2-15 白スーツ一味の狙い

 店内には、5人の白スーツの男たちが横一列に整列して並んでいる、という異様以外に表現のしようがない光景が広がっていた。


 俺が見たことがある人物は1人もいない。


 彼らは一体、何者なのか?


 黙っている男たちを見ているだけでは、エキセントリックなファッションセンスをしていること情報も得ることができていない。


 俺の気持ちを察してくれたかのタイミングで、男の1人が動いた。


 白スーツの男の中の中央にいた、1人だけ胸ポケットに黄色い薔薇を挿した、5人のリーダーに見える男が口を開いた。



「やあやあ、ジェスター嬢、こんばんは」


「ドラコーン」



 白スーツに黄色い薔薇の男の名前は、ドラコーンと言うらしい。


 ジェスターの知り合いではあるようであるが、その名前の呼び方やジェスターの表情からして、良好な関係を築いているとは到底思えない。



「何をしにきたのかしら?」


「今日はちょっとビジネスの話をしにきたんだ」



 ドラコーンは、少し格好つけたような表情、仕草でそう言ってきた。


 ビジネスの話?一体何のことだろうか。




「前置きはいらないだろう。俺は前置きってやつが世界で一番嫌いでね。あんなにも非生産的な時間はないさ。ズバリ用件だけを言わせてもらうぞ。


この店・カジノ・ピエロ&ドラゴンを売って欲しいんだ」




「ピエロ&ドラゴンを売る?」



 俺は予想だにしなかった提案に対して、思わずすっとんきょうな声を上げてしまう。



 ドラコーンがわざわざ深夜に、仲間を引き連れてまで、この店にやってきた用件とは、「ピエロ&ドラゴンの買収」の提案であった。


 「買収」ということは建物と土地も含めて、丸ごと店を買ってしまうということである。


 店はジェスターのものではなくなる。


 買収後には、買った人がそのまま自分たちの手でカジノを経営していくのか、それとも店を潰してしまって全く別のビジネスを始めるのか、自由に選択をすることができる。


 買収とは店の所有権の引き渡しであり、その後の店に関して、売った人は何の関与もすることができないのだ。


 店の看板は同じだとしても、中身は全く別の店になってしまうこともある。


 普通に考えると、店を売るかどうかは、もちろん買収する側の条件次第なのだが...。



「いやよ」



 店のオーナーのジェスターは、具体的な条件を聞かずに、きっぱりと断った。


 俺もジェスターは断るだろうなと、思ってはいたが即断即決すぎる気もする。



「せめて、もう少し話くらい聞いて欲しかったんだが、まあいい。ジェスター嬢がそう答えるのは、想定の範囲内だ


そこで、交渉材料になると思ってこんなものを持ってきた―――」



 ドラコーンが指パッチンをすると、白スーツを着て、直立不動で黙って立っていた男のうちの1人が胸ポケットをガサゴソといじり始めた。


 彼が取り出したのは何かがごちゃごちゃと書かれている一枚の紙であり、この紙をドラゴーンに渡す。



「ジェスター嬢、これが何だか、説明せずとも君にはわかるな―――」「―――ちょっと待ったっ!」



 入り口の扉の方から、俺でもジェスターでも、白スーツの誰かのものでもない声が聞こえた。


 声の主を見ると、そこには、紫色のスーツに身を包んだ男たちが今まさに、店内に入ろうとしているところだった。


 紫スーツの男たちは、白スーツの男たちと同じ人数ちょうど5人いた。


 彼らもまた、行儀よく横一列に整列して、店内に並んでいる。


 その中でも、桃色の薔薇を胸に刺している男が一歩前にでた。



「ウーロボロス......」



 ドラコーンが名前を呟いたことによって、その男の名前がわかる。


 どうやら、知り合いのようだ。


 というよりかは、この2人は明らかに血の繋がった親族である。


 他人にしては、顔が似過ぎている。



「ウーロボロスは、ドラコーンの弟なの」



 ジェスターは、ひそひそ声で俺の疑問に答えてくれる。



「ドラコーン、お前がこの店に来るとの情報を聞きつけて、来てみれば勝手なことをしていたようだな。困るんだよ。この店を買収するだって?それは、俺がさせてもらう」


「お前が買収をするだって?お前たちに、この場所は必要ないだろ。俺の方がこの店を遥かに有効活用できる」



 ドラコーンとウーロボロスの兄弟は、いがみ合い始めてしまった。


 今の会話のラリーを聞いただけでも、兄弟の仲が悪いことがよく伝わってきた。。


 どうやら、ウーロボロスも、ドラコーン同様にこの店を買収しにきたらしい。


 人の店にわざわざ来て何をしているんだ、と思わないこともないのだが、それ以上に、現状で何が起きているのかをきちんと把握したい。


 俺は、2人に声を掛ける。



「お二人さん。どちらがこの店を買収するのか勝手に揉めてるんだけど、そもそもどっちが買うにしても「ピエロ&ドラゴン」の現オーナーのジェスターが首を縦に振らないんだから、そもそも無理じゃないか?」


 俺は当然の疑問を口にする。


「ああ、そうだ。だから。交渉材料を持ってきたんだ」


 ドラコーンが返事をする。きっと、その交渉材料とやらは、さっき受け取った書類のことであろうが、内容はまだ見ていないので、結局なんなのかはまだわかっていない。


「そうだ、俺も持ってきた」


 ウーロボロスも何かを持ってきたらしい、紫スーツの男の1人からドラコーン同様に、何かの書類を受け取っていた。


 似たような紙に見えるのだが...。



 2人同時に書類を突きつけてきた。




「「借金3,000万Dドリーム、これが交渉材料だ」」





 その書類には、確かに「ピエロ&ドラゴン」からの借金3,000万Dドリームとの契約が書かれていた。



「借金3,000万Dドリーム......、しかもそれが2枚で6,000万Dドリームだと......」



 俺は驚きのあまり、言葉を失ってしまっていた。



「あのときの、ヘルヘルが持ってきた500万Dドリームの借金で全部じゃなかったのか?」


「そうね、あれはこの店の借金の一部だったわ」


 ジェスターは言ってなかったかしら、くらいの感じで返事をする。


 悪びれた様子が微塵も感じられない。


「驚いた.....」


 確かにしっかりと考えてみれば、返済中だったとは言え、この店を建てた後の残りの借金が500万Dドリームぽっちなはずがなかったのかもしれない。


 それでも、6,000万Dドリームは多すぎる。



「でも6,000万Dドリーム分は、まだ返済期間すら始まっていない借金だわ。返済開始まで、まだまだ何年もの時間があるはずよ」


 ドラコーンが、ジェスターの問いに答える。


「そうだ、その通りだ、ジェスター嬢よ。だから、これは取引材料なんだよ。この借金をゼロにして、ウーロボロスの分の借金も肩代わりし、さらに土地代、建物代を払おう。その金額でピエロ&ドラゴンを売ってくれ」


 ドラコーンの条件を丸呑みすると、ジェスターは「金」としては、丸々6,000万Dドリーム儲かるというわけか。


 金の話だけを考えるのなら、これはいい話である。


 ウーロボロスが口を挟んでくる。


「ドラゴーンではなくて、俺にこの場所を売ってくれ。俺はドラゴーンの条件に加えて、さらに1,000万Dドリーム支払ってもいい」


 わずか数秒にして、7,000万Dドリームの儲けに値上がりした。



「なんだと」「ふざけんな」



 ウーロボロスとドラコーンは、つかみ合いの喧嘩を始めてしまった。



「あのー。俺が言うのもおかしな話なんだけでさ、兄弟なんだったら、どちらかがもう一方の債権を買い取ってから交渉をした方が良くはないか?その方が話がまとまりやすい気がするんだが」


 ジェスターが売るかどうかは別にしても。



「「それじゃダメだ」」



 ダメらしい。



「「俺が欲しいのは、この店の”土地”なんだ」」




 よくよく話を聞くと、ドラコーンは飲食店チェーンを、そしてウーロボロスはなんとカジノを経営している経営者であった。


 彼らはこのカジノが欲しかったわけではなく、自分たちの支店を作るためにこの店の土地、場所が欲しかったのだ。


 なかなか良い立地条件のこの店の場所を狙って、わざわざ借金の借用書まで持ってきて、交渉をしにきた。


 「買収」という名の「地上げ」をしたかったのである。


 しかし、兄弟で利害が対立してしまっていて、話し合いで収まらずに揉めてしまっていた。


 同じ価値の「金」は二つあっても、同じ場所に「土地」は二つない。


 仲良く半分こにはできなかったのだ。


 そうは言っても、ジェスターが売らないと言っている以上は、話し合いがまとまる云々以前の状態だ。


 例え、借金の借用書を所持していたとしても、返済が滞っているわけではないのだとしたら、それを元にして土地を取り上げることはできないはずである。




「だから、借金3,000万Dドリームの契約書を、交渉材料として持ってきたと言ったんだよ」



 ドラコーンが、俺とジェスターに向かって提案をしてくる。


 これこそが、ドラコーンが今晩ここに来た真の理由なのであろう。




「このカジノ・ピエロ&ドラゴンを売るのか売らないのか、その権利を賭けて、俺とギャンブルをしないか?」

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