2-13 初めての冒険【結】
俺はトボトボと、肩をすくめて道の上を歩いている。
行く先は「ピエロ&ドラゴン」である。
結局俺は、冒険者ギルド内で3兄妹になだめられ続けて、少し粘ったのだが、3兄妹からの絶対に俺を連れて行かないとの固い決意を感じ取り、あきらめることになってしまった。
初めての冒険は大失敗で幕を閉じた。
3人とは、ギルドでお別れをした。
俺がギルドにいる間には、はっきりとは明言しなかったのだが、おそらく3人は、3人だけで受けられそうな仕事を見つけて依頼を受けるんだろう。
足手まといの邪魔者を排除できたのだから。
俺たちの冒険はまだまだ続かない。
始まりすらしなかったのである。
空の青さが本当に、目に染みる日である。
この道を通るのは、昨日と今日で合わせて4度目だ。
俺は迷わず、この日ほど迷いたいと思った日はないのだが、まっすぐカジノ・ピエロ&ドラゴンに到着をすることができた。
「closed」の看板が下げられた、扉の前に立つ。
やはり、その辺でも散歩をして時間を潰し、いい時間になったら戻ってきて、初冒険に行ってきたことにでもしようか。
うまくやれば誤魔化せるか?
いや、ランランたちの口から、真実が発覚をした後が怖い。
俺、覚悟を決めるために大きく深呼吸をし、取っ手をつかむ手にグッと力を込めて扉を開いた。
店の中にはジェスターが、1人でギャンブルの道具の整理をしていた。
俺を見ると、声を掛けてくる。
ジェスターが俺に声を掛けてくれたのは半日ぶりである。
「おかえりなさい」
ジェスターは口の端を吊り上げて、満面の笑みを浮かべた。
「......ただいま」
俺は今まで生きていた中で、過去最高に小さな声で挨拶をする。
「はやかったのね。思ったよりもずっとはやかったわね。はやすぎるくらに早いわ。私はキンに会えて今、とっても嬉しいわ」
ジェスターは、新婚の奥さんみたいな言葉を言ってくれる。
漆黒のウエディングドレスがよく似合いそうだ。
「そうかい。それは何よりだ」
俺は固い笑みを浮かべながら、ジェスターの方を見る。
瞳の奥が笑っていない。
やはり、あの扉を開けるのは危険だったんだ。
俺はこの場から立ち去ろうと、クルッと体を半回転させて、ジェスターに背中を向ける。
「ちょっと、散歩でもしてこようかな。予定がなくなったし」
俺は前に進もうとして、右足を上げようと力を込めた瞬間にジェスターが無機質な声が聞こえてきた。
スラスラと昨日この空間であった、俺とジェスターとのやり取りを再現してきた。
「『もういい、やってやるさ。冒険者として依頼を完璧にこなしてやる。そしたら、謝れよ』
『いいわよ。キンが依頼を達成できなかった場合は謝るだけじゃ物足りないわ。土下座よ、土下座。依頼に失敗をしたらそこの床に額を擦り付けて土下座して謝りなさい』
......だったかしら」
額の横から一筋の汗が垂れたのを感じる。
「さすがはキンね。まさかこんな速度で依頼を達成しちゃうなんて、お見逸れしたわ。
ごめんなさい。昨日の一件は全部私が悪かったわ。全面的に謝罪をします。
私は、キン様の冒険者としての才覚を舐めていました。許してください」
「ハハハハ」
俺は乾いた笑い声をあげてみる。
「でも変ね。こんなに早く帰ってくるなんて。一体全体どんな依頼を受けたのかしら。これじゃ、まるで冒険者ギルドまでは行ったのだけれども、受けられる依頼がなくてトンボ帰りしてきたみたいじゃない。数分で終わるような簡単な依頼なんてあったかしら」
「あったかな」
なかった気がする。
「ねぇ、キン」
ジェスターはいつの間にか、俺のすぐ後ろに立っていた。
息遣いすら聞こえてきそうな近距離である。
「まさか、受けられる依頼がなかったなんて言わないわよね?」
ジェスターは重くて低い声でそう告げてきた。
ゾクゾクゾクッ
背筋に冷たい何かが走った感覚がある。
「もし、万が一失敗したなんて言ったらどうなるんだ?」
「『いいわよ。キンが依頼を達成できなかった場合は謝るだけじゃ物足りないわ。土下座よ、土下座。依頼に失敗をしたらそこの床に額を擦り付けて土下座して謝りなさい』
だったわね」
ジェスターはもう一度、昨日の会話を再現してくれた。
「なあ、ジェスター、俺も謝るから許してはくれないか」「土下座して」
「慈悲の心とかは―――」「土下座して」
「ジェス―――」「土下座して」
「土下座して」
ジェスターは俺のことを逃がしてくれそうにはなかった。
何が何でも謝らせてやるとの気概を感じる。
「私を半日もの間、イラつかせ続けた分も含めてしっかりと謝りなさい」
俺はジェスターの方を振り向く。
現在のジェスターの表情は、口元も含めて全く笑っていない。目がマジだった。
俺は何もかもをあきらめた。
そうなってしまえば、やるべき事はひとつだけである。
右足、左足と順番に、ゆっくりと床に膝をついて正座で座る。
真正面を見つめる俺の両眼には、ジェスターの弾力がありそうな太ももが見えている。
太ももから目をそらし、床をみて、両手をつき頭を大きく下げた。
「ちゃんと額を地面に擦り付けなさい」
姿勢に不満があったらしい、ジェスターは追い討ちをかけてくる。
俺はさらに頭を深々と下げてあやまった。
「すいませんでした」
異世界人生初土下座である。
ジェスターはまだ気が済まないのか、さらなる要求をしてくる。
「今から私が言うことを聞いて、完璧に復唱をしなさい」
「はい」
俺に拒否をする選択肢はない。
「私、キンは、ジェスター様の奴隷です」
「............」
いきなりとんでもなく重い要求が来た。
「私、キンは、ジェスター様の奴隷です」
「............」
ジェスターはもう一度、同じ台詞を繰り返す。
「私、キンは、ジェスター様の奴隷です」
ジェスターは俺がこの台詞を言うまでは許してくれなさそうだ。
「......私、キンは、ジェスター様の奴隷です」
俺は出来るだけ無感情に、屈辱的な台詞を言う。
「私は、一生ジェスター様に逆らいません」
「......私は、一生ジェスター様に逆らいません」
一生逆らってはいけないらしい。
「足を舐めろと言われたら、大喜びで舐めます」
「......足を舐めろと言われたら、大喜びで舐めます」
舐めるらしい。
「まぁ、いいでしょう」
気が済んだのか、ジェスターは俺のことを許してくれたようであった。
「これに懲りたら、二度と私に逆らおうとはしないことね」
「ハイ、ソウサセテイタダキマス」
そうさせていただきます。
「それじゃあ最後に、」
「まだあるのかよ―――」「なに?」
「なんでもありません」
ジェスターの最後のお願いは何かと思えば、何でもないものだった。
「今日も、一日元気に働いてもらいます」
ジェスターは笑顔でそう言ってくれた。
こうして俺とジェスターの半日間の冷戦、俺の叛逆は終焉を迎える。
本日の俺はいつも以上に元気よく、気合いを入れてテキパキと仕事をこなしていった。
ジェスターはと言うと、仕事中に鼻歌を歌ってみたりと、非常に機嫌が良さそうであった。
そんなに俺に土下座させたことが嬉しかったのか?
まぁ、同僚が機嫌よく働いてくれたのなら、それに越したことはない。
このまま、日中の仕事を終えてカジノの営業時間に突入をしていく。
しかし、これだけのドタバタ劇が起きた後でも、この日の事件はまだ終わりを迎えてはいなかった。
むしろ、俺とジェスターのいざこざなんてものは、これから起こることに比べれば、序章にもならない大したことではなかったのだ。
ラブコメだと言ってもいい。
事件はいつでも、歓迎できない来訪者によってもたらされるものである。
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