1-29 ヘルヘルの疑念

 ヘルヘルは怒り狂っていた。しかし、それ以上に混乱をしていた。



 何故?何故このタイミングなんだ?



 その思考は、自分が仕掛けた策に失敗したせいで受けた、12秒間のペナルティーの間中も一切変わらなかった。




 ヘルヘルは第1ターンの開始前から始まって、現在の第3ターンの終了時まで、何があったのかを振り返って考えていく。



 実は、ヘルヘルは第1ターンの開始時には、キンのことを少しも”信用”をしていなかった。


 裏切るものだと思って行動をし続けていた。



 これは、ヘルヘルの第1ターンの開始前からの行動から明らかである。





 このギャンブルにおいては、お互いのプレイヤーは魔法を使うことを禁止していた。


 しかし、ヘルヘルはそんなルールは守っていない。


 守る気なんて最初からゼロである。


 守る気がないルールを作っていたのだ。


 第1ターンの開始前から魔法を使っていた。




 魔法を使うことは危険である。


 もし、自分の対戦相手の2人が魔法を使っていることを探知できるのだとしたら、ヘルヘルは反則負けをしてしまう。


 しかし、ゴンヘルから話を聞く中で、2人は魔法の知識に乏しく、自分が魔法を使ったとしてもバレないと判断をした。


 今までのキンのプレーの仕方を見て、その判断は正しかったと確信をしている。




 ヘルヘルが第1ターンの開始前に使った魔法、それは、


『透視系 no.199 物体透過ブッタイトウカ


である。



 この魔法を使えば、自分の近くにあるもので、厚さ30cm以内のものを透過して見ることができる。


 ただし、スカイカイコの糸が編み込まれたものは例外である。


 あれは何をどうしようとも透視はできない。




 では、ヘルヘルは何を透視して見たんだろうか?




 別にジェスターの服を透過したわけではない。それもスカイカイコの糸が編み込まれいて不可能だし、そもそもそんなことには興味がない。



 ギャンブルに使っている”赤い袋”と”布”に、スカイカイコの糸が編み込んだ素材を使っている。


 この説明は真実である。



 アタッシュケースに、スカイカイコの糸が編み込んだ素材を使っている。


 この説明は真実である。



 ただし、はである。


 キンのアタッシュケースに対しては、スカイカイコの糸が編み込んだ素材を使ってはいなかったのである。


 2人のアタッシュケースは外見こそ同じであるのだが、使っている素材に違いがあったのだ。


 ヘルヘルから、キンのアタッシュケースの中身は丸見えであった。





 ヘルヘルは非常に慎重で、用心深い男であった。


 この用心深さによって、”ヘルヘル商店”を大きく成長させていっていた。


 ヘルヘルは基本的には誰も、何も信用をしてないのである。




 ヘルヘルは何故、”赤い袋”と”布”に対して、スカイカイコの糸が編み込んだ素材を使ったのか。


 これも透視できるようにしてしまえば、もっと簡単に勝つことができる。



 それは、キンとジェスターも、「透視系魔法」を使うことができる万が一の可能性を考えたからである。


 もし、2人が「透視系魔法」を使うことができ、実際にゲーム内で使ったとしたら、自分の目の前にある”赤い袋”と”布”がすぐにスカイカイコの糸が編み込まれていないとわかってしまう。


 こうなれば、ヘルヘルの不正は明らかである。


 面倒な自体が起こってしまう。




 だから、アタッシュケースにのみ罠を仕掛けた。



 2人は、自分の後ろにあり、中身がわかっているアタッシュケースをわざわざ透視しようなんて考えないだろう。


 ヘルヘルの真正面にあるアタッシュケースは、罠を仕掛けるのにもってこいのアイテムなのである。



 そして、ヘルヘルが透視をした結果、キンのアタッシュケースの中身は、



Lv.1-スモールゴブリン  : 1体

Lv.2-ノーマルゴブリン  : 1体

Lv.3-ビッグゴブリン   : 2体

Lv.4-スペシャルゴブリン : 1体

Lv.5-ゴールデンゴブリン : 0体



の計5体のゴブリンの彫刻が残っていた。


 この結果は、ヘルヘルが指示をした


4、2、1、5、5


と矛盾をしない。


 アタッシュケースに鍵を掛けて、ゴミ箱に捨てた動作にも怪しい点はなかった。


 ここで、ヘルヘルの中で、キンを信用する気持ちが少しだけ上がる。


 思わずにやけてしまった。

 

 しかし、まだ用心する気持ちは残している。




 そして、第1ターンを迎える。


 キンの考えていた通りに、ヘルヘルはここであえてキンが裏切り易い環境を整えた。


 キンの「Lv.4-スペシャルゴブリン」に対して、ヘルヘルが「Lv.5-ゴールデンゴブリン」を出すことは、火を見るよりも明らかである。


 ここでキンが裏をかいて「Lv.1-スモールゴブリン」を出せば、ヘルヘルに勝利することができる。


 従順なフリをして牙を立てるのなら、最高のタイミングだ。



 ヘルヘルは、第1ターンでの負けを許容するつもりであった。


 ここで負けて、チップを3枚失ったとしても、まだまだここからどうとでもなる。


 それよりも、キンの出方を探る方が重要だ。




 しかし、キンは裏切らない。


 ここで、さらにキンを信用する気持ちが高まる。


 だが、まだ用心する気持ちは残している。





 第2ターンを迎え、ここでもキンなんの抵抗も見せずに、ただヘルヘルの指示にしたがって負けていった。


 ”燃えない亀ノーファイアータートルの鱗”を使ったこともあり、ここでキンが怒って、ヘルヘルに叛逆の意思を見せる可能性も考慮していたが、何も起こらない。


 気が付けば、チップの枚数が、キン:1枚、ヘルヘル:19枚になっていた。



 取り返しのつかない差である。





 ここでヘルヘルは確信をする。



 ああ、この男は本気で”ヘルヘル商会”に入りたいんだなと。


 現在の雇用主を裏切って、新たな勤務先を選んだんだなと。



 「金」に魂を売ったんだなと。




 ヘルヘルは第3ゲームで完全に安心しきっていた。


 キンはもう裏切らない。


 裏切るんだとしたら、第1ターンと第2ターンで敗北を受け入れる必要がない。


 論理的に考えて、キンは裏切るタイミングを完全に逃していた。




 ここで裏切ったとしても、チップ1枚しか手に入らずに、チップの枚数が、キン:2枚、ヘルヘル:18枚になるだけだ。


 しかし、キンは「裏切り」を選択するのである。


 もしかして、ヘルヘルが追加チップの話をし始めたので気が変わったのか?




 いや、それはありえない。


 ヘルヘルは即座に自分の考えを否定する。




 キンがゴブリンを選択したのは、ヘルヘルが追加チップの3枚を賭ける話をする前だったのである。


 ジェスターを売り飛ばす話題がでる前だったのである。



 場に賭けられたチップの枚数が1枚だった状況で、キンは「裏切り」の決断を下していたことになる。



 ヘルヘルが賭けるチップの枚数を増やしたのは、キンにとっても想定外の出来事であった。


 キンは、チップの枚数が、キン:2枚、ヘルヘル:18枚にするために、未来の雇用先を捨てたのだ。




 取り返しのつかない差がついた後で、わざわざヘルヘルを怒らせるようなことをした。



 ジェスターの姿を見て、情がうつったか?


 ジェスターと共に、敗北の道を選んだのか?


 キンは、勝算なんてことは考えない、ただのバカなのか?




 いや、この考え方はおかしい。


 まずは冷静になって、現状を分析して、キンが勝負に勝つつもりで裏切ったと考えるべきだ。


 相手が愚か者だと信じて、自分の行動を決定するのは間違った行為である。


 もう一度キンのアタッシュケースの中身を透視する。


 アタッシュケースの中に、特に変化はない。




 第3ゲーム終了時点で、ヘルヘルに見えている場の状況は以下の通りである。




―――第3ターン終了時―――


チップ枚数決定権 : ヘルヘル

所持チップ数 : キン5、ヘルヘル15


未使用ゴブリン :

<キン>   1、5

<ヘルヘル> 1、1


使用済みゴブリン :

<キン>   4、2、5、―、―

<ヘルヘル> 5、3、4、―、―


―――――――――――




 ヘルヘルはキンに対して、


4、2、1、5、5


との指示を与えた。



 ヘルヘルはそれに対して、全勝できるようにゴブリンを選択していた。


 ヘルヘルの計画していた通りにゲームが進めば、ゲームの結果は以下のようになったはずであった。



<第1ターン>

 キン : Lv.4 < Lv.5 : ヘルヘル

<第2ターン>

 キン : Lv.2 < Lv.3 : ヘルヘル

<第3ターン>

 キン : Lv.1 < Lv.4 : ヘルヘル

<第4ターン>

 キン : Lv.5 < Lv.1 : ヘルヘル

<第5ターン>

 キン : Lv.5 < Lv.1 : ヘルヘル




 キンは透視魔法を使っていたとしても、ヘルヘルのアタッシュケースの中身は見えないので、ヘルヘルがどの5体を選択したのかはわからない。


 しかし、キンへの指示から少し考察を伸ばせば、キンに勝つために、ヘルヘルがどの5体を選択したのかの推測をすることができる。


 キン視点での推測結果は以下の通りになるはずだ。




<第1ターン>

 キン : Lv.4 < Lv.5 : ヘルヘル

<第2ターン>

 キン : Lv.2 < (Lv.3 or Lv.4 or Lv.5) : ヘルヘル

<第3ターン>

 キン : Lv.1 < (Lv.2 or Lv.3 or Lv.4) : ヘルヘル

<第4ターン>

 キン : Lv.5 < Lv.1 : ヘルヘル

<第5ターン>

 キン : Lv.5 < Lv.1 : ヘルヘル





 つまりは、ヘルヘルの選んだ5体は、キン目線では、


1、1、5、(Lv.3 or Lv.4 or Lv.5)、(Lv.2 or Lv.3 or Lv.4)


と推測できるのだ。



 そして、第3ターンが終了した時点で、ヘルヘルは推測結果から導き出した


5、(Lv.3 or Lv.4 or Lv.5)、(Lv.2 or Lv.3 or Lv.4)


の3体を使用済みであるとわかる。



 つまり、ヘルヘルが持つは未使用ゴブリンは、「Lv.1-スモールゴブリン」2体だとわかりきっているのだ。




 未使用ゴブリンは、


ヘルヘル視点での透視結果から見て、


<キン>   1、5

<ヘルヘル> 1、1


キン視点で推理して、


<キン>   1、5

<ヘルヘル> 1、1


と、全く同じになった。


 第3ターン終了時点で、お互いがお互いの未使用ゴブリンが何なのかを知っているのである。


 最早、未使用ゴブリンを隠す赤い袋は、その役割を終えていた。



 袋の中身からわかる。


 キンはとんでもなく不利な状況である。


 いや、既に詰んでいると言っていい。



 第4ターンと第5ターンでこれから起こることは、順番は前後するかもしれないが、




<第4ターン>

 キン : Lv.5 < Lv.1 : ヘルヘル勝利

<第5ターン>

 キン : Lv.1 = Lv.1 : 引き分け



である。


 キン視点から見て、1敗1分となってしまう。


 例え、第3ターンでヘルヘルに対して一矢報いたとしても、第4ターンと第5ターンで逆転の目はないのだ。




 一矢報いて胸がすいたのか?


 チップ1枚でも奪えて嬉しかったのか?


 このままジェスターと共に、破滅の道を突き進んでいくのか?




 何故?何故このタイミングなんだ?




 逆転不可能になったこのタイミングでキンは「裏切り」の選択をしたんだ?




 何かがおかしい、何かがおかしい、何かがおかしい、何かがおかしい。


 一体、今この場で何が起きているんだ?



 わけがわからなすぎて混乱をしてきた。


 いや、思考を止めてはいけない。


 キンには”必ず策”があるはずだ。


 これは、”確定事項”である。


 目の前にいる男は、きっと敗北を黙って受け入れたままギャンブルを続けるようなタイプの人間ではない。


 最後の一瞬まで、勝利を諦めないタイプの人間だ。


 勝てると思ったら、第1ターン、第2ターンと耐えて、第3ターンと勝負にでたはずなんだ。




 「裏切り」の理由を探れ。


 キンの策を見破って、勝負に勝たなければいけないのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る