4-4 試用期間

「いやよ」


 そう言って、考慮時間ゼロで即断ったのは、店主のジェスターであった。

 ピエロ&ドラゴンで、人を雇う雇わないの権限を持っている者。

 ジェスターにとっては残念ながら、ラビューの自分を雇用して欲しいとの提案は、考慮に値しないものであったようである。

 俺には、ラビューが何を言っているのかをきちんと考える時間すら与えられなかった。


 まあ、突然店内に飛び込んできた相手を、雇わないとの決断をするのは、真っ当といえば真っ当ではあるのだが…。

 ちょっとだけ冷たい。

 もうちょっと優しく断ってあげればいいのに、と思う。

 同じ釜の飯を食った仲だし。


「そこを何とか、お願いだから!」


 一度断られたのだが、ラビューはそれでも引き下がらずに、ジェスターとの交渉を続ける。


「死んでも、いや」


 ジェスターは、さらに態度を頑ななものにしてしまったようだ。


「お願い!」

「いや」

「そこを何とか」

「無理」


 二人は、そんなラリーを繰り返していた。

 ラビューは膝を折って地面に伏す。

 おっ、また土下座の体勢である。本日、二度目。


「どうしても働きたいんだよ!一ヶ月間、給料ゼロで、使えなかったらいつ首にしてくれてもいいから仕事をください!私、これまでいろんな仕事をしてきたから、本当に何に対しても経験者なんだよ。雑用でも何でも、どんな仕事でもするから、お願い!」


 ラビューは、必死のお願いをしていた。

 そんなラビューを見て、助け舟を出したものがいた。

 リンリンである。


「ねえ、ジェスター。こんなに必死になってお願いしてるんだから…。働かせてあげちゃダメかな…。ラビューは、いい子そうだしさ。ダメだったら…、首にしてもいいって言ってるじゃん。私は悪くない条件だと思うよ」


 優しいリンリンが、ラビューに手を差し伸べたのであった。

 ようやくやってきたチャンスを逃さずに、ラビューがリンリンの意見にのっかる。


「そうだよ。給料ゼロで、美味しいご飯を三食と寝床、後は、数時間ごとのお昼寝休憩をつけてくれるだけでいいんだよ」


 ……いろんな条件が追加されていた。

 まあ、労働力を一人雇うと考えれば、まだまだ価格の安いうちに入るかな。

 お買い得。


「後は、お菓子もちょうだい」


 どんどんと条件が増えていく。

 交渉に時間をかけるほど、ラビューの提示する条件は増えてしまいそうだった。


 リンリンの意見に、ロンロンも賛同する。


「ジェスター殿。我もリンリンの意見に同意するぞ。ここまで言うんなら働いてもらってもいいんじゃないのか?試用期間っていうことにして」


 ロンロンは、ラビューへの援護射撃をした。

 正座のままで、頭を上げたラビューは、うんうんと首を縦に振る。二人の言う通りだと言わんばかりに。

 二人からの意見に対して、ジェスターが答えた。


「我らがピエロ&ドラゴンは、5人でカツカツ。赤字と黒字の狭間でさまよっているの。6人雇うお金なんてないってわかってる?もし、仮に彼女のことを試用期間で雇用したとしても、売上が一気に急上昇するとかよほどの貢献がなければ、ほぼ間違いなく解雇することになるのよ?だったら、試用期間で働いてもらうなんて中途半端なことはせずに、最初っから雇わない方が優しいでしょ」


 そう言ったのであった。

 店主として、店の収支を考えた冷静な判断の結果のようである。


「それでもいいんだ!じゃあ、一週間だけでいいからタダ働きさせてよ!一週間後にいなくなる前提のお手伝いって立場でいいから!最初っからいなくなる前提で!これでどう?どう?ねっ!」


 ラビューはジェスターの足元まですり寄っていき、ジェスターの足にしがみつきながらそう言った。

 ラビューは、どうしてもピエロ&ドラゴンで働きたいみたいだ。

 ここまでくると、むしろ、一時期だけでもいいから働かせてもらえさえすれば雇用したくなるはずだ、との自信すら感じてくる。


 前の仕事の都合上、いろんな職場で仕事した経験があるからか?


 はあーっ。


 そんなラビューの様子をみて、ジェスターが大きなため息をついた。厄介なことになったとでも思っているのか?


「キンはどう思う?」

「俺?」


 ジェスターは、俺に意見を求めてきたのであった。

 どう答えようかと困ってラビューを見たところ、助けを求める草食動物のような涙がにじんだ目でこちらを見てきた。


 心に刺さる。

 断りにくい。


 しかし、彼女がこの店で働くことに本当に同意していいんだろうか?

 心の中で、ひっかかってしまう点はある。

 一度雇ったら、雇ったでお別れしずらくなるのは間違いないだろうし。

 悩んでしまう。

 随分と難しい判断が求められていた。


「うーん」


 唸り声を上げてしまう。

 すると、ラビューは膝をついたまま器用に歩いて、俺の元まで近づいたきた。


「キン。お願いだよ〜。一緒に土下座した仲でしょ〜。心の友じゃん」

「…そんなことで友情が深まったりしないぞ」


 最悪の関係の友達だ。


「キンがイエス、ノーを決めていいわよ。その代わり、発言の責任をとってね」


 ジェスターは、全部の責任を俺に押し付けてきたのだった。

 場の空気の圧力がすごい。

 こうなると、俺の選べる選択肢はなくなってしまっていた。


「わかったよ。でも、ラビューは見習い店員だぜ。一週間の期間限定。その期間が終わったら契約の更新をするのかどうかは、改めて店主のジェスターと話し合いで判断する。これでいいならオッケーだ」


 俺は、イエスの結論を出したのだった。


 俺の答えを聞き、床に座っていたラビューは大ジャンプを見せた。

 兎のように。


「ありがとう〜!」


 そう言って、俺に抱きついてきたのであった。


「おっとっと」


 勢いよくぶつかられ、体重を全部預けられた俺は、体のバランス崩して倒れてしまった。痛い。

 その上に、ラビューがのっかるような格好になってしまう。

 しかし、ラビューはそんなことは気にせずに、スリスリと頰を擦り付けてきて、ボディータッチ多めの愛情表現をしてくる。

 それを見たランランがなぜか、焦り出す。


「だ、ダメだよ、ラビュー。…そんなことしたらジェスターに殺されちゃうよ」

「はい?なんで私が二人のことを殺すの?それじゃまるで、私がキンに嫉妬してるみたいじゃない。別に私は、キンが煮られようとも、焼かれようとも興味がないわよ。好きにしてって感じね。仕事さえこなしてくれれば、どこでどうイチャつこうとも興味がないわ」


 そう言って、冷たく突き放してきた。

 俺はラビューに抱きつかれたままの状態で、ジェスターと目が合ってしまった。上から見下ろされているせいか、ゴミを見るような鋭い視線が、いつも以上に鋭利さをましているように感じてしまった。


 恐ろしい。


 そして、ジェスターはさらに過激な行動をとる。

 床、俺、ラビューの状態で縦に並んでいる俺たちに近づいてくると、一番上にあるラビューの背中を踏んづけてきたのであった。

 またも、ラビューを潰す。俺ごと。


「うっ」

「ぎょへ」


 二人で仲良く、うめき声を上げてしまった。

 そして、ラビュの背中をグリグリと踏んずけながら、


「ほらね。二人がいくらくっつこうともなんとも感じてないわ。だから、むしろ二人がくっつくのをサポートしてあげちゃうもの。どう、キン、ラビュー気持ちいい?給料がいらないって言うなら、代わりに私からの「愛」をプレゼントしてあげるわよ。…毎日、ね」


と言ってきた。


 その姿は、完全に女王様である。ドSの。


 このままじゃ、いつまで経っても立ち上げれないし、ひどい仕打ちに対して抗議しようと思ったところで、俺はおかしなことに気が付いた。

 ラビューは、ハァハァと息を荒立てて、踏まれることを受け入れていた。

 目はバキバキで、よだれがツーっと俺の胸に垂れてきた。


 あれ、もしかしてラビューは喜んでないか?


 踏まれていることを。


「…ドMだね」


 そう言ったのはリンリン出会った。


「うん、ドMだね」

「まず、間違いなくドMだ」


 ランランとロンロンも同意をする。

 俺も、三人の意見に同意したいところだが…、


「もっ、もっと踏んでくださいよ。お姉様…」


 ラビューは、そんなことを言っていた。疑惑は確信へと変わる。

 ラビューは、ど変態であることは間違いなかった。


 俺たちは、とんでもない人間を店で働く仲間にしてしまったのかもしれないと、即後悔する。


 そんなラビューを見て、ジェスターの軽蔑するような視線は強くなり、ますます踏んづける力を強めてきた。

 圧死しそう。


 いや、もしかしたらドSとドMのいいコンビになるかもなあ、とも思ってしまう自分がいた。


 踏み飽きたのか、踏み疲れたのか、しばらくしたところで、ようやくジェスターは俺たちのことを解放してくれた。

 なぜか、少し名残惜しそうにしているラビューは、俺の上から起き上がる。

 俺も、ラビューがどいたところで、ようやく立ち上がることができた。


 いつまでもだらだらと遊んでいるわけにはいかない。俺たちはそろそろ仕事をせねばいけないのだ。


「では、みなさん。これからよろしくお願いします」


 店員見習いのラビューは皆に向かってそう挨拶して、この場が収まりそうになった。

 しかし、この後、ロンロンからとんでもない問題発言がされることになった。

 俺は、その言葉を甘受することができなかった。


「いやあ、めでたい。仲間が一人増えたな―――」


 ロンロンはそう言う。ここまでは問題ない。


「キン殿もそう思うだろ?嬉しいだろ」

「まあ…、そうだな」


 俺は、そう返事をする。

 問題は、この後である。



「キン殿には、ドM仲間が増えたではないか」

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