2-25 クレイジーラン【7】

【レース開始:17分後、ダスター視点】


 俺とワショウを襲ってきた「土の虎」は、その場で暴れ回っていた。


 1000番台の魔法であることは伊達ではなく、とてつもない強さを持った獣である。


 鋭い爪、そして牙は一撃で敵を打ち倒すのに、余りある力を持っている。


 俺たちは、二人掛かりで何とか、虎のことを抑えていく。


 攻撃によって傷を負いながらも、虎に何度も攻撃をぶつけ、体を構成する土を削っていき、その体を小さくしていく。


 そして、十分に小さくなったところで、最後の一撃をくらわせた。


 虎が活動を停止するまでにかなりの時間を要してしまい、自分の体も疲労が蓄積された状態になっていた。



 何とか、虎を倒すことができた。


 俺たちからしばらく時間が遅れた後で、大きな爆発音が周囲に鳴り響く。


 どうやらボムたちも「土の龍」を完全に破壊することができたようだ。


 しかし、彼らは無事ではなく、ロケットは龍の猛攻によって気を失ってしまったようである。


 自分よりも身長の低いボムによって、担がれてしまっていた。


 半分担がれて、半分引きずられていた。


 ボムの息も上がって、疲れ切っている。



 そして、「土の虎」と「土の龍」を召喚した主、ロンロンはただ立ったままでこちらのことをじっと見ているだけだった。


 体力、気力を全て振り絞った最後の力だったんだろう。


 もう、指一本動かすことができていない。



 しかし、俺は油断をすることができない。


 「土の虎」と「土の龍」を召喚する前にもそう思ったんだ。


 この男は動けるはずがないと。


 その後でさえ、死力を尽くしたとはいえ、ここまで強力な魔法を使ってきたんだ。


 手加減なんてできるはずがない!



 俺も思いは、ワショウとボムも共有をしていた。


 じわじわとロンロンとの距離を縮めていく。


 狙わあれたロンロンはその光景をただ見ているだけである。


 俺とワショウとボムは、今使える、最大の魔法を唱え始めた。



「『強圧系 no.888「一撃必殺ワンパンチ」』」


「『祈禱きとう系 no.699 「数珠呪殺ジュズジュサツ」』」


「『爆弾系 no.707「死の爆弾デスボム」』」



 全ての攻撃が無抵抗のロンロンへと吸い込まれていった。


 彼ができた抵抗は何もない。


 ロンロンは10m以上の距離をぶっと飛んでいった後で、放り捨てられたマネキンのような姿になって動かなくなってしまった。


 人によってはオーバーキルだと言うかもしれない。


 すでにあの男は戦えなかったと。


 しかし、本気で戦った俺たちだからこそわかるのだ。


 戦いの後で、自分の体に何が起きたとしても、ロンロンは俺たちのことを絶対に恨まない。


 ロンロンはそう言う勝負を仕掛けてきて、俺たちがそれに答えたんだ。



 この距離からでは、ロンロンが生きているのか、死んでいるのかさえわからなかった。


 もし、死んだんだとしたら、地獄で再会をしよう。


 どんな理由でもいい、そこでまた命がけの戦いをするんだ。



「ワショウ、行こうか」


 戦いの最中は、必死になっていて忘れていたのだが、今は、レースである”クレイジーラン”の途中であることを思い出す。


 スタート地点に残る理由がなくなったのなら、俺たちは走らなければいけない。


「いえ、やめておきましょう」


 ワショウが何故か、走ろうとする俺のことを止めてきた。


「時間切れです。


今から必死に走ったところで、1位争いには到底追いつくことができません。今から走ろうとする行為は、生産性のない全くの無意味な行為です。


私たちはフェイクのことを信じ、ここでリタイアしましょう」


 ワショウはそう言った。


 俺たちは、スタート地点で時間を使い過ぎたようであった。


 ロンロンの最後の魔法は、俺たちをあきらめさせるだけの時間を稼いだのだ。



 ワショウは微動だにしない、ロンロンを見つめながら、こう続けた。



「あの男は、仕事をやりきったのです」



 その声色は、少し悔しそうであった。



 俺たちのレースは終わった、そう思ったときである。


 事件が起きたのは、この後すぐだ。


 俺は、”クレイジーラン”の戦いの中で、後から考えても身震いするような、最も恐ろしい光景を目撃することになってしまう。





[選手名:ロケット 場所:スタート地点 時間:開始22分 状態:リタイア]


[選手名:ボム 場所:スタート地点 時間:開始22分 状態:リタイア]


[選手名:ロンロン 場所:スタート地点 時間:開始22分 状態:リタイア]


[選手名:ダスター 場所:スタート地点 時間:開始22分 状態:リタイア]


[選手名:ワショウ 場所:スタート地点 時間:開始22分 状態:リタイア]





【レース開始:20分後、ランラン視点】


 フェイク、スノウ、そして私、ランラン。


 別々のチームである私たちは戦いながらも少しずつ前へ前へと進んでいた。


 いつの間にか第4チェックポイントを通過していた。


 私とスノウは、即席のぎこちない連携ながらも距離をとって挟み込むようにしてフェイクに攻撃を加えていく。


 圧倒的な強さをもっているフェイクだったが、1対2でどちらと戦えばいいのかがわからない状況に対して、手を焼いているようだった。


 それでも優勢なのはフェイクである。


 私とスノウには、徐々に生傷が増えていっていた。



「『時空系 no.724「時間遅延+スロウタイムプラス」』」



 スノウとの戦いに気を取られた隙に、時間遅延の魔法をかけようとする。


 しかし、フェイクはアイガーガゼルの脚力を生かし、飛び跳ねることで魔法を回避した。


 戦っているうちに、徐々に魔法を避けられる回数が増えてきた。


 動きを遅らされることがかなり嫌だったんだろう。


 私の魔法はフェイクに警戒をされ、魔法の効果範囲や発動にかかる時間など、その効力を読み切られてしまっているようだった。



「その魔法はもうくらわないよ」



 フェイクにも、そう言われてしまった。


 それでも私とスノウは攻撃を続ける。


 フェイクに対して、一瞬の時間も与えるわけにはいかない。



「『氷雪系 no.333「雪玉祭アイスパーティー」』」



 無数の雪玉が空中から出現をし、フェイクに向かって一直線に飛んでいく。


 とても避け切れるような量や速度ではない。


 それでも、フェイクは事も無さげに、踊るようにして雪玉を避けていく。


 雪玉の発射が止まったところで、フェイクは全くの無傷であった。



「『時空系 no.757「三ツ星時間スリースタータイム」』」



 私は自分の体に対して魔法を掛ける。


 「三ツ星時間スリースタータイム」は3秒間の限られた時間の間だけ、自分の身体の全ての動きを3倍速にすることができる魔法である。


 体が普段ならば、全体にありえない速度で俊敏に動く。


 私はフェイクに接近をして肉弾戦を仕掛けていく。



 蹴る、蹴る、殴る、殴る、蹴る、殴る



 限られた時間の中で、フェイクに対して、超高速の連続攻撃をしかけていく。


 しかし、その全てをフェイクは器用にいなしていった。


 残された最後の時間で私が選択をした攻撃は、「頭突き」。


 決まったか、と思えたのもわずかな時間で、フェイクの両腕によってしっかりとガードをされていた。


 私の最後の攻撃によって、フェイクの態勢が少しだけ乱れた。


 そこをスノウが見逃さない。


 地面を凍らせる「凍結行道アイスロード」の魔法によって、フェイクの態勢をさらに崩す。



 私はアイガーガゼルの俊敏な動きが封じられたフェイクに触れながら魔法を掛ける。



「いくら速くても、この距離なら外れないでしょ。


『時空系 no.724「時間遅延+スロウタイムプラス」』」



 フェイクに対して魔法が決まった。


「やっ....ろ....」


 フェイクの表情が、ゆっくりと悔しそうなものに変化していく。


 スノウがさらなる強力な魔法を使おうと構えを見せた。


 フィニッシュは彼女に譲ろう。


 美しく、可憐に決めてくれるはずだ。



「『氷雪系 no.512「氷塊爆破ヒョウカイバクハ」』」



 スノウの魔法によって出現をした、巨大な氷の塊がフェイクの真上に出現をした。


 動きが遅くなったフェイクはその塊を、己の目で確認する事もできない。


 そして、巨大な氷の塊は、そのままフェイクに向かって落下をしていった。


 氷の塊がぶつかり、爆発をしたことによる爆音があたり全体に鳴り響いた。



 文句なしのクリーンヒットである。



 フェイクは避ける事も、ガードする事もできずに、スノウの攻撃をくらった。


 これならば、フェイクは立ち上がれまい。



 ハァ、ハァ


 私もスノウも息が完全に切れていて、すぐに動くことができていない。


 今は共闘をしていたが、本来は敵同士であり、すぐにまた敵対をする相手なのだから、フェイクを倒したことによって、お互いで喜びを表現しあったりもしない。


 それでも目があった瞬間に、やったね、との声が聞こえてきたような気がした。





 スノウが弾け飛んだ。


 体重を少しも感じさせないような軽さで、ピンポン球のように飛んでいく。


 人間に許された動きではない。


 壁に衝突をしたスノウはそのまま動かなくなってしまった。



「またまた、やってくれたね」


 スノウを弾き飛ばした犯人はフェイクである。


 彼女は「氷塊爆破ヒョウカイバクハ」の直撃をくらっても無事であった。


 いや、無事との表現は正しくはない。全身が傷だらけになりながらも、すぐに立ち上がって攻撃をしたのだ。


 もし、狙われたのが私だったと考えるとゾッとする。


 その可能性は十二分にあったのだ。



 あの攻撃力は、アイガーガゼルだけのものだとは思えない。


 考えるまでもなく、仕掛けはすぐにわかった。


 フェイクの全身はアイガーガゼルのままである。ただし、その右腕だけはトゲトゲのついた爬虫類系のモンスターものであろう、明らかに別のモンスターのものへと変化をしていたのだ。



「デンジャラス・アルマジロトカゲ、僕の右腕を変化させたモンスターの正体だよ。


そして、僕が使った魔法は「変幻系 no.455「モンスター部分変化ブブンヘンゲ」」だよ。


体の一部だけをモンスターのものに変えることができる


このトカゲの腕はね、僕の変化できるモンスターレパートリーの中でも最強の攻撃力を持つものなんだ。


「モンスター変化ヘンゲ」の魔法は面白くてね。そのモンスターに会ったことがあったり、倒したりとしたことがあるだけじゃ、変化することができないんだよ。


そのモンスターを倒した上で、そのモンスターより自分の方が強いと、心の底から思えたときに、初めて化けられるようになるんだよ」



 フェイクはデンジャラス・アルマジロトカゲをなった自分の右腕を見つめながらそう言った。



「2対1じゃ、さすがにしんどかったね。でもこれで僕と君の1対1だ。さぁ、レースの続きをしようよ!


残された僕か君が1位になる、それでこの”クレイジーラン”はおしまいだよ!!」



 フェイクによるその言葉は、私にとっての死の宣告のように聞こえたのであった。





[選手名:スノウ 場所:第4チェックポイント通過後 時間:開始23分 状態:リタイア]

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る