1-20 終わりの始まり
朝になった。
床で目覚めた俺の体はバキバキ音を鳴らし、朝の挨拶をする。
もはや当たり前の風景になりつつあるのだが、起きたときにジェスターの姿は布団の中にない。
寝ぼけている頭を叩いて覚まし、一階へと向かっていく。
ジェスターはいつも、率先してご飯を作ってくれる。
他の仕事は頼まれることはあるのだが、この仕事だけは俺に頼もうとはしなかった。
―――自分の食べるものは自分で管理したいタイプなのかな?
それとも、俺が作るものは食べたくないのかもしれない。
ジェスターならありそうな話であった。
そして俺は、昨日の夜にあったことをジェスターに報告することにする。
昨晩には話をしなかった。
閉店作業が色々とあったというの理由のひとつだけど、きっとそれは言い訳で、やはり一番の原因は俺の気が重かったからだろう。
俺は自分が考えたギャンブルで、ジェスターのカジノに損をさせてしまっていたのだから。
俺がぼーっとしているうちにご飯が完成をして、テーブルの上に並んでいった。
二人そろって「いただきます」と言ってから、ご飯を食べていく。
名も知らない異世界の白身魚の刺身ととろっとろのチーズ、紫色のシャキシャキの野菜が挟まれているフランスパンのようなパンを頬張りながら、昨日起きたことを話していった。
「―――というわけで、俺は”猫のお姉さま”に、見事にはめられてしまってお金を盗られちゃったんだ」
「ふうん。そうだったのね」
リアクションが薄い。
「...あんまり、怒ってないのか?」
「いえ、怒っているっていうか、まぁ、よくあることだから」
よくあること。魔法が使えるカジノでは。
「で、トータルでの売上はどうなのよ?さすがに、昨日の収益が赤字になってしまっているならまずいんだけど」
「そうだな。計算してみよう」
二人でそれぞれ飲食部門とギャンブル部門に分けて売上を計算していった。
「飲食部門はしっかりと黒字ね」
「ギャンブル部門は...、よかった、ちゃんと黒字だ」
「いえ、むしろこれはかなりいい数字よ。一人で営業をしていたら考えられなかったわ」
猫のお姉さまの件があったとしてもかなりの金額だそうだ。
カジノ・ピエロ&ドラゴンは、もともとお客さんが十分についていた店である。
その中で、ギャンブルさえ開催すれば売上が伸びることは自然と言えば自然であった。
2人で働いている分、飲食の方にも数字がでやすくなっていた。
「......ありがとう」
「え?今なんて言った」
「だから、ありがとうって。」
「なんだよ、気持ち悪い」
そう言った瞬間に、ジェスターは手元にあったフォークを俺に向けてぶん投げてきた。
ジェスターのコントロールは抜群である。
フォークの先は、綺麗に俺の額にクリーンヒットして、俺の頭に衝撃が走る。
......、痛い。
「私が素直に感謝してるんだから。あんたはその感謝を大人しく受け止めておけばいいのよ。なんで素直に感謝の言葉を受け取れないの?だからあんたは、ゴミみたいな人生を送ってきたって言われるのよ。ばっかじゃない?」
ひどい。
”ゴミみたいな人生”なんて、ジェスターにしか言われたことねぇ。
「だから、私一人じゃ、こんな数字は絶対に出せなかったからありがとうって言ってるのよ。
あの男が店に来たの追っ払ってくれた件も含めてね。お客さんたちもみんな大喜びだったわ。
お父さんがいなくなってから、こんな日が来る想像もできなかった。
あなたのおかげでカジノを経営していくのに、こうしたらいいなってアイディアをいっぱいもらえたわよ。今後こうしていきたいってアイディアも閃いたわ。
だから、今後一人になったとしてもこの”ピエロ&ドラゴン”を、もっと大きな店にできるだろうって思ったのよ。
それも全部含めてありがとうって......。」
―――今後一人になったとしても
俺たちの中でなんとなく思っていたことをジェスターが口にしてしまった。
俺にとって、”ピエロ&ドラゴン”は仮の職場であり、仮宿なのだ。
ジェスターと俺は”仮初め”の関係だ。
この店に居場所を提供してもらえたのは本当にありがたい。
俺こそジェスターに対して感謝をしている。
だが、異世界で過ごす時間が増えていくにつれて、俺は”魔法”だけではなくあらゆる異世界の知識が増えていったのだ。
この傾向は、流れた時間長くなるほどに顕著になっていく。
そうなっていくと俺がこの店にい続ける理由はなくなっていく。
そして、それが俺が一人で独立して歩んでいけるほどになったときに、俺はこの店を去るのだ。
突如現れた”不思議な人”が、”賃金ゼロ”で仕事を手伝ってくれる。
こんな不安定な状況は長くは続かない。
こんな人間関係なんてありえないのだ。
俺はきっと冒険者でも農家でも、全く別の街で自分で独立してカジノを経営するにしても、自分の新しい”人生”を探しにいく。
ジェスターに、”ゴミみたいな人生”と言われないような、自分で自分を誇れる”人生”を。
そうなってしまえば、二人は離ればなれになるのであった。
これがきっと、ジェスターが俺に布団を用意してくれないことの理由のひとつなんだと思う。
所詮は仮の職場で、仮宿なのだ。
仮宿に布団はいらない。
布団こそ、容易にはゴミにできないのである。
終わりはいずれ訪れるのだ。
「いきましょう」
「え?どこへ?」
「買い物に決まってんでしょ。少しは仕事覚えたと思ったらもうそれ?ほら、最近は飲食部門もかなり調子がいいから、気合い入れて仕入れしなきゃ。昨日だって結構なメニューは品切れになっちゃったでしょ」
「そうだな」
俺たちは、今の会話がなかったかのようにカンテカンテラ商店街へと向かっていく。
普通に買い物をしているのだが、ちょっと重い空気が流れていた。
俺は空気を買えたいなと思ったところで、雑貨屋を見つける。
ショーウィンドウから、”セクシー猫のお姉さま”に似た姿になれる、コスプレセット一式が見えた。
ジェスターに着せてみたいとふと思った。
「なぁ、ジェスター?あれ着てくれないか?」
「は?バカなの?死ねば」
「そうだな、じゃあジャンケンで決めようぜ。俺が勝ったら着てくれ」
「いきなり何言ってんの?意味わかんないわよ」
「一生のお願いだ!」
俺たちがもめていたことによって、少し周りの人たちの注目を集めていた。
ここはジェスターの家の近所であり、知り合いがみているかもしれない。
こんなくだらないことで騒いでいるところを見られたくはないだろう。
そんなことを考えたのか、このまま一向に引かなそうな俺をみてしぶしぶ、じゃんけんに応じてきた。
「いいわよ。その代わりにあんたもリスクを追いなさい。私が勝ったら一生奴隷ね。一生、ど、れ、い!!」
「それはリスク高すぎないか!?」
「ジャンケン、ぽん!」
俺の言うことを無視して、ジャンケンの合図をする。
俺は遅れないようにと急いで手を出した。
結果は、俺が”チョキ”で、ジェスターが”パー”、俺の勝利だった。
「かっ...勝った〜」
ジェスターは自分の”パー”をまじまじと見つめている。
「バカ言ってないで、次の店にいくわよ」
ジェスターはそう言うと、そのまま雑貨屋の前から去っていった。
「この流れで着替えないなんてことありえるのか!?」
俺の叫びも、やはり無視されてしまうのだった。
どんどんと離れていくジェスターの姿をみて、俺はあきらめてしまったのだ。
そのときであった。
俺とジェスターがある程度の距離が離れた瞬間に、ジェスターには決して声が届かないであろう瞬間に、謎の人物が俺に声をかけてきた。
すれ違いざまの一言であった。
「1時間後にカジノの裏路地で」
俺の存在を知っているコイツは誰だ?
そんな奴はそう多くはないはずである。
その言葉をきっかけにして、俺にとっての新たな”戦い”が、”ギャンブル”が始まることになってしまう。
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