1-13 First Gamble【4】
大きなビールグラス
その答えを発した後で、場の空気は完全に凍ってしまった。
”音”の魔法を使っていたんだとしたら、確実に”小さなビールグラス”が解答になるはずであった。
しかし、俺が導き出した答えはその逆であった。
想定外の答えに対して、ジェスターも男も声を出すことができていない。
そして、その反応からも俺の答えが”正解”だと確信をする。
一向に動こうとはしない男の代わりに俺はしきりをどかす。
そこには、空っぽの小さなビールグラスと、満たされた大きなビールグラスが並んでいた。
「どうして...」
自分が導いたであろう答えとは違う結果に対してジェスターが小さく呟く。
「そうだ!何故なんだ。確かに俺は...」
男もまた、思い通りにいかなかった現状が理解できないとの顔をしていた。
2人のために俺は、今何が起きたのかを説明する。
「ヒントはたくさんあったさ。
まずは1つ目、これはギャンブルが始まる前からの違和感だった。
店に入ってきたお前は、俺を一瞥しただけでその存在を気にもかけなかった。
俺は、今日この店にきたばかりの新人だし、ピエロ&ドラゴンはジェスターが1人で経営してきた店だ。
制服を来ているから新たに従業員として雇われていることはわかっても、借金の貸し主が店に現れた謎の人物に対して一言も触れないのは不自然だ。
お前は、俺の存在を知っていたんだろ。
店の営業時間中に、間者か何かを店内に送って中の様子を探っていたんだ。
そして、俺の存在の報告を受けた。
その結果として俺は今晩仕掛けることに対して、脅威にならないと判断し、営業終了時間になったところで店に来た。
無理難題をなんとか通すために、ギャンブルまで用意をしてきた。
「金」を払えとの要求は通らなくても、ギャンブルを受けろとの要求は通るかもしれないからな。
実はたまたま今日来たようなことを言って、ちゃんと準備万端で店に訪れてきたんだ。
これが第1ヒントだ。
2つ目に、お前はずっと”音”のことを強調していた。
このギャンブルの重要な要素は”音”だとまで言っていた。
俺たちは必死に鳴って聞き耳をたてたさ。
お前は「金」が欲しいんだよな?
それなのに、何故か敵対している俺たちに対してヒントになるような、「金」を手に入れるチャンスを逃すようなことをベラベラちしゃべってやがる。
お前は、俺たちに”音”を偽造する魔法を使っている可能性があると気づいて欲しかったんだ。
何とでも気付かせてミスリードをする。
”音”の魔法を使われている可能性に気がつくこと自体がお前の計画通りだったのさ。
3つ目に、窓ガラスに反射したビールグラスだ。
これはひどかったぜ。
俺たちには、満たされた小さなビールグラスと空っぽの大きなビールグラスが見えていた。
これは、”音”を偽造する魔法を使っているとの推論を補強するものだ。
俺たちは偶然、窓ガラスに反射したビールグラスを見たのかもしれない。
だけどさ、自分が来る前にわざわざ慎重に店の中を探って、ギャンブルを仕掛けてきた奴がそんな単純なミスをするか?
俺はお前がそこまでの間抜けだとは思えなかった。
その席を使うことを決めたのも、そっちの席に座ることを決めたのもお前だ。
窓ガラスに反射するような席配置を選んだのは全部お前だったんだ。
窓ガラスに反射したビールグラスこそが、お前の最大の策略だったんだ。
お前は魔法によって、反射光を偽造したんだ。
考えてみれば、店に来てすぐのお前は、その窓ガラスを右手で触っていたな。
そのときに窓ガラスに魔法を仕込んだんだろう。
これもまた、お前の準備の一貫だったんだ。
現に、しきりをどかして真実がテーブルの上に現れた今も、窓ガラスには偽物の結果が映ってやがる」
テーブルの上には、満たされた大きなビールグラスと空っぽの小さなビールグラス。
窓ガラスの中には、空っぽの小さなビールグラスと満たされた大きなビールグラス。
矛盾をした結果を見ることができる。
これは、俺の推理どおりに男が窓ガラスに対して魔法を使った確たる証拠であった。
「そして、最後にお前が五分五分の勝負だなんて強調していたことさ。
確かに、ビールグラスの中身を当てるギャンブルはシンプルなものだったさ。
だけど、本当にただ五分五分のギャンブルをしたいんならもっとシンプルなものなんていくらでもあったさ。
コイントスでもすればいい。
それなのに、ビールを使った一手間かけたギャンブルを選んだ。
ギャンブルの内容もルールも全て決めたのはお前さ。
そんな状況で、お前みたいな奴が、五分五分のギャンブルをしたいなんて言ってる時点で罠がないわけがないのさ。
お前みたいなやつは自分が100%勝てるギャンブルを仕掛けてくるんだよ。
だから、俺が普通に導き出した答えの「逆」が正解だ」
これらの推理から導き出された答えは、「大きなビールグラス」だったのだ。
俺のしゃべった内容は全てが正しかったんだろう、自分の思考を読み切られた男は特に反論をすることもなく、黙って店から出ていった。
店に入ってきたときに浮かべていた、ニヤニヤとした笑みを見ることはもちろんなかった。
ぐうの音も出ないといった様子で消えていった。
これで、あの男のことをこの店の周辺で見ることは2度とあるまい。
「なかなか頭がキレるのね」
「いえいえ、たまたまですよ」
一連のギャンブルが終わった後、俺はジェスターと2人っきりになった。
お褒めの言葉をいただいた。
勢い余って一生奴隷になるとか約束しちゃっていたが、これで何とか奴隷になる運命は避けられた。
ここでそろそろ俺は、本日の最後の問題を解決しなければいけない。
時刻は完全な”深夜”である。
そして、俺にはまだ寝床がない。
ここは何としてでも、ジェスターにお願いをして寝る場所を確保しなければいけないのだ。
「...というわけで、ジェスターさん。何とか今晩寝る場所を貸していただけませんかね?」
「本当は、こき使うたで使って追い出そうと思っていたんだけど...まあ、いいでしょう。今晩の働きに免じて我が家に泊めてあげる」
俺はほっと一息つくことができた。
さっきの勝負でなかなかの活躍ができたから期待をしていなかったと言ったら嘘になる。
だけど、ジェスターのことだから万が一があった。
「10,000
「......何をおっしゃってるんでしょうか、お嬢さん?」
「一晩の宿代として、これくらい請求したいところだけど。嘘よ、無料でいいわよ。好きに家を使っていいわよ」
10,000
びくっとして心臓がキュッとなってしまった。
「それじゃあ、もういい時間だし行きましょうか」
「行くってどこへ?」
「はぁ?決まってんでしょ。あんたの泊まる場所よ。あんたが店内の床の上で寝たいっていうんなら止めないけど」
ジェスターは歩き出して、俺はそれについていく。
「ところで、俺はどこで寝ることができるんだ。客間でもあるのか?」
「そんな贅沢なものはないわよ。今から行く先は、私の部屋よ」
私の部屋?
「私」とは「ジェスター」である。
まさか、ジェスターの部屋ってことか?
「キンは私の部屋で、私と一緒に一晩寝るのよ」
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