1-14 異世界初夜の最後のイベント

 ジェスターの部屋に入った俺は1人っきりにされていた。


 部屋に案内をされて早々に、ジェスターは着替えを持ってシャワーを浴びにいってしまった。


 一日の汚れを落として、疲れを癒しに行ったのだろう。


 ジェスターに用意してもらった父親のものだという寝巻きに着替えた後で、何をどうしようかと困った俺は、部屋に鎮座している女の子のベッドの上に勝手に座るわけにもいかずに、結局は床の上でただ待機していることを選んだ。


 ポーズは正座である。




 ジェスターから見て、今日の俺がどう見えていたのかを考える。


 俺は、確かにカジノにやってきたムカつく奴を追っ払った。


 完膚なきまでに叩きのめした。


 その結果として、現在ジェスターの部屋で彼女がシャワーを浴びて出て来るのを待っている。


 これはひょっとすると、ひょっとするのかもしれないと考えてしまう。


 しかし、それだけのことで、まさかこんなにもフラグが立ってしまうとは思っていなかった。


 自分のことは自分ではよくわからないというのだが、自分を客観視するのが一番難しいと聞くのだが、俺の今日の活躍は思っている以上にかっこよく見えたのかもしれない。



 ジェスターが心を開いてくれるまでに。



 ゴミ捨て場にいた不審者から、素敵な王子様にランクアップである。




 考えてすらいなかったのだが、ジェスターだって立派な”女”である。


 それも金髪で青い瞳を持った、異世界の美女である。


 カジノに訪れたお客さんたちからも褒められていた。


 そんな子に好意を向けられるは、悪い気はしない。




”据え膳食わぬは男の恥”




 元の世界のそんなことわざを思い出しつつも、俺は覚悟を決めた。



 異世界でも”男”になろう。


 真の”男”に。



 しかし、つまんだ後にすぐに捨てたりはしない。


 きちんと責任はとるつもりである。


 ゆくゆくは、カジノの経営者だろうか。



 そうか、俺はカジノ経営者になるのか。



 ジェスターを幸せにしつつ、このカジノだって大きく成長させていこう。


 2人の力を合わせれば、きっとできるはずである。



 異世界に来て、自分の真の目的が見えた気がした。


 農家になるわけでもない、冒険者になるわけでもない、経営者だったのだ。





 そん妄想を広げているうちに、部屋の扉がゆっくりと開いた。


 寝巻きに着替えたジェスターは、湯上り後のほくほくとした空気をまとっている。


 月明かりが反射をした、弾けるようなプルプルの肌が目に眩しい。


 ジェスターは正座している俺の目の前を素通りしてベッドへと腰掛けた。



「それじゃあ、寝ましょうか」



 ついに、ジェスターからの直接のお誘いの言葉を聞くことができた。


 心の準備をしっかりとする時間があっただけに、動揺はしない。


 男としての余裕を見せつけてやろうと表情を動かさずに、這いつくばって少しずつジェスターに近づいていく。




「枕と布団は一人分しかないけど勘弁してね」




 枕と布団なんて必要ないし、そんなものはどうでもいい。


 重要なことは、今から起こるであろう別のことである。



 下から見上げる俺と、上から見下ろすジェスターの目が合った。


 腕を伸ばせば、ジェスターの足に触れられるほどの距離まで近づいてきている。



 仄かに、石鹸のいい匂いが届いてきた。


 そして、ジェスターの麗しい唇が小さく開いた。



 プルップルである。




「ところで、キン......」


「ジェスター......」


「言いたいことがあるんだけど聞いてくれる?」


「ああ、ジェスター。なんでも言ってくれ」





「あんたなんでさっきから私の方に近づいてきてんの?」





「.........ダメですか?」



 意思疎通がうまくいかない。


 もしかして...、もしかしなくても、俺は大いなる勘違いをしていたのかもしれない。


 ジェスターの一言で頭が高速回転をして、全てを察した気がする。



 ジェスターにその気なんてものはこれっぽっちもなかったのである。





 恥ずかしい。


 だが、まだ間に合う。


 今からなら何もかもをなかったことにできるかもしれない。



 好きな子をデートに誘って断られた後で、別に俺はそんなつもりじゃなかったから、本当に映画が見たかっただけだから、みたいな感じで誤魔化せるかもしれない。



 しかし、そんな誤魔化しの策略は大抵が失敗に終わる。


 相手側の女子はまず間違いなく全てを理解しきっている。



 その後で、何もわかっていないふりの嘘の演技をしてくれるのか、嫌な顔をされて全力でバカにされるのかは、その子の性格、優しさ次第である。




 今回の俺の場合は後者であった。




「まさか、あんた私と同じベッドの上で寝られるとでも勘違いしてたの。いい、あんたが寝る場所はそこの床よ。枕は床で、ベッドも床。あんたが私のベッドの上に寝られるなんてことは金輪際ありえないわ。虫みたいなあんたは地べたに這いつくばって寝るのよ」



 カジノでの一晩の働きによって、少し明るさを宿していたジェスターの俺に対する視線は、ゴミ捨て場で俺を発見したときのものへと完全に戻ってしまっていた。


 まさに、ゴミを見るような視線である。




「......気持ち悪い」




 傷ついた。今のは本当に傷ついた。




「いい。念のために言っておくんだけどもし、あんたが私の体のあらゆる部位に対して少しでも触れたら、小指の先同士で合ったとしても身体的な接触をしたとしたら...」


「...したとしたら?」




「あんたの股間に対して、一生消えない傷を刻んでやるわ」




 俺は下半身に対してキュンとした感覚を覚える。


 目から邪悪なオーラがでていて怖すぎる。



 本気マジを感じさせる言葉だった。



 

「具体的には、あんたの股間のブツを引っ張れるだけ引っ張って、伸び切ったところで、右手に握ったナイフを大きく振りかぶって」「聞きたくない!聞きたくない!」



 ジェスターの報復の方法が怖さを超越していた。



 貞操観念が強すぎる。




「それじゃあキン。が明日、快適な朝を迎えられることを祈って。おやすみなさい」


「......おやすみなさい」




 ジェスターはのそのそと布団の中へと潜っていってしまった。


 枕に頭を横につけていて、向いている方向はしっかりと俺がいる方とは逆である。



 俺は急いでベッドから離れて、何もない床に仰向けに寝転がる。





 その際に、万が一のラブコメみたいな事故が合ってもいけないから、できる限りジェスターの寝ているベッドから離れた場所に位置するようにした。


 全力でフラグを折りにかかる。





 こうして、異世界初夜の最後のイベントは終わり、俺は眠りにつく。




 とにかく色々と合って何もかもに対して疲れた。


 自分が何者であったのかを失ってしまった。


 精神と肉体の両方を駆使した。




 快適な寝床とは決して言えないような場所で就寝をしたのだったが、俺は思ったよりもはやく眠りにつくことができたのであった。

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