1-21 歓迎できない2人目の来訪者
買い物を終わらせた俺は、ジェスターの目を盗み、気づかれないようにと1人でカジノの裏路地へとやってきていた。
俺がここで、人と話をするのは3度目である。
1度目と2度目には、いい思い出がない。
そして、3度目もろくな思い出がでそうな予感がしない。
時間ぴったりになって、謎の男は1人で俺の目の前に現れた。
何もかもを信頼していなさそうな、ギョロッとした目が特徴的な男であった。
「ごきげんよう。キンという名の男よ。我が名はアロギロ・ヘルヘルです」
アロギロ・ヘルヘル?どこかで聞いたような名前だ。
「ゴンヘルがお世話になりました」
ゴンヘルとは?こちらの名は完全に心当たりがない。
「おや?確かにこちらの店にお邪魔したはずですよ。なんでも”ビールグラスゲーム”をしたとか」
”ビールグラスゲーム”
このゲーム名を聞いて全てを思い出した。
ゴンヘルとは、あのゲームで俺と対戦をした男のことか。
そして、あの男が所属していた組織の名前が、”ヘルヘル商会”であった。
ということは、今、俺の目の前にいるのが、”ヘルヘル商会”のボスであり、”ピエロ&ドラゴン”の借金を握っている男だということか。
さて、この男の正体はわかった。
問題となるのは、この男がなんの目的で俺に秘密裏で接触をしてきたのかだ。
「実に愚かな男でしたよ。まさか自分からゲームを仕掛けて負けて帰ってくるとはね。金を取りに行って、取り立て先の店に近づけなくなるなんて話しは聞いたことがありませんよ。
ああ、ご安心をあの男は、二度とあなた方の目の前に現れることはありません。
私たち”ヘルヘル商会”は一度約束をしたことはしっかりと守らせていただきます。商売において、信頼第一ですのでね。
というよりかは、ゴンヘルは、会おうと思っても一生会うことはできない場所に行ってしまいましたがね」
”会おうと思っても一生会うことはできない場所”
この言葉の意味を深く考えたくはない。
「それで、その”ヘルヘル商会”のお偉いさんが何しにきたんだ。俺に対して復讐をしにきたのか?それとも借金の取り立てか?あの男にも言ったんだが、返済期限はしっかり守って分割払いしているって聞いたぜ」
「いえいえ、今日は借金の話しをメインでしにきたんじゃありません。もちろん、借金の話も重要ですがね。復讐なんてとんでもないです。むしろ、あんな無能な男の無能さを教えてくださったことには感謝しています」
ヘルヘルは、どこに焦点があっているのかわからないような目をギョロつかせながら話している。
「じゃあ、俺なんかのところに何しに来たんだよ」
「ええそうですね。私があなたのところに、来た理由。それはずばり、「スカウト」です」
「スカウト?」
まさかのお誘いに対して、素っ頓狂な声をあげてしまった。
「ええ、あなたの有能さに惚れ込みました。ぜひとも我らが”ヘルヘル商会”で一緒に働いてください」
自分の部下だった男をコテンパテンにした者を何も気にせずに、平気で自分の新たな部下にしようとは。
そんな恐ろしいこと、俺にはできない。
さすがは、商人と言ったところか。商売のためならなんでもしようとの気迫がすごい。
自分に利さえあれば、世間体もへったくれもないんだろう。
「もちろん、給料は弾ませていただきますよ。こんなオンボロカジノじゃ、ろくにお金をもらっていないでしょ。今の何倍もの給料を支払うことを約束しますよ」
”ピエロ&ドラゴン”をオンボロカジノと言われたことに、ちょっとだけムッときた。
まぁ、俺も思ったから、そんなに強くは責められないけど。
俺がこの場所に対して、少しだけ愛着が湧いている証拠だった。
ヘルヘルが俺の給料がいくらだと想像しているかは知らないのだが、まさか1
0
ギョロッとした目が、飛び出てしまうかもしれない。
ジェスターといつかくるであろう別れの日を思えば、安定した給料に安定した仕事のある職場は悪くはない。
借金のあるようなカジノよりかは。
このスカウトを承諾すれば、新たしい一歩が、良い一歩になる。
異世界に居場所ができる。
この感じだと、本当に給料の金額は弾んでくれそうだ。
「なるほど。良い話だな」
俺の反応をみてヘルヘルがニヤッと笑った。
「そうでしょう。あなたならばきちんと話せばわかってくれると思っていました。ぜひとも一緒に働きましょう」
実に嬉しそうな表情である。
「しかし、それには条件があります。いえ、条件というのは語弊がありました。ぜひとも我が商会に入る前にやってほしいお願い事があるのです。それはゴンヘルがやり残した仕事でもあります」
「仕事?」
「そうです。仕事です。仕事は大切です。ゴンヘルがやり残した仕事とは、このカジノから借金の取り立てをすることです」
そう言ってヘルヘルは、恨めしそうに”ピエロ&ドラゴン”の建物を見つめていた。
「もちろん、借金の返済期限までまだ時間があることはわかっています。しかし、そんな時間をちんたらと待っていたくはありません。ぜひとも今すぐに金を取り立てたいのです」
「そうは言うけど、そんな要求通らないぞ。どうするんだ」
「そこは、ゴンヘルと同じ手段を使おうと思っているのですよ。ギャンブルを仕掛けます」
「......ジェスターがのるとは限らんだろ」
「そこで、あなたの出番なのですよ。私が借金の返済免除を賭けてギャンブルを提案します。そして、ジェスターという名の女には、このカジノの土地と建物を賭けさせます。その条件でギャンブルをするようにと唆してほしいのです」
「なるほどね」
俺が受けると言えば、ジェスターは”いやいや”だとしても勝負を受ける可能性はあるだろう。
俺には、ゴンヘルを倒したという、ちょっとした実績がある。
「さらには!」
ヘルヘルの喋り方に勢いが増す。
「ゴンヘルのとき同様にして、勝負はあなたがしてほしいんですよ。あなたと私の一騎討ちです。そして、そこでわざと負けてください」
「わざと負けると」
「そうですよ。そうすれば、この土地と建物は私のものになり、さらには優秀な部下が手に入る。一石二鳥の策略です!」
確かにその通りにことが進めば、ヘルヘルと俺は幸せになることができるかもしれない。
「この仕事は、あなたが”ヘルヘル商会”に入る前のものですから、お金は別にお支払いします。その辺は私はきちんとしているのですよ。その額なんと200万
200万
かなりの大金が手に入る。
仕事内容に対して破格すぎる金額だ。
これだけの「金」が手に入れば、しばらくは安心して暮らすことができる。
”ヘルヘル商会に入る”条件を抜きにしてもいい仕事だった。
「OK。ギャンブルをしてわざと負ける件はわかった。しかし、どうやって負ければ良いんだ。勝負の内容がわからないとどうしようもないぞ」
「そこは私はしっかりと考えていますよ。
4、2、1、5、5
この数字の並びを覚えておいてください。これさえ忘れなければ全ては完璧です」
話したいことは、話し終えたのかヘルヘルは自分の懐をごそごそといじり出して、封筒を取り出した。
その封筒を俺へと手渡してくる。
中身を確認すると何十枚かのお札が入っていた。
「そこには全部で50万
俺は異世界に来て、初めて自分の「金」というものを手に入れた。
「話が早くて助かりました。時間は大切ですからねぇ。それでは、明日、店に伺います。お互いの幸運を祈っていますよ」
そう言い残して、ヘルヘルは俺の目の前から去っていった。
「幸運を...か」
ジェスターに見つかってしまっては面倒なことになるのは明らかなので、俺は封筒を懐へと隠しておいた。
この裏路地では3度目の出会いは、良い出会いだったのか、それとも悪い出会いだったのか、現時点では不明である。
全ては、明日決まるんだろう。
ヘルヘルの計画が上手くいくかどうかにかかっている。
俺はジェスターと最悪の別れ方をすることになってしまうのかもしれないが、それはきっと仕方がないことなのだろう。
”運”が悪かっただけなのだ。
この時点で俺の心は、迷いが一点もなく、何をやるのかはっきりと定まっていた。
金は受け取る。そして、ギャンブルも受ける。
ギャンブルが一度始まってしまえば、その後はジェスターにそれを止めるすべはない。
そしてそれがどんな結果になろうとも、ジェスターに恨まれてしまったとしても、それは仕方がないことなのだ。
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