1-31 ラストターン

 ヘルヘルは、”燃えない亀ノーファイアータートル”の炎に焼かれていた。


 第3ターンでは約12秒間、第4ターンでは約15秒間である。


 合計で27秒間、緑の炎に包まれた時間は、『防衛系no.89 耐火耐熱タイカタイネツ』を使用しているとはいえ、さすがに、ヘルヘルの体に大きなダメージを与えていた。



 これ以上の炎は、受けることを許容できない。


 ヘルヘルはそう思っていた。




 ヘルヘルは考える。


 第4ターンは、キンとの知恵比べに破れてしまった。


 悔しいのだが、これは事実である。


 敗北は認めよう。敗北を認めなければ前には進めない。




 そうだとしても第5ターンで自分が有利であることに変わりはない。


 2人の未使用ゴブリンの内訳は、



<キン>   5

<ヘルヘル> 1



である。


 このままストレートに結果が出れば、



キン : Lv.5 < Lv.1 : ヘルヘル



 ヘルヘルの勝利である。


「キンと言う名の男よ。あなたは”魔法”が使えませんね?」


「さて、どうかな?」


「そして、ジェスターと言う名の女は、今この場で有効な魔法がない」


「......」



 ヘルヘルはそう確信をしていた。


 第4ターンに仕掛けてきたハッタリは、キンの苦肉の策だったのである。


 キンの最後の策だった。


 追い詰められいるのは、自分ではなく、目の前の男だ。



 ヘルヘルはそう思った。


 このままいけば、自分が勝つ。


 しかし、念には念を入れなくては。


 キンと言う名の男は何をしてきてもおかしくはない。


 あらゆる策を仕掛けてくるのだ。




 ヘルヘルは、キンとジェスターが勝利する、わずかな可能性も消しにかかる。



「キンと言う名の男、そして、ジェスターと言う名の女よ。


ここまで実に見事な戦いっぷりでした。ご褒美として、私が使うことができる最強の魔法をお見せしましょう。



『重加系 no.673 破潰ハカイ



この魔法は、対象とした全長1mほどの物体に負荷をかけて圧縮することができます。こんな風にね」



 ヘルヘルが大きく開いた手を向けた先は、キンのアタッシュケースがある場所だった。


 そして次の瞬間、空間が大きく歪み、アタッシュケースを中身ごと完全に押し潰し、5cmほどの球にしてしまった。


 魔法が終わった後で、宙に浮いていた球が落下をし、コロコロと転がっていく。




 ヘルヘルの目的は、使っていないゴブリンの彫刻を全てこの場から抹消することである。



 こうしておけば、まだ未使用のゴブリンと袋の中のゴブリンを入れ替えることができない。


 もちろん、キンのアタッシュケースを潰す前に、中身に問題がないことは透視魔法で確認済みである。


 第1ターンから、キンのアタッシュケースの中身は一度も変わっていない。




「こちらも潰しておきましょう」




 ヘルヘルは、自分のアタッシュケースも潰してしまう。


 こちらも、もう自分には必要がないものだ。


 何かの策にでも使われては困る。


 それに、こうしておけば、第4ターンに、「Lv.5-ゴールデンゴブリン」と「Lv.1-スモールゴブリン」を入れ替えたせいで、本来「Lv.5-ゴールデンゴブリン」が入っているべきである場所に、「Lv.1-スモールゴブリン」が入っているとの不正の証拠も消えてしまう。


 一石二鳥である。




「おっと、忘れるところでした。これも潰さなければね」




 ヘルヘルが最後に手を向けた先にあったのは、使用済みのゴブリンと、今となっては使う穴がなくなった鍵が捨てられているゴミ箱である。


 こちらもゴミ箱ごと、全てのゴブリンの彫刻を潰してしまう。





 これでもう、この場には二体のゴブリンしかない。




 自分の袋の中に入っている「Lv.5-ゴールデンゴブリン」とキンの袋の「Lv.1-スモールゴブリン」だけである。


 魔法を使っても、使わなかったとしても”すり替え”なんてことが起こらないようにしたヘルヘルの策である。


 ヘルヘルの用心深さが現れた行動であった。




「これが魔法禁止のルールに抵触するとか言わないでくださいよ。今の魔法はゲームとは関係ないところで使ったんですからね」


「あぁ、言わねぇよ」




 ヘルヘルはさらには、『透視系no.199 物体透過ブッタイトウカ』を使い、店内を隈なくチェックしていった。


 袋の中身は透けないが、それ以外は全てを見ることができる。


 万が一にもどこかに、何かが隠されていないか、キンとジェスターの周りを特に念入りに調べていった。



 何の異常も見つからなかった。




 そこまで調べたところで、キンが動いた。


 キンはチップ10枚を前に差し出したのだった。




「おや、第5ターンの時点で引き分けなので、チップ枚数の決定権は私にあるはずですよ?それにそもそもチップは5枚までしか賭けることはできないはずです」


「なぁ、ヘルヘル―――」


キンが静かに語りかける。



「お前は、俺を信じてくれた人を散々苦しめた。悲しませたんだ。


許せない。


絶対に許せない。



そんな奴のことを黙って帰すことがことができるわけないじゃないか。


借金の帳消しぐらいじゃ生温いぜ。



ヘルヘル!!


賭けろよ、”お前の命”!


俺は命を賭けたぜ。


だからお前も命懸けでギャンブルをしな!!


何かを失う覚悟がなきゃ、そんなの”ギャンブル”じゃないぜ!!!」




 キンの勢いと圧力に対して、ヘルヘルは一瞬沈黙してしまう。


 しかし、すぐに勢いを取り戻して言い返してた。




「いいでしょう!キンと言う名の男よ。私も命を賭けましょう!!ただし死ぬのはあなたですがね!!!」




 『防衛系no.89 耐火耐熱タイカタイネツ』を使用している私ならば、合計、”火種”19個で、57秒間なら、ギリギリ耐えられる。


 そんな計算もあった。


 命をテーブルの上に載せる気なんてない。

 




「それじゃあ、第5ターン。正真正銘、最後の勝負だ!!」





 キンには、もう考えるべきことは何もなかった。


 

 第5ターンまでにやるべきことは全てやった。


 後は、結果が出るのを待つだけだ。



 俺は、特に何の小細工もせずに、素直に袋の中から、袋に入っている最後の1体のゴブリンの彫刻を取り出して布に包む。


 そして、それをそのまま机の上に置いた。


 ただ、それだけの動作であった。



 「魔法」に関しては、ヘルヘルの言っていた通りである。


 俺に「魔法」を使うことはできない。


 たまたま「魔法」に目覚めたなんて、都合のいいことは起きていない。


 第4ターンにしたことは、ただのハッタリである。


 俺には、一度テーブルに置いた後のゴブリンを入れ替える手段なんかない。


 もしかしたら、使える魔法とかあるのかもしれないのだが、そのことを今の俺は知らなかった。



 ジェスターには、何かこのギャンブルで有用な「魔法」の一つでもあるのかもしれないが、そんなことは俺は知らない。


 事前に打ち合わせも何もしてないのである。


 知る由もないのだ。


 このギャンブル中、ずっとジェスターには助けられてきたが、ジェスターの魔法には頼っていない。


 それは第5ターンでも同様である。




 チップは10対10。


 第5ターンで勝ったほうが、1枚でもチップを手に入れたものが、賭けのテーブルにのった全てを手にする。


 実に、シンプルなゲームだ。




 あとは、この布をめくるだけであった。


 それで、このギャンブル・”ゴブリンズ V(ファイブ)”が終わるのだ。


 ゴブリン達ともお別れだ。




「ゴブリン、オープン」




 最後のオープンのコールは5ターンの中で、最も静かに行われたのであった。

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