2-24 クレイジーラン【6】

【レース開始:15分後、ランラン視点】


「『変幻系 no.323「モンスター変化ヘンゲ」』」



 私とスノウの魔法攻撃を受け、走るのを妨害されたフェイクが魔法を唱えたのがわかった。


 この魔法は知っている!


 モンスターに変化する魔法だ。


 果たしてどんなモンスターに化けたのか?


 確認する必要があると感じた私は、振り向いてフェイクの姿を見た。


 そこには、フェイクが化ける際に脱ぎ捨てた洋服が舞っていた。


 そして、フェイク本体は、二足で立っている毛むくじゃらの”子鹿”のような姿をしていた。


 頭にはまっすぐと伸びた二本の角が生えている。


 フェイクは走ることに特化した、何かのモンスターに化けている。



 フェイクの足のももに力が込められて、大きく膨れあがるのがわかった。


 二足歩行で移動をするモンスターのようだ。


 フェイクが地面を蹴り飛ばし、前へと跳ねるように走っていく。



 その一歩によって、私とスノウが魔法攻撃によって稼いだリードは一気に縮められた。


 私が一瞬、振り向いてフェイクの姿を確認しただけの時間でそれだけのことが起きた。


 フェイクの力を見せつけられた私は、顔を必死になって前へと戻して、自分が全力で走ることに集中をする。


 しかし、そんな努力は虚しく、フェイクにはすぐに追いつかれ、並ばれ、追い越されてしまった。



 フェイクは私とスノウを無視して、一歩、二歩とリードを広げる。



 私はリードを広げさせまいと、必死になって足に力をこめたそのときだった。前へと進んでいたフェイクが、後ろへと跳躍をして私たちの方へと戻ってきた。


 なぜ。


 疑問に思う時間もなかった。


 そして、私とスノウにモンスターの足でキックを入れて、右と左に蹴り飛ばす。


 脇にキックを受けた私は地面に強く擦られながら、10mほど飛んでいった。



「さっきの仕返し」



 フェイクがそう言ったのが聞こえた


「今、僕が化けているこのモンスターの名前はね、”アイガーガゼル”っていうんだよ。足の強さに特徴があるモンスターで、走るのが速いのはもちろん、キックの威力もすごいんだよ。足がムキムキなんだ。今のキックもなかなか効いたでしょ?」


 フェイクは立ち止まり、転がっている私たちを見下すような視線で、そんな説明をしてきた。



 確かにとんでもない衝撃のキックだった。


 地面に擦られたせいで、肘、腕など体の特に右半身からは出血をしている。


 蹴りが当たった左脇腹は、体の芯から痛みが走る。


 肋骨ろっこつを損傷しているかもしれない。


 左頰もジンジン としてきた。



「『氷雪系 no.299「氷の監獄アイスプリズン」』」



 私とは逆側に飛ばされたスノウが倒れた状態のままで魔法を発動させる。


 フェイクは氷でできた監獄によって閉じ込められた。


「無駄、無駄、無駄!!!」


 監獄の寿命は、長くはもたなかった。


 アイガーガゼルとなったフェイクの蹴りが何発か当たると、監獄には穴が空き、そこからフェイクが飛び出してくる。



「『時空系 no.724「時間遅延+スロウタイムプラス」』」



 時間遅延の魔法が当たったことにより、フェイクの動きが鈍くなる。


 稼いだ数秒の時間の間に、私は何とか立ち上がり、態勢を整えた。



 勝負の形は完全に、「ランラン&スノウ」vs「フェイク」の2対1となっていた。



 私たちの間にはそれくらいの力の差がある。


 2人で共闘でもしなければ、フェイクに太刀打ちをすることができずに、2人共が敗者になってしまうのは明らかであった。


 果たして誰が最初に倒れるのか。



 先頭集団の争いは、混迷を極めてきた。





【レース開始:××分前、ジェスター視点】


 ドラコーンからリンリンの居場所を聞き出した後で、私はリンリンの救出に向かった。


 リンリンは倉庫の中で眠らされていた。


 見張りなどは誰もいなく、リンリンはソファの上で寝転がされて、放置されている状態であった。


 外見からは、怪我しているような部位は見られない。


「リンリン!大丈夫なの!リンリン!」


 私はリンリンの体を激しく揺する。


 魔法によって、だいぶ深く眠らされているようで、リンリンからは起きそうな気配を感じられなかった。



 私の声に反応したのか、眠っているはずのリンリンがしゃべりだした。


「......キン見てよ、ジェスターとロンロンが、バニー姿で組体操してる......むにゃ」


 どんな夢を見ているのか、その空気を読めない呑気な寝言によって少しだけ安心をする。


 私はリンリンを背負って、この場から連れ出していく。



 選手登録の時間はとっくに過ぎ、レース開始時間までには間に合いそうにない。


 眠るリンリンをレース会場にそのまま連れていくわけにも行かない。


 私は少しだけ遠回りをして、ピエロ&ドラゴンの自分の部屋のベッドの上に、リンリンを寝かせておいた。


 そして、私はレース会場のスタート地点に向かう。


 スタート時間には間に合わない。


 だけど、ゴールの時間までには到着できるはずだ。



 みんな、無事でいて。



 私はそう祈りつつも、急いで、全力で走って、”クレイジーラン”のスタート地点に向かうのだった。





【レース開始:16分後、ジェスター視点】


 ”クレイジーラン”の会場に到着した私の目には、衝撃の光景が飛び込んできた。


 レースのスタート地点と本来は通行人で賑わっている”リリィ中央大通り”は、凶悪なモンスターが暴れたのかのように荒れ果て、破壊の限りを尽くされていた。



 破壊活動はまだ続いていた。


 位置が悪くここからでは確認できないのだが、少し離れたところで戦闘が現在も行われている。


 戦いのせいで生じている爆発音が鳴り響いていた。



 観客たちにも被害がでているのでは、と心配したのだが、”クレイジーラン”の観客たちはむしろこの現状を楽しんでいるように見えた。



 一体この場に何があったのか。


 何をしているのか。


 平和なレースをした後の光景ではない。



 私は戦闘音のする方へと向かおうとする。



「ジェスター嬢」



 声がかかったほうを見ると、ニコニコしているドラコーン、そして白のスーツを着たお付きの者たちがいた。


「リンリン嬢を無事に救出できたようで」


 誰のせいだ、と叫びたくなったのだが、この場では言わない。


「レースは行方がどうなるのか楽しみですね。負けたときには、賭け金は耳揃えて払ってもらいますよ」


 ドラコーンは余裕の表情でそう言ってきた。



「そう言えば、スタート地点に転がっている死にかけの男が1人いたような気がしました。確か、キンとかいう冒険者でもない男でしたね。一刻も早く、レースからリタイアさせて救出したほうがいいかもしれませんね―――」



 私はドラコーンの話を最後まで聞いていなかった。


 一直線で走り出す。


 道の外を囲む、観客たちをかき分けて前へと進み、”リリィ中央大通り”のコースの中へと侵入した。


 フラフラとさまよっていると、スタート地点から少し逆走方向に進んだ場所の瓦礫の中で、倒れている人間の姿を見つけた。



 冗談みたいな量の血を流し、私の見たこともない服を着ていたのだが、それは間違いなく「キン」であった。



「キンっ!!!」



 私は無我夢中でキンに駆け寄る。


 キンのことを抱き上げた両手にべっとりと真っ赤な流したての血がついた。


 息を、.........してるっ!


 耳をすませば、ヒュー、ヒューとか細い音が聞こえる。


 最悪の最悪を覚悟させられるような姿であったのだが、死んではいなかった。


 しかし、このまま放っておいたら死んでしまうかもしれない。


 すぐにでも病院に連れていかなくては!


 ゴホッ ゴホッ


 キンが血の混じった咳をする。


「―――ジェスターか......」


 キンが意識を取り戻した。


「キンっ!何してんのよ!!」


 レースに参加すると聞いたときは不安だったけど、まさかこんな酷い姿になるとは思わなかった。


 溢れ出てくる涙を止めることができない。


「......ジェスター、今、スタートから何分たった」


「何言ってんの!そんな場合じゃないでしょっ!」


 意識を取り戻したキンが最初にしたのはレースの心配であった。


「俺は、行かないと......」


 キンは手を何度か滑らせながらも、立ち上がろうともがく。


「行くってどこへ?バカなの!死にたいの!」


「”クレイジーラン”はまだ終わってないんだろ?じゃあ、俺は走らなくちゃ......。カジノを守るんだ」


「店なんてどうでもいい!今すぐ、病院に行かないと!」


 私はキンの体を押さえ付けようと手を伸ばした。


 その手をキンがつかみ、ギュッと握る。


 そして、私の目を見て言葉を続けた。



「ジェスター、どうでもよくなんかないんだよ。


俺もロンロンもランランも、走ることができなかったけどリンリンだって、俺たち全員が”カジノを守る”ために戦うことを決めたんだ。


みんなでカッコつけることにしたんだよ。


自分たちを犠牲にしてでも、何かのために命がけで戦うなんて、最高にカッコいいじゃないか。



だから、最後まで戦わせてくれ。走らせてくれ。


どんなに無様で、カッコ悪い姿になったとしても、俺たちの姿を見ていて欲しいんだ。


俺たちが走り切る姿を。


どんな結果で終わろうともだ。


そんでもって、ジェスターが最後に”カッコよかったよ”って、褒めてくれればそれでいいんだ。そうしてくれれば俺たちは報われる」



 キンは私の手を離し、ゆっくりと立ち上がっていった。


 キンはもう、私の方を見ていなかった。


 私には、掛けることができる言葉は何も見つからない。


 その背中を止めることは、私にはできなかった。


 キンは跪いたまま動けない私から少しずつ離れていく。


 私は理解した。



 血まみれの姿になっていようが、心は折れていない。


 キンにとっての”クレイジーラン”はまだ終わってない。

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