1-30 ゴブリンズ V【5】
ヘルヘルは思考を続ける。
もう既に、この場には、演技をして余裕ぶっているヘルヘルはいなかった。
”ヘルヘル商会”を大きく育て上げてきた、百戦錬磨の男がいる。
今は、全力で目の前の”難敵”を倒そうとの思考に移っている。
自分の考えがもし、正しいんだとするならば、キンは必敗である。
ということは、自分が考えている前提条件の何かが間違っているのだ。
第4ターン終了までにそれを見極めなければならない。
ヘルヘルには、2つ確実にわかっていることがある。
1.キンのアタッシュケースの中には、「1、2、3、3、4」のゴブリンが入っている
2.キンの未使用ゴブリンは、「1、5」である
―――ダメだ。
やはり、どう考えても自分が勝利をしてしまうのだ。
そこまでヘルヘルが考えたところで、目の前のキンが動いた。
キンが、自分の横のテーブルの上に置いてある赤い袋に手を突っ込んだ。
そして、そこからゴブリンの彫刻を取り出して、布に包まずにヘルヘルの目の前においた。
「俺は、第4ターンは「Lv.1-スモールゴブリン」を使う」
キンは、そう宣言をした。
「何をバカなことを...」
そんなことをしたら、ますます自分が負ける可能性を高めるだけだ。
「そう言えば、このターンのチップの決定権は俺にあったな。俺は5枚全てを賭ける!オールイン、全額勝負だ!!」
キンは、自分の手元にある全てのチップを目の前に出した。
ヘルヘルの目の前には、不気味な表情をした「Lv.1-スモールゴブリン」と5枚のチップが差し出されていた。
ありえない。ありえない。ありえない。ありえない。
自分が先にゴブリンの彫刻を選び、それを相手に見せるだなんて、こんなの誰がどう考えても自殺行為だ。
しかも、対戦相手がゴブリンの選択をする前にチップの枚数まで決めてしまっている。
「まぁ、一応布をかぶせておくか」
キンはそう言うと、布を手に取り、既にテーブルの上でその姿を露わにしているゴブリンの上から被せた。
意味なく、ゴブリンを隠した。
警戒状態にあったヘルヘルは一挙手一投足を逃さないようにと、キンの全ての行動を凝視していた。
何も起こらない。
ただ、ゴブリンに布が被さり、全身が隠れ、テーブルの上には本来のゲームをする正しい姿を取り戻しただけであった。
ヘルヘルは、思考を続ける。
やはり、前提条件は間違っていない。
しかも、条件がもう一つ加わった。
1.キンのアタッシュケースの中には、「1、2、3、3、4」のゴブリンが入っている
2.キンの未使用ゴブリンは、「1、5」である
3.第4ターンでキンは「1」を使用する
一連の行動によって、キンはさらに不利になった。
キン視点では、こんなのどう考えても勝つことができない。
ここから逆転しようと思ったら、それこそ「魔法」でも使わなければ...?
......魔法?
ヘルヘルは自分がもう一つ、前提条件を置いてしまっていることに気が付いた。
4.キンは魔法を使っていない
ずっと、キンは魔法を使えないのではないかと考えていた。
それは、ゴンヘルから”ビールグラスゲーム”内で起きたことを全て聞きだしていたことと、”ピエロ&ドラゴン”に、ここ数日送っていた”ヘルヘル商会”のスパイから聞いた報告によって導き出された前提だった。
どちらでも、キンは一度も「魔法」を使っていない。
だから、ヘルヘルはキンが「魔法」を使っていないと考えていた。
しかし、そんな証拠は実はどこにもなかったのだ。
キンは「魔法」を使えるのかもしれない。
そのことを、ヘルヘルに対してずっと隠し続けていた。
もしかしたら、つい最近まで「魔法」が使えなかったのに、突如目覚めたなんてこともありえるか?
いや、自分の考え過ぎでキンは本当に「魔法」を使えないのかもしれない。
ここでヘルヘルは気が付く。
自分の目の前にいるもう1人の人物の存在に。
自分の目の前にいるジェスターは普通に「魔法」が使えるじゃないか。
カジノ内でも、トランプを宙に浮かすパフォーマンスをしていた。
そこで、ヘルヘルはとある”真実”にたどり着いた。
もしも、ジェスターが第3ターンまでに起こることを全て知っていたとしたら?
キンがヘルヘルと内通していたことも。
第1ターン、第2ターンとキンが負けることも。
第3ターンに、初めて勝利することも。
「キン」と「自分」で演技をして、「ジェスター」を騙していたつもりだった。
しかし、それが、
「キン」と「ジェスター」で演技をして、「自分」を騙していたんだとしたら。
キンとジェスターは最初から最後まで、ずっと味方同士だったんだ。
話の筋は通る。
ジェスターが、自らの身をギャンブルに賭けてまで、キンを”信用”できた理由も理解ができる。
最初から、キンはジェスターを裏切ってなんかいなかったんだ。
ヘルヘルは気付いた。
第4ターンから、ギャンブルの内容や勝負方法が全て変わってしまったことを。
このギャンブル”ゴブリンズ V(ファイブ)”は、第4ターンから、お互いの「魔法」を全力で活用した”魔法合戦”になったことを。
ヘルヘルは自分の思考の結果、混乱が解けて冷静さを取り戻していた。
ヘルヘルが「魔法」を使われている可能性に気付けたのは、自分が『透視系no.199
例えば、己の身を”
これは、火関連の自分へのダメージを半減できる魔法である。
この魔法を使ったとしても、
しかし、キンのように生身で体を焼かれるよりも、遥かに痛みが軽減されていた。
それ以外にも、”ゴブリンズ V(ファイブ)”に有用な魔法をいくつか使える。
というよりかは、このギャンブルは、ヘルヘルの使える魔法を最大限に活かせるようにと、ヘルヘルが考案、設計したゲームであった。
そして、ヘルヘルは今、ひとつの魔法を使うかどうかを悩んでいた。
その魔法とは、『転移系no.121
この魔法を使うと、手のひらに収まるくらいのサイズの物体の位置を入れ替えることができる。
そう、この魔法を使えば、赤い袋の中に入っている自分の未使用ゴブリン一体を、アタッシュケースの中に入っているゴブリン一体と入れ替えることができるのだ。
袋の中に入っているゴブリンに、アタッシュケースの中に入っているゴブリンを加えると、その内訳は、
Lv.1-スモールゴブリン : 2体
Lv.2-ノーマルゴブリン : 2体
Lv.3-ビッグゴブリン : 1体
Lv.4-スペシャルゴブリン : 1体
Lv.5-ゴールデンゴブリン : 1体
の計7体である。
つまりは、ヘルヘルは『転移系no.121
くそ。
自分の目の前にある、布の中にあるゴブリンの正体を透視したい。
ふと、キンとジェスターも『転移系no.121
......アタッシュケース、中身は変化をしていなかった。
キンの布がめくられゴブリンが姿を表したときに、予想外の姿が現れるに決まっている。
これは、確定。
チップの枚数差から考えても、キンは逆転をするために、第4ターン、第5ターン共に負けることはいかないだろう。
これも、確定。
キンは、ヘルヘルの未使用ゴブリンが「Lv.1-スモールゴブリン」2体だと推理している。
これも、確定。
つまりは、その布がめくられたときに、「Lv.2-ノーマルゴブリン」「Lv.3-ビッグゴブリン」「Lv.4-スペシャルゴブリン」「Lv.5-ゴールデンゴブリン」のどれかが目の前に出てくるのは明らかなのだ。
しかも、このターン賭けられているチップの枚数は5枚である。
このターンで負ければ、受けた火種の数は、第1ターンの負け分3つ、第2ターンの負け分6つと合わせて、14になる。
デッドラインを超えてしまう。
キンは、このターンのギャンブルに対して「命懸け」なのである。
黙っては死ねない。やはり、絶対に何かがある。
キンとジェスターは、どんな魔法を使っている可能性がある?
『変幻系no.175
ダメだ。魔法を使われていると考えだしたら、可能性が多過ぎて何をされているのかがわからない。
ヘルヘルは、『転移系no.121
「Lv.1-スモールゴブリン」をアタッシュケースへと戻し、代わりに出したのは、「Lv.5-ゴールデンゴブリン」であった。
結局、ヘルヘルは、キンが第4ターンで使っているであろうゴブリンを絞りきることができなかったのだ。
そこで、Lv.2〜Lv.5までのどれが出てきたとしても、最悪でも引き分けることができる「Lv.5-ゴールデンゴブリン」を選んだのであった。
無難と言えば無難。
逃げと言えば逃げの選択であった。
そう、第4ターンで引き分けたとしても、キンは詰んでいる。
チップの枚数が、キン:5枚、ヘルヘル:15枚で、第5ターンに突入すれば、キンの逆転の可能性は一気にゼロに近くなるのだ。
引き分けならば、引き分けでいい。
そう思いながら、自分のゴブリンをテーブルの上にセットした。
「随分と悩んでいたみたいだな」
「ええ。あなたの策にまんまとハマるところでしたよ。でも大丈夫ですよ。あなたが何を仕掛けてきているのかはわかりました。この手で私の負けはないのです」
「そうかい、そりゃよかった。俺のこの手に自信がある。じゃあ行くぜ!」
「ゴブリン!!オープン!!!!」
ヘルヘルとキンがゴブリンに掛けられた布を勢いよく剥がす。
ヘルヘルの目の前にあるのは、もちろん「Lv.5-ゴールデンゴブリン」である。
そして、キンの目の前にあったのは、「Lv.1-スモールゴブリン」であった。
キン : Lv.1 > Lv.5 : ヘルヘル
キンの勝利である。
「はああぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!!!!?」
ありえない光景が目の前に広がっていた。
「おいおい、どうしたんだよヘルヘル。俺はお前に教えてやったぜ。このターンに「Lv.1-スモールゴブリン」を出すってよ」
「バカな、バカな、バカな。ありえない。ありえない。ありえない。何が起きたんですか?」
「何が起きたって、俺はただ袋の中から、「Lv.1-スモールゴブリン」を取り出して、テーブルの上に置いただけだぜ」
キンは魔法を使わなかった。
何もしなかったのである。
そんな一歩間違えれば自分が死ぬ賭けにでた。
「あぁ、そう言えば忘れてたぜ。俺が受け取った50万
キンは札束の入った封筒を、ヘルヘルの方へと投げて渡した。
「ちょっとキン!何よそれ!」
「あぁ、すまないジェスター。ジェスターには何も話していたなったな。俺はヘルヘルを騙すために、アイツの味方になった演技をしていたんだ。
そのせいで、第1ゲーム、第2ゲームわざと負けちまった。
お前の”信用”を裏切って、お前を泣かせちまった。
ジェスターを苦しめちまった。
すまなかった。
俺には、これしか勝つための手段が思いつかなかったんだよ。
”信用”を裏切ってでしか、”勝利”をつかめなかった。
だがな、ジェスター苦しかった時間はもう終わりだぜ。
ここからはずっと俺たちのターンだ!」
ヘルヘルは息絶え絶えに問いかける。
「ジェスターと言う名の女よ。あなたは全て知った上で、この場にいたんじゃないんですか?
キンを”信用”したふりをしたんじゃないんですか?
魔法を使ってキンのプレイをサポートしたんじゃないんですか?」
ジェスターは答える。
「ほへ?なんの話よ?」
!!! ジェスターは何も知らなかったのだ!!
ジェスターは何も知らない状態で、涙を流し、キンを信じると言っていた。
自分の店だけではなく、己の体まで賭けると言っていたのだ。
「イかれてます...」
ヘルヘルは驚愕して、小さくそう呟いた。
相手の思考を読み切っていたのはヘルヘルではなく、キンの方であった。
キンはヘルヘルのことを一切”信用”していなかった。
魔法を使ってくることも想定内であったんだろう。
そして、ヘルヘルがズルをしてくることまで、作戦に組み込んで、ハッタリを仕掛けてきたのだ。
ハッタリに命を賭けた。
そのハッタリは成功をし、ヘルヘルは勝てるはずの勝負、魔法を使わなくても引き分けになって逃げ切れる勝負を逃してしまった。
キンの勝利によって、チップが移動する
―――第4ターン―――
賭けたチップ枚数 : 5
使用ゴブリン :
<キン> Lv.1-スモールゴブリン
<ヘルヘル> Lv.5-ゴールデンゴブリン
勝者 : キン
チップの移動 :
<キン> 5→10
<ヘルヘル> 15→10
―――――――――――
そして、キンの勝利によって、第4ターン終了時の場の状況は以下のようになった。
―――第4ターン終了時―――
チップ枚数決定権 : キン
所持チップ数 : キン10、ヘルヘル10
未使用ゴブリン :
<キン> 5
<ヘルヘル> 1
使用済みゴブリン :
<キン> 4、2、5、1、―
<ヘルヘル> 5、3、4、5※、―
※魔法によって1→5に変更
―――――――――――
ヘルヘルのリードはなくなり、チップの枚数はキン:10枚、ヘルヘル:10枚になっていた。
ギャンブルが始まる前と同じ枚数である。
ここにきてギャンブルは完全に、ふりだしに戻っていた。
勝負は、第5ターンに持ち越された。
「運命」は全て、ラストターンで決まる。
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