2-26 クレイジーラン【8】
【レース開始:23分後、ダスター視点】
「てめぇは、......何をしてんだ!」
俺が見たのは、足を引きずりながらも前へと向かっていくキンの姿であった。
奴は、生身で俺の「
全身にその傷が残っていて、とても動けるような状態ではないはずだ。
それなのに奴は立ち上がって、走ろうとすらしている。
そんなことがありえてたまるものか!
それは、本当におぞましい光景であった。
「―――なぜ、立ち上がるんだ」
俺はロンロンに疑問をぶつけたときと、同じ言葉をキンにぶつけてしまう。
「―――なぜ、走るんだ。走ろうとするんだ」
俺はそう続ける。
ここで、キンが世界の全員から無視されているように転がっているロンロンの存在に気づく。
キンは、チラッとその姿を確認したのだが、生きているのか死んでいるのかすらわからないロンロンのことを無視して、足も止めずに前へと進んでいった。
死にかけの仲間を助けようとする素振りすら見せない。
「助けなくていいのかよ?」
俺の疑問に対して、キンが初めて口を開いた。
「ロンロンは、俺の友は最後まで戦ってくれた。戦いぬいてくれた。
”カッコよく”仕事を完遂したんだ。
だから、俺がその姿に対して誠意を持って答えるのだとしたら、それは今、ロンロンに駆け寄って助けることじゃない。
前を向いて走ることだ。
ロンロンのためにも、どんな結果に終わろうとも、俺がこのレース、”クレイジーラン”を完走することだ」
そう言うと、また一歩、前へと足を進めた。
俺はそんな姿を見て、感情を抑えきれなくなり、叫んでしまう。
「―――今から走ったところで、お前が1位になれる可能性なんて1%だってない!1位は先頭集団を走っている誰かで決まりだ。
お前にとってのレースはもう終わったんだよ!
それなのに、それなのに、それなのに!
死にかけている仲間を見捨ててまで、お前が走ろうとする理由はなんだ?
1位になれないのに、1位になれないのに、1位になれないのにだ!
お前たちが”守りたいもの”を守るために、走るのっていうのか?
そいつは嘘だ!お前が今から走ることと、”守りたいもの”を守れるのかは、何の関係もねぇ!!
お前が走ったところで世界は何も変わらないんだ!
それなのに、それなのに、それなのに!
お前は、何のために走っているんだ!!」
キンは一歩も足を止めずに答えてくる。
「―――走りたいから、走るんだよ。
道があるから、走るんだよ。
今日は何となくいい天気だから、走るんだ。
理由なんてなかったとしても、間違っていたとしても、限界を超えて命を削ってでも、とにかく走るんだよ。
自分を超えて、自分に負けないためにも走るんだ。
それにな、ダスターひとつだけ教えてやるよ。
俺は走ったことで世界は何も変わらないなんてことはない。
『俺が走ることで”世界は変わる”』
それだけは間違いないんだ」
そう言ったキンは、俺の真横を通り過ぎていった。
何なんだよ、こいつは、こいつらは!
気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!
俺はこいつの存在が許せない!!
「ウワァァァァァァァァァァァァァあああ!!!」
俺は渾身の力を込めて、キンのことを殴り飛ばそうとしてしまう。
「やめておけ!」
その言葉によって、俺の手は止まる。
俺を止めたのは、意外な人物であった。
先ほどまで競い合う相手だった、敵チームのボムである。
ボムが、俺からキンへの攻撃を静止した。
「お前がいった通りだろ。今からそいつが走ろうと、走らなかろうと、世界は何も変わらないんだ。影響なんてないんだ。だから、もうそいつの好きにさせてやれよ。
仲間を見捨ててでも走りたいと言うならば走らせてやれ。
それはもう、そいつの人生であり、生き様だ。
後悔するしないも全てが、そいつの心の中にあるものであり、他人が干渉できるものじゃない」
「あぁ?」
俺はボムを睨みながら威嚇する。
敵チームのこいつに何でそんなことを言われなければいけないんだ?
そういえば、こいつらをぶっ飛ばす仕事は終わってなかったな。
ボム1人を殴り飛ばす気力くらいならば残っている。
「ダスターよ。もういいであろう」
今度は同じチームのワショウにも、俺の行動を諌められてしまった。
どうやらワショウもまた、ボムと同じ意見を持っているらしい。
ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう
今日は何もかもが思い通りにいかねぇ。
最悪の一日だ。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、キンは前へと進むペースを少しずつ上げていき、ついには走り出していった。
タッ、タッ、タッ、タッタッタッ
小気味いいリズムの足音が耳に入ってきた。
キンの方を向くと、キンはロンロンが作った土壁に対して俺が空けた大穴を通っていくところであった。
俺が開いた道を進んでいきやがった。
やっぱり、ムカつく。
キンが見えなくなる瞬間まで、俺はその走る背中から目を離すことができなかった。
【レース開始:25分後、ランラン視点】
1位争いは、私、ランランかフェイクの2人に絞られている。
共に競い合っていたスノウの姿はもうないのだ。
私はフェイクに1対1でフェイクに戦いでは、勝てる気が全くしていない。
向こうは”A級冒険者”であり、こっちは”D級冒険者”なのだ。
ランクが3つも離れている。
当然といえば、当然ではあった。
しかし、今の私が本当にしている勝負は、どちらが先に倒れるかの殴り合いではなく、レースなのだ。
例え、戦いで負けたとしても先にゴールさえすればいい。
その気持ちを胸に抱いた、レースに”勝つ”気で何とか走っていく。
フェイクは私を倒してから、ゆっくりとゴールをする気であるようだ。
”デンジャラス・アルマジロトカゲ”の右腕を使って何度も何度も殴りかかってくる。
私はそれを魔法を使いながら、必死に避け続けていた。
右腕を振りかぶって飛びかかってきたフェイクの攻撃を、横っ跳びによってなんとか躱す。
ガゴンッ
空ぶりをした右腕は地面にぶつかり、道を破壊した音がなった。
そのときであった。
力を込めすぎて攻撃をした、フェイクの右腕が道から抜けなくなってしまったのが見えた。
フェイクは必死に腕をひっぱって抜こうとしていた。
私は今がチャンスと思い、ゴールに向かって走り出した。
第5チェックポイントは、すでにもう超えている。
全てのチェックポイントを通過しているので、後はゴールラインをきるだけである。
足に負担をかけ過ぎて、もう「
私はただ全力で走るだけであった。
「このやろぉーーー!!」
フェイクが後ろから雄叫びを上げたのがわかった。
走っている私の後ろの足に何かがぶつかったのがわかった。
道の欠片だ。
フェイクは力尽くで腕を引き抜いた後で、道を引き剥がし、私に向けて投げつけてきたのだ。
私の足は大ダメージを受け、大量出血しているのがわかった。
痛みによって足が上がらない。
もう走れそうにない。
それでも、足を引きずりながら前に向けて進んでいった。
「『変幻系 no.323「モンスター
魔法が唱えられたのが聞こえて、フェイクの姿を見てしまう。
足を負傷した私の姿を見て、もう機動力は必要ないと判断をしたのだろう。
体のほとんどが”アイガーガゼル”であったフェイクの全身が、”デンジャラス・アルマジロトカゲ”になっているのがわかった。
トゲだらけの体となったフェイクの攻撃力は何倍にも増しているはずだ。
私はフェイクから逃れようとして、片足の力だけを振り絞って、前へ前へと進んでいく。
ついに遠くの方にゴールらしきものが、小さく、小さく見えてきた。
後少しでゴールだ。
そんな私に対して、フェイクはジリジリと距離を縮めてきた。
しばらくは同じような状況が続き、ついに、私のすぐ後ろにフェイクがいる気配を感じた。
私は何とかフェイクに魔法を掛けてやろうと、振り向いて攻撃を加えようとする。
「時空系―――」
私の抵抗はフェイクには通じなかった。
魔法の詠唱はフェイクによって止められてしまう。
振り払ったフェイクの腕によって、私は吹っ飛ばされてしまう。
本気の力を取り戻した”デンジャラス・アルマジロトカゲ”の攻撃力は、凄まじいものがあった。
全身に力が入らない。
体のどの部位ももう、動きそうにない。
どうやらここで私の”クレイジーラン”は終わりのようだ。
正直、くやしい。
ゴールまでもう少しである。
何としてでも、私が最初にゴールテープを切りたかった。
そんなことを思っていた私の視界の中に、私に背を向いて走り出そうとするフェイクの左足が見えた。
......どうせこれで終わりだ。
最後に一発やってやろう。
「『時空系 no.723「
私は小さな声で魔法を唱えた。
「ぎゃふん」
左足に魔法がかけられ、左足のみの動きが遅ったことで、足をとられたフェイクがつまずいて、顔面から地面に激突をした。
受け身が全く取れていなかった。
ざまあみろ。
一泡吹かせてやったぞ。
そんなことを思いながらも、私は道の真ん中で意識を手放したのであった。
[選手名:ランラン 場所:第5チェックポイント通過後 時間:開始28分 状態:リタイア]
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