Last Gamble

1-22 運命は定まった

 ヘルヘルと取引をその日の夜のカジノ営業は、何事もなく無事に終わらせることができた。


 飲食部門、ギャンブル部門共に、営業収益は非常にいい。


 ジェスターが1人で店を経営していた頃も数倍の金額を稼ぐことに成功していた。


 この調子で行けば、借金だってあっという間に返せてしまうかもしれない。



 しかし、俺はそんな未来がこないことを知っている。


 コツコツと借金を返す未来なんて、ありえない。


 ジェスターのカジノ”ピエロ&ドラゴン”は忍び寄る影によって、店主が気付かないうちに、存続の危機に陥っている。



 俺という店内に潜り込んだ異分子によって。


 ”裏切り”によって世界は一変する。



 俺はヘルヘルと取引したことについて、ジェスターに対して一切話をしなかった。


 当然である。


 ジェスターは、俺とヘルヘルが会ったことを知らない。


 ジェスターからも特に何かを察したような気配は感じなかった。




 そして、次の日になり、ブランチを食べ、買い物を終えたところでヘルヘルが”ピエロ&ドラゴン”の入り口の扉を開けた。


 俺は少しだけヘルヘルが店に来ないことを期待していたのだが、ヘルヘルはしっかりと約束通りにやってきた。



「やあ、ジェスターという名の女、そしてキンという名の男よ。ごきげんよう。この世で何よりも大切な「金」の話をしにきましたよ」



 ヘルヘルは大きな2つのアタッシュケースを両手に持ち、さらには荷物を背負ってやってきた。


 そして、その2つのケースを遠慮なく乱暴に、テーブルの上に置いた。



 ジェスターの反応を見るに、ヘルヘルの存在は知っているようである。


 要件もなんとなく察しているようであった。


 ゴンヘルのとき同様に、存在を認知しているけど触れたくないものを見つけたときのような視線で、じっと見つめている。




「ジェスターという名の女よ、ゴンヘルがお世話になりましたね」



 まず始めにヘルヘルは、昨日俺と裏路地で話した内容を繰り返していく。


 俺は内容を知らないふりをして話を聞いていた。


 ここで何かを悟られてしまったら全てが台無しである。


 この演技をしっかりとしなければ、ジェスターを騙すことはできない。




 今、罠に嵌めるべき対象は、ジェスターなのだ。




「―――というわけで、ジェスターという名の女よ。ギャンブルですよ!ギャンブルをしましょう!賭けるものはここに持ってきました。


これがこの店の、あなたの借金の借用書ですよ。500万ドリーム分きっちりとあります。


これをあなたが手にすれば、”ヘルヘル商会”と”ピエロ&ドラゴン”の間の借金はゼロになります。


賭けましょう!これを賭けましょう!


ただし、あなたが負けてしまった場合、この土地と建物は即日でいただきますよ。


あぁ、安心してください。荷物をまとめる時間ぐらいあげますよ。そこまで私は非情ではありませんからね」



 ここまで、昨日ヘルヘルから聞いた通りの条件である。


 ジェスターが勝てば、500万ドリーム分の借金がチャラになり、ヘルヘルが勝てば、”ピエロ&ドラゴン”そのものが手に入る。



 そして、ここから今日行うギャンブルの説明が始まるんだろう。


 このギャンブルの内容を聞いた後で、ようやく俺の出番である。


 俺はジェスターを説得して、ギャンブルを行う許可をもらい、ヘルヘルとの勝負のテーブルにつかねばいけないのだ。


 そして、俺が負ける計画である。




「ジェス―――」「いいわよ。勝負しましょう」



 はい?



「ジェスター、今なんて言ったんだ?」


「だから勝負を受けるって言ったのよ?キン、人の話をちゃんと聞いてなさいよ。バカなの?死ぬの?」



 ジェスターの言葉に俺は驚いたのだが、それ以上にヘルヘルも驚いていた。




「ジェスターという名の女よ。どんなギャンブルをするのかの説明もしてないのですが、承諾してしまっていいのですか?後で後悔しても知りませんよ」


「ええ。なんでもいいわよ。かかってきなさい。こっちにはキンっていう最強のギャンブラーがいるからね。どうせあんたもゴンヘルと同じくらいの実力なんでしょ。まぁ、ゴンヘルより強くたって関係ないわ。あんたみたいな雑魚になんてキンにかかれば瞬殺よ」



 ジェスターは、勝負の内容を聞かずに、ギャンブルを受けてしまった。


 そして、俺を代打ちに指定までしてくれたのだ。



 俺にこのカジノの運命を、自分の人生を託す選択をしてくれた。



 もちろん、これは計画通り、いや計画以上の成果であり、俺とヘルヘルにとってはただただ都合がいい展開でしかないのだが...。


 驚きの展開である。


 いつの間にか、ここまで俺のことを”信用”していたのか。




 この”信用”は、すぐに裏切られることになるんだが...。


 人間不信にならなきゃいいけど。




「ジェスターいいのか?」




 俺はあえてジェスターに本当にいいのかと確認をとるような演技をする。


 ここで、意見を翻されても困るのだが、ジェスターに関してはそんな心配は必要がなかった。



「これで、こんな男の顔を見ることがないと思うと清々するわね。大人しく借金返済を待ってればよかったものを。大損こいて、吠え面をかきなさい!」




 ジェスターは完全にノリノリであった。


 ヘルヘルをガンガンと挑発している。


 俺が勝つことを信じて疑わないといった表情である。



 ヘルヘルも自分に都合がいい展開なはずなのだが、あまりの挑発のひどさに、顔をヒクヒクさせて怒りを隠しきれていない。





「ふむふむ。まぁ良いでしょう。ギャンブルを受けてくれるというならばそれにこしたことはありません。一度”吐いた唾は飲めぬ”と知りなさい。キンという名の男よ。あなたを対戦相手として認めましょう」


「あぁ、ヘルヘルとやら。勝負は承った。どんなギャンブルでもいいから全力でかかってきな。いい勝負にしようぜ」




 俺は思ってもいないことを言葉にしてしまっている。


 勝敗が決まっているギャンブルでの、とんでもない”茶番”が繰り広げられていた。




「それでは、私が持ってきた”ギャンブル”の内容を紹介しましょう」



 そう言って、ヘルヘルは机の上に乗ったアタッシュケースの1つを開いた。


 俺とジェスターは中身を確認する。



 そこには、10体のメタリックに輝くゴブリンの彫刻が収められていた。





「その名も、”ゴブリンズ V(ファイブ)”です」

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