2-12 初めての冒険【起】

 ランラン、リンリン、ロンロンの三兄妹は最初は、俺を冒険に連れて行くことを渋っていたのだが、とりあえずは明日、冒険者ギルドで待ち合わせして改めて話をし直そうとのことで決着がついた。


 もし、1日経って気が変わったならば、そこで断ってくれていいとのことであった。


 ランランたちはそう言い残して、片付けをし、店を去っていった。


 必ず行く、と俺は決意してたけど。


 喧嘩中の俺とジェスターは、ピエロ&ドラゴンを開店して仕事をしたのだが、業務上の必要な最低限のコミュニケーション以外を一切とらなかった。


 目も合わせなければ、口も聞かない、冷戦状態の突入していた。


 ジェスターはベッド、俺は床に敷かれた寝床と別々と寝具に包まって寝るときまで、その状態は変わらなかった。




 目が覚めると、いつものようにベッドの中にはジェスターの姿がない。


 2階にある寝室から1階の店舗スペースへと降りていくのだが、このカジノ・ピエロ&ドラゴンに来てからの日々の中で、最も足が重く感じる。


 階段が永遠と続いて欲しいとすら思ってしまう。


 同居人と喧嘩しているのが、こんなにしんどいものだとは想像できなかった。


 ご飯を作ってくれているジェスターの手元を確認すると、一応は2人分の料理を作ってくれているように見えたので、少しだけほっとした。


 もしかしたらと思わなかったわけではない。


 俺は皿を用意して、黙ってジェスターがよそってくれた料理を運んでいく。




「いただきます」



 俺はまずは、定番となった水色のスープをすすって飲む。


 今日のスープの中には、チキンのような肉にオレンジ色のトマトのような見た目の野菜が入っている。


 トマトのような野菜は口の中に含むとプチプチと弾けていき、数の子のような食感である。


 今日のご飯は”丼モノ”である。


 正方形に切られた薄い色の不思議な肉が卵で閉じられていて、そこに薔薇色の甘じょっぱいソースがかけられている。


 美味い。


 喧嘩中であろうとそうでなかろうと、味覚の感度は変わらずに、ジェスターの料理はやっぱり美味しかった。


 俺は食事中にチラチラとジェスターの表情を確認していたのだが、ジェスターはずっと目を伏せていて、俺の方を見ようとはしてくれない。


 美味しいんだけど何かが足りない。そんな食事になってしまった。





「いってきます」



 今日の俺が、ランランたちと冒険者ギルドで待ち合わせをしていることは、ジェスターも認識をしている。


 ジェスターは特に反応をせずに、俺はそのまま”ピエロ&ドラゴン”の扉を閉じる。


 道は覚えていたので、迷わずに冒険者ギルドへと向かっていくことができた。


 空の青さが目に染みる日であった。




 冒険者ギルドの入り口には、ランラン、リンリン、ロンロンがすでに待っていてくれて、俺を見つけ次第に大きく手を振ってくれた。


 右に左に振り子のように大きく手を振る、ランランとリンリンの手を動かすタイミングは完全に一致をしていた。



 さすがは双子だ。息ぴったり。



 俺たちは普通の挨拶をして、すぐにギルドの中に入っていく。



「しかし、キン殿は本当に冒険に行くのか?一晩、寝て起きて冷静になれたんじゃないのか」


「いや、行くよ。このままじゃ男としての尊厳に関わる」


 リンリンはケタケタと笑いながら、


「やめといたほうがいいぞ。冒険なんてそんなに楽しいもんじゃない。絶対に後悔する」


と、言ってきた。


 そんな言葉くらいじゃ、俺の決意は揺るがない。



「とりあえず、俺は何をすればいいんだ。ギルドにメンバー登録とかするのか?」


「いや、今回は我が代表者として依頼を受けよう。キン殿はサポーターとして冒険に同行してくれればいい。報酬は4等分をする。こうしておけば、キン殿は取り敢えずは何の手続きもせずに冒険に行くことができる」


「なるほどね」


 冒険者ギルドに登録をしている代表者が責任をとれば、ギルドメンバー以外でも仕事には行けるとのことか。


 依頼内容によって、サポーターとして様々な職業の人たちを同伴させるんだろう。


 報酬は依頼に対して支払われて、何人でやるのかは冒険者次第ってことか。



「だから、我らはどの依頼を受けるのかを決めよう」




 俺たち4人は大量の依頼書が貼り出されている掲示板の前にやってきた。


 俺の背丈を遥かに超えた所にまで、依頼書が貼られている。


 依頼書には、それぞれの依頼の詳細、達成条件に、依頼料、締め切りまでの日時が書かれ、ちょっとしたイラストが添えられている。


 あまりにも依頼書の量が多すぎて、何をどう見ればいいのかがわからなかった。


 全部の依頼内容を精査していたら日が暮れてしまいそうである。



「これとかどうだ!」



 ランランが貼り出されていた1枚の依頼書を剥がして持ってきた。


 俺と、リンリン、ロンロンでその依頼書を覗き込む。



 書かれている内容は、


『ランライフラワーの採取 1輪 報酬12万Dドリーム


であった。


「おお、ランライフラワーか、その花なら一度、経験があるぞ」



 倒した経験がある。植物を。



 俺はロンロンが、そう言ったのを聞き逃さなかった。

 

「質問があるんだが、その花はモンスターなのか」


「うむ。ランライフラワーは、雷撃を放出して他のモンスターを気絶させ、その隙にモンスターを食べる危険な”食獣植物”なんだ。個体差はあるが、平均して全長2mくらいはある巨大な植物だ。人間くらいなら軽く齧って食ってしまうぞ」


「............」


「今回の依頼は”採取”だから、”討伐”とは危険度は段違いだろう。倒すのはもちろん、花に傷をつけないようにしないといけないから、手加減をする必要がある。油断したらこっちが餌になってしまうな」


「............」


「ランライフラワーの生息地まで片道で1日ほどかかる。さらにそこから探し始めて1日から3日ほど。


探すときは、慎重にゆっくりといかなければいけない。


こちらがランライフラワーを見つける前に、相手に見つかってしまったら雷撃をモロに食らうことになってしまう。


できれば「耐電耐雷タイデンタイライ」の魔法が使えるものがいた方がいいのだが、我らの中には誰もいないのだから、そこは諦めるしかないのだろう。


一撃で4人が気絶することだけは避けなければな。


無事に採取できたとして、帰ってくるのにさらに1日といったところか。前回、我が倒したときの依頼は駆除であったから、あのとき以上の死闘になるだろう


ちなみに、見つけることができなければ無報酬、坊主で帰ることになってしまう」



「何そのモンスター、面白そう!!」



 ランランとリンリンは目をキラキラと輝かせてノリノリであった。


「.....さすがに、そんなに長い間、カジノを開けられないよ。他のモンスターにしよう」


 そんな恐ろしい奴とは、戦いたくないし。




「じゃあ、こっちはどう!!このモンスターならば私とランランも倒したことがあるよ」


 今度はリンリンが貼り出されていた1枚の依頼書を持ってくる。


 ランランとリンリンも経験者ならばいけるかもしれない。



 覗き込んでみると、


『まだらモモンガの討伐、死後3日以内にの引き渡し 1匹 報酬24万Dドリーム


と書かれていた。


 依頼書には”討伐”の二文字が、しっかりと書かれている。



 モモンガのモンスターか。


 モモンガって、空飛ぶリスのことだろう。


 動物でもかなり弱い部類に入るはずだ。



「”まだらモモンガ”か、それならば上手く討伐できれば日帰りで帰ってこれるな」



 生息している場所の距離的な問題もないようだ。


 「そうか、じゃあこれにしようよ!」


 リンリンはぴょんぴょんとジャンプしている。


 俺はまだ油断せずに、警戒をしながら質問をする。


「実は超巨大なモンスターとかいうオチはないだろうな」


「いや、全長30cmほどの小さなモンスターだが」


「すごく珍しいモンスターだとか」


「確かに、そんなに頻繁に見るモンスターではないが、ランライフラワーほど見つけにくくもない。早ければ数時間で、どんなに運が悪くても2日も探せば1匹くらいは見つかるだろう。それに森の中でも目立つ色をしているぞ」


 いいぞ、今ままでの条件は悪くない。これならば冒険初心者の俺でもいけるかもしれない。


 しかし、俺はおかしなことに気づいてしまう。


「報酬24万Dドリーム


 ランライフラワーの2倍の額である。


 俺の認識が正しいんだとすれば、この金額は逆じゃないとおかしい。



「いやあ、あんときは大変だったね。モンスター相手の戦闘で初めて死にかけたよ。


いいかい、キン。まだらモモンガは毒霧を吐くんだよ。


この毒が厄介でね。まだらモモンガを中心に薄く広範囲に広がっているんだ。


毒を少しでも吸ってしまうと、最初は頭に異常が出るんだ。徐々に頭が回らなくなってきて、今自分がどこにいて何をしているのかがわからなくなってくる。


毒は無色無臭で、ゆっくりと効果がでるから気付きにくいんだ。


そして、次に手足が痺れ始めて立ち止まってしまったら最後、まだらモモンガが噛み付いてくる。牙から注入される毒は、口から吐く毒とは比べ物にならないほどに強力な毒で、人間くらいなら泡を吹いて数秒で即死してしまうんだ」


「............」


「あのときは、ロンロンが毒霧の範囲内に入っていることに気がつかなかったら危なかったね」


「............」


「ちなみにまだらモモンガは、その名の通り、まだらの模様をしているのだが、その色は「黄」と「黒」だ」


 思いっきり警戒色じゃねえかよ。


「特に初心者冒険者たちは、その名前のイメージによって気軽に依頼を受けて死んでしまうことが多い。冒険者の死者の数という意味では、トップクラスに危険なモンスターであるな」


 まさに、今の俺みたいなやつがたくさんいたんだろう。


「.....このモンスターはまた今度にしておこう」


 俺はまだ死にたくない。


 リンリンは少し不満そうな顔をしていた。




「もっと安全な初心者向けの依頼はないのか?近場で薬草採取みたいな」


「そんな依頼はないよ。あったとしても、危険なモンスターの生息地でしか採れないような珍しい薬草を採取する依頼だけだね。冒険者を雇う値段は安くないんだよ。誰でもできる簡単なものならば自分でやるね」


 ...おっしゃる通りであった。


「そもそもキンはその格好のままで冒険に行くの?武器も防具も持っていないみたいだけど?魔法も使えないのに?」


 俺の格好は普段着であり、それこそ近所に散歩に行くような姿である。


「最低限必要な装備、アイテムを一式揃えるのだけでも、10万Dドリームくらいは必要だよ」


 10万Dドリーム、そんなに必要なのか。


 俺は個人資産を1Dドリームも所持していない。




 ランランとリンリンが呆れたような表情で俺に言ってくる。



「あのさ、こんなこと言いたくはないんだけど、キンって....


「「冒険者を舐めている」」


よね」



 双子の見事なシンクロを見ることができた。



「キン殿、悪いことは言わないから冒険をあきらめた方がいいのではないか...。これは友人としての忠告だ」



 俺は同世代で、冒険者として食べている三兄妹に説教をされてしまうのであった。


 俺の最初の冒険の行く先はどうなるのか。


 冒険者デビューまでの前途は多難である。

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