4-3 兎な日々
ジェスターのご飯を冗談でもディスってしまった代償は、俺が恐れていたほどは大きくなかった。
俺が本気で言ったわけではないことは、ジェスターにも伝わっていた。怒っているのはパフォーマンスだったようである。
俺は、ジェスターに土下座をするだけで許してもらえたのだ。
「ご飯を食べさせてください!お願いします!」
「ご飯を食べさせてください!お願いします!」
俺の横では、なぜかラビューも一緒にジェスターに向けて、床に額を擦り付けていた。ラビューは、どうしても今日の食事を確保したかったようである。
土下座ぐらい安いものなのだろう。
何かを失うわけじゃないし。
そんな俺たちを見つめて、ジェスターが大きなため息を一つした。
そして、一言。
「こんなことだろうと思ったから三人分作っておいたわよ。自分たちで勝手によそって食べれば」
そう言ったのであった。
ジェスター様。女神様。
目の前にいる少女が、過去最高に輝いて見える。こんなに優しい人がこの世にいただろうか。
そんなことを心の底から思ってしまう自分がいた。
食べ物の魔力ってすごい。
胃袋をつかむ、とはよく言ったものだ。
俺とラビューは二人仲良く、大急ぎで、できたてのご飯をよそっていく。そして、掻き込むような勢いでご飯を食べたのであった。
うまい。
********
ご飯を食べ終わり、食器を片付けて一服していることに、店の扉が開いた音が鳴った。ランラン、リンリン、ロンロンの三兄妹が仲良く出勤して来たのだ。
「おっは、…よろろ?」
一番最初に元気よく入って来たランランの挨拶が、途中からおかしくなる。
この挨拶は店の中で流行っているわけじゃない。初めて聞いたから間違いないだろう。
ランランは、見つけたのである。
ラビューの存在を。
「誰ですか、あんたらは!!」
そう叫んだのは、なぜかラビューの方であった。
いや、お前が誰だよ。
なんで、店にずっといる古参みたいな顔ができるんだよ。
言葉に出さずに、心の中で、そう突っ込んでしまう。
「えっと、紹介するよ。あちらはランランとリンリンとロンロン。三兄妹で、このカジノ、ピエロ&ドラゴンで働いてくれてる従業員だ。そして、こちらがラビュー。……なんていうか、そのー…、さっき拾った」
それ以外に、店内にいる理由の表現のしようがなかった。
「はい、拾われたんだよ」
ラビューが元気よく返事をする。うん、拾われたで問題なかったようだ。
「よろしく、ラビュー」
そう言うと、ランランとリンリンはラビューに近寄っていく。イエーイと三人でハイタッチ。三人とも初対面の相手に対しての距離が近すぎる。コミュ力の高さがすごすぎた。
挨拶がてら、五人全員でテーブルを囲って、ちょっとだけ雑談をする。
「ラビューは”兎”の獣人であってるよね?」
ランランが、ラビューに対して質問をする。
「うん。そうだよ。この耳がその証拠だよ」
そう言うと、ラビューは白くて長い兎の耳をピンッっと伸ばしてアピールをする。耳は自分の意思で、自由自在に動かせるようだ。
「ラビューはどうして、店の前で行き倒れになっていたんだ?水も飲まずに、飯も食わずに」
俺はラビューに対して、ずっと気になっていたことを聞いてみた。
「それが…」
ちょっと前までピンと立っていたラビューの耳が、ヘナっとしなってしまう。あまり、ラビューにとっては嬉しくない話題だったようである。
「私は、とある組織に属して、いろんな場所に派遣されて仕事をこなしたんだ。週ごとに雇い先が変わるような形で働き方だったんだ…。短期で人手が足りない場所で働く感じだね。一人暮らしなら十分な給料をもらっていたんだけど…、私には病気の弟が入院をしていて、弟の分の治療費とか薬代も稼がなくちゃいけないんだよ。生活は楽じゃなかったんだけど…、なんとか生活をしていたんだ。そんなある日、一週間の期間限定、前払いで30万
「それは、随分と…やばそうな仕事だな」
俺はラビューの話に少しだけ、口を挟む。
30万
普通の人だとその金額を稼ぐためには、一ヶ月ほどの時間が必要になってしまうはずだ。
労働条件と見合わずに給料が高すぎる仕事は、何かがおかしいに決まっている。
世の中はやはり、等価交換なのだ。
手に入るものの価値が大きければ、それに見合う何かを支払っているはずなのだ。
そして、ラビューが受けたという仕事もその例外でなかった。
「私が仕事先にいくと、そこはただの事務所があるような部屋だったんだ。そこには、人が一人だけ待っていた。そして、お前の仕事はこの部屋でただ待機していることだって言われたんだよ。ただし、部屋から一週間、一歩も出ちゃいけないって…。ご飯はどうするのかって聞いたら、携帯食料みたいなのを三食分くらい渡されて、なくなった頃に、もう一度持ってくるって言われたんだ。お金は受け取っちゃってたし、仕事内容を了解して、部屋の中でぼーっとしてたんだ。何もやることがないからすごい暇だったんだけどね。携帯食料は一時間後に食べ終わって―――」
「一時間!?早すぎだろ!仮にも三食はあったんだろ」
「お腹が空いてたんだよ!しょうがないじゃん!!次は、いつ持ってきてくれるんだろって、待ってたら、そのまま三日間。何も持ってきてくれなかったんだ…」
「……そんな長時間、よく我慢したな」
俺ならば多分、逃げ出していると思う。
「だって、先払いでお金もらってるし…。なんの仕事しているのかもわからないから、外に出たせいで、契約違反、給料を没収とかになったら最悪じゃんか。だから私は頑張って堪えてたんだよ。ずっと…、ずっと…。床でひっくり返っていたところで、コンコンって、外から部屋のドアを叩く音が鳴って、あっ、ようやくご飯が来たと思って、ドアを開けてみたら―――」
「開けてみたら?」
「そこにいたのは、治安維持兵たちだったんだ」
治安維持兵。
この国のピザのように切られた六つの領域を、それぞれ治める六人の貴族直属の組織の兵隊たちである。主な仕事はその名の通りに領土内の治安維持であり、警察のようなものだ。犯罪者たちを取り締まって、捕まえる権限がある。
その治安維持兵が、仕事場に来たと言うことは…、いいことが起きたはずがない。
「その部屋は犯罪していた人たちが事務所か何かに使っていた場所らしくて、私は身代わりにされそうになったんだ。私の仕事は、犯罪のスケープゴートだったんだね。治安維持兵たちは即、何の事情も聞かずに私を捕まえようとしたから、なんとか必死になって、ドアの逆側にあった窓から逃げ出したんだよ。何もやってないのに、逮捕されるのはごめんだからね。それで走り回って…、仕事してた場所は第1区だったんだけど、逆側のここまで逃げてきたところで倒れちゃったんだ…。それで、キンとジェスターに拾われたんだ」
ラビューは、ここに来た経緯をそう説明した。
店の前にいたのは偶然ってことか。
「それは…、大丈夫なのか?ラビューは今頃、指名手配犯になってるかもしれないぞ。多少の時間は、拘束、尋問されたとしても、一度はちゃんと捕まって、治安維持兵に事情を説明した方がよくないか?いつ捕まるかもわからない身ってのは、肉体的にも精神的にもかなりしんどいぞ」
俺は、ラビューにそう提案した。
すると、ラビューは困ったような表情になり、
「私がもし、万が一にでも捕まったら、私の可愛い弟が路頭に迷っちゃうことになるんだよ。そんなリスクは犯せない。それに、きちんとは顔を見られなかったと思うし、兎の獣人くらいの指名手配のされ方なら、何とか逃げ切れると思うんだ…」
と、言ってきた。
すると、思わぬ人物の心に、ラビューの説明が突き刺さっていて、泣き始めてしまった。妹を持つ兄、ロンロンである。
「ううう。ラビュー殿。弟のために逃走生活を送る覚悟、感動した。我々の誰も、ラビュー殿のことを通報したりはしないぞ。なあ、キン殿」
ロンロンは、そう言ってきた。
まあ、別に通報しようとは思っていないけど。無罪っぽいし。
続いて口を開いたのは、ジェスターであった。
「事情はわかったわよ。大変だったわね。同情するけど、私たちが力になれることはあまりなさそう。これからは受ける仕事を気をつけて選んでねって、アドバイスするくらいかしら」
「そのこと何だけど…」
ラビューは、少し悩むような表情をした。
何か、考えていることがあるようだ。
俺たちが黙って彼女を見ていると、ラビューは思い立ったように、こう言ったのであった。
「私をこの店で雇ってもらえないかなっ!!」
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