1-12 First Gamble【3】

 俺とジェスターは目隠しをする。


 男はその様子をただ、じっと見つめていた。


 目隠しをしたことによって、俺の視界は完全な暗闇に包まれた。


 わずかな光は洩れてきてはいるが、外の何かを見えるほどではない。


 そういう意味では、視界の全てが閉ざされたと言ってもいいだろう。




 ズズズズズ




 2人の目が完全に閉ざされたことを確認たのか、男が椅子を引いた音が鳴り響く。


 五感のひとつを失ったことによって、いつもよりも聴覚が鋭敏になっているように感じる。


 ”音”が重要になるギャンブルにおいて、これは悪くないことだ。


 俺は身じろぎひとつせずに、服が擦れる”音”さえもださないようにと注意しながら店内で響く全ての”音”に集中をした。


 ジェスターも俺の横にいることを感じさせないほどに、実に静かに座っている。




 ヒタヒタヒタヒタ




 男が調理場に向かって歩を進める”音”が聞こえる。


 その手には、大小どちらかの空のビールグラスがあるのだろう。




 ヒタヒタ......




 男が歩く”音”が止まった。


 ビールの入る樽の前についたのかもしれない。


 とすると、次に聞こえる”音”はあれだろう。




 キュキュキュ ゴボボボボボッ




 樽の蛇口をひねった小さな音の後に、すかさずビールがグラスに注がれていく”音”が鳴り響いた。


 この”音”がこのギャンブルの中で、かなり重要な”音”であろう。


 時間によって、量を判別することができる。




 ゴボボボボボッ




 まだ、”音”は止まらない。


 大小のビールグラスのどちらにビールを入れているのかによって、この”音”の長さはかなり変わってくるはずである。


 大きいビールグラスには、小さいビールグラスの4倍ものビールが入るのである。


 もしも、”店員”の男が大きいビールグラスを使っているのだとしたら、それだけビールを注ぐ”音”の時間が長くなるはずだ。




 ゴボボボボボッ




 明らかに、小さなビールグラスを超えた量のビールが注がれた後も、まだ”音”は鳴り止まない。


 ビールを注ぎつづける”音”以外には、変わった音は何ひとつとして聞こえてはこない。




 ゴボッ、ボッ




 ついに、ビールを注ぐ”音”が鳴り止んだ。


 この”音”を信じるのならば、大きなビールグラスを満たすのに十分な量のビールが注がれたことになる。




 ヒタヒタヒタヒタ




 調理場から足音が近づいてくる。


 何だか歩く速度が遅く、足取りが重く感じるのだが、これは大きいビールグラスいっぱいのビールを持っているであろうと予想していることからくる幻聴かもしれない。


 行きの足音と帰りの足音で、そこまで大きな違いはない。




 ドンッ




 テーブルの上に静かにビールグラスを置こうとの配慮を一切感じさせない”音”である。


 ギャンブル中でない、普通に座っているときでさえびっくりするかもしれないほどの”音”であった。




 ズズッ...ズズズズズ




 ビールグラスをしきりの裏に隠したであろうテーブルとグラスが擦れる”音”の後に、椅子を引いた”音”が聞こえた。


 少し何も”音”がしない時間がしたあとで、男が俺とジェスターに声をかけてくる。



「”店員”のターンは終わりだ。目隠しを外しな」



 俺とジェスターはそれぞれが目隠しをとる。


 夜だからなのか、目隠しをしている時間が短かったからか、思ったほどの眩しさは感じずに、いつもの見え方を取り戻した。



「さぁ、大小どちらのビールグラスが使われたのかを当ててみな。質問するなり、話し合うなりは自由だ」



 男は余裕そうな振る舞いである。


 何もやることがなさそうな態度だし、実際にこれから俺とジェスターが答えを言うまでは自分からやることが何もないんだろう。



 駆け引きのターンが始まった。



 ”音”から単純に判断するのなら、答えは「大きいビールグラス」である。


 ビールを注いでいた時間から間違いがない。


 ただし焦って答えを言う必要はない。


 時間はたっぷりとあるのだ。




 俺はまずは座ったままの状態で、周りに何か変化したことはないかを確認する。


 調理場は、特段何か変化が起きたようには見えない。


 店内をざっと見てみたのだが特に変わったことはなさそうである。



 続いて、目の前のしきりやテーブルの上を観察してみる。


 このしきりの裏に、満たされたビールグラスと空のビールグラスがひとつずつあるはずだ。


 しきりはその役割を完璧に果たしていて、しっかりとビールグラスを隠している。


 テーブルの上には何もヒントになりそうなものはなかった。




 そして最後に俺は、俺たちの対戦相手の男を観察しようと真正面を向く。


 男には、何も変わったことがなかった。



 



 俺同様にして、店内の色々なものを観察していたであろうジェスターもまた、俺と同じ異常に気づいたようであった。



「キン」



 俺は黙ってうなずき、わかっているとの合図をした。



「確率は50%だ。そんなに考えても仕方がないぜ」



 男は俺たちが異常に気づいたことを何も感じてないのか、感じていてわざと無視しているのか、答えの催促をしてきた。


 俺とジェスターが気づいた異常とは、男が背を向けている窓ガラスにしきりの裏側が反射してしまっていることであった。



 2つのビールグラスがはっきりと確認できる。




 そこに映し出されていたのは、”音”から導き出された答えとは真逆の、ビールで満たされたと、空っぽのだった。






 

「ジェスター、音をだすことができる魔法を知らないか?」


「有名な音を出す魔法としては、冒険者たちがよく使う『変幻系 no.268「獣の声真似モンスターボイス」』があるわね。これは、モンスターたちの声を出す魔法なんだけど、天敵のモンスターの声を出すことで威嚇して追い払ったり、逆に同族のモンスターの声を出して引き寄せたりとするときに使うらしいわ。それ以外にも色々あるはずだけど...、私は知らないわ」


「何かの魔法でビールを注ぐ音を偽造することはできると思うか?」


「まず間違いなく可能ね」



 ジェスターは、自信を持って断言をしてきた。


 俺たちが聞いたであろう、たっぷりと時間をかけて聞いたビールを注ぐ音は、男が魔法によって作り出した捏造されたものであった可能性がある。



 もし、その仮説が正しいんだとしたら”店員”の男の考えた作戦はこうである。



 男は”小さなビールグラス”を持って調理場へと向かう。


 そして蛇口をひねり、ここで魔法を発動する。


 本来”音”が鳴っているはず以上の時間の間、ずっと偽物の”音”を聞かせ続ける。


 ここでは魔法を使ったのかはわからないが、派手な”音”を鳴らしてビールグラスをテーブルに置く。


 俺たちに”大きなビールグラス”と答えさせるミスリードにより、男が勝利する。




 ”音”が重要なギャンブルだからこそ、”音”を偽造したのであった。




 しかし、男には計算違いがあった。




 それが窓ガラスである。


 何気なく座った席の配置が悪く、窓ガラスへの反射によってビールグラスの中身がはっきりと俺たちに見えてしまった。


 弁護のしようがないような大き過ぎるミスであった。


 計画はすっかりと御破算となった。


 これは男の落ち度であり、俺たちの反則ではない。


 そんなルールはどこにもなかった。




 ジェスターも思考の結果、”小さなビールグラス”との回答にたどり着いたはずである。



「答えはわかった」



 俺は回答をすることをジェスターと男に伝える。



「いいんだな。どちらかが答えたら、それが”客”側の答えだ。一度言ったら取り消しはなしだぜ?」


「ああ、それでいい」



 男が最終確認をして、俺は了承する。



 ギャンブルは終わりだ。



 実にくだらない”仕掛け”だったぜ。


 後は導き出された答えを宣言するだけである。




「ビールが満たされているビールグラスは...、「」だ」








「..................」



「ええええっ!!!」「はぁぁぁあああ!!?」



 男とジェスターの2人が、その予想外の答えに対して驚愕した声を発した。

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