手に入る。


 1ターン目が終わり、各チームのポイントは以下のようになった。



「ピエロ&ドラゴン」チーム  :  10pt

「カラーギャング」チーム   :  10pt



 ラビューとロンロンは、相手有利な1ターン目を、極めて良い形で終えることができた。


「自分たちが持ってきたゲームなのに、大丈夫?このまんまじゃ、あっさりと負けておっしまい!だよ?」


 ラビューはそんなことを言って、敵を挑発する。


「ケッ!たかだか、1/2の確率をたまたま的中させただけで、調子に乗るんじゃねえよ」

「あれあれ?ちょっとイラついてる?なになに、圧勝できるとでも思っていたの?100万Dドリームを簡単にとれるって?あんまり舐めてると痛い目にあっちゃうよ?」


 ラビューは、どんどんと挑発をエスカレートさせていく。相手を怒らせて、動揺させ、思考を乱すプレースタイルなのかな。

 確かに、怒りを始めとする強い感情は、冷静に思考を働かせなくてはいけないゲームやギャンブルにおいては、邪魔なものでしかない。

 強い感情のせいで、本来してはいけない賭け方になってしまうから。

 興奮すると計算能力が落ちる。


 感情の制御は、強豪プレイヤーは必ず身につけているテクニックなのである。


 逆に言うと、相手が素人、弱小プレイヤーかどうかは、感情の制御ができているかで見極めることができる。


 目の前にいるブリュードとチューンはどうかと言うと…、唇を噛み締めて悔しそうにしていた。

 ゲームが思い通りにいかなかった1ターン目に苛立ち、ラビューの挑発に感情を煽られてしまっていた。

 2人のゲームプレイヤーとしての底が見えてしまった気がする。


 もちろん油断してはいけない。

 窮鼠猫を嚙む。

 一発勝負のゲームでは、実力差がそのまま結果に現れるとは限らない。


 負けたらおしまいなのである。

 それに、多少は有利になったといっても、まだポイント差は付いていない。表面上は、五分五分なのだから。


「ねえねえ?今どんな気持ち?どんな気持ち?」


 ラビューは、まだ挑発を続けている。

 後ろから見ているだけでも、めちゃくちゃうざかった。

 勝負する相手としては、最悪の部類に入る。絶対に一緒にゲームをしたくない種類の人間だ。


 装備しているピエロの帽子が、ムカつきを増す効果を発揮している。

 ここまで考えてもコスプレだとしたら、大したものである。


 相手チームの、特にブリュードのこめかみがピクピクと痙攣しているのが確認できた。

 ラビューの挑発が、完全に効いている。

 その事実を隠しきれていない。


「ラビュー殿、もう良いであろう―――」


 さすがに見かねたのか、一緒に戦うチームメイトのロンロンがラビューの挑発を諌める。


「―――本当のことを言ってはかわいそうであろう。一生懸命にプレイした結果で、こんなに自分たちのマヌケさを晒してしまっているのだからな」


…かと思いきや、ロンロンも挑発にのっかることにしたようだ。

 煽り全開フェイスで相手の方を見つめている。



「「ねえねえ?今どんな気持ち?どんな気持ち?」」



 ピエロな2人は、体を揺すりながら、仲良くシンクロして挑発をしていた。

 ブリュードたちは、顔を真っ赤にして、体全身を震わせて怒りを堪えている。

 これは、我慢しきれないかもしれない。

 煽りに耐えきれずに殴りかかってくるかな。

 ゲームのテーブルをひっくり返す。


 戦闘開始か?


 俺がそう覚悟した、刹那。


 ゴンッ


 ラビューとロンロンの頭に目掛けて、鉄拳制裁がされた。

 後ろから脳天を殴ったのはランラン。

 殴られた2人は、痛そうに頭を押さえている。


「いいからゲームを進行しなよ。こんなんじゃいつまで経っても終わらないでしょ!」


 至極真っ当な説教をする。

 ランランから怒られた2人は、しぶしぶといった様子で、2ターン目の準備を開始し始めた。

 台座に大サイズのサイコロをセットする。


「次は、こっちのチームがサイコロを振る番だね。それじゃあ、2ターン目、スタートだよ」


 ラビューはそう言って、”ウインド・ダイス”2ターン目、開始の合図をしたのであった。

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