1-10 First Gamble【1】

 カランコロンカラン



 閉店後の店内に鳴り響いた乾いた鐘の音は、歓迎されざる者の来訪を告げるものであった。


 扉を開けた30代前後くらいの無精髭を生やした男は、ニヤニヤと不気味な薄笑いを浮かべながらも何も言わずに、そして何もせずにこちらを見ている。


 要件は分かるだろ?と、言わんばかりの態度である。



 俺の視界の範囲外にいたジェスターの方へと視線を向けると、存在を認知しているけど触れたくないものを見つけたときのような、ゴミ捨て場にいた俺を発見したときとは似て非なる表情をして男を見ていた。


 男はチラッと俺を確認したが無視をして、店内と表の通りを挟んだ壁沿いをトン、トンと歩き始める。


 そして、ジェスターに向かって喋り始めた。



「ようよう、ジェスターちゃんよぉ。何時間か前に、ちょっと店の前を通ったんだけど随分と景気がいいみたいだったじゃねぇか。閉店時間を狙って思わず戻ってきちまったぜ」



 ジェスターは一切返事をしようとはしないが、追い出そうともしない。


 ノーリアクションを貫いていて無言でジッと見つめている。


 無下にはできない、何者なのか?


 店の中に不穏な空気が流れ始める。


 足を止めた男は、ガラス窓に大きく開いた右手をついて話を続けていく。



「そんな嫌なものみるような表情をしないでくれよ。寂しいじゃねえか。なぁーに、心配しなくても要件が済めばすぐに帰るさ。



 男は終始、不気味な笑顔を保ったままであった。


 そんな男が言う要件なんかロクなものであるはずがない。



 俺は、つい口を挟んでしまった。


「おい、お前。さっきから何なんだよ。勝手に店に入ってきてさ。言いたいことがあるんなら勿体ぶらないではっきり言えよ」


「キン。大丈夫だから黙ってて」



 男とジェスターの間に割って入ろうとした俺は、ジェスターによってすぐに諌められてしまう。


 要件はわざわざ聞かなくてもわかっている。


 ジェスターの態度から、そんな言葉がにじみ出ていた。


 男は俺の言葉は何も聞こえなかったかのように、俺の存在を無視したままで自分の話しを続けていく。



「そうさ。今日の営業で手に入った売上を譲ってくれないか。世知辛い世の中でこっちにも色々とあってな。そうしてくれさえすりゃ、すぐに帰るぜ」


「はぁ!?てめぇ、何むちゃくちゃなこと言ってんだよ」


「キン!!」



 今日、せっかく必死になって稼いだ売上をよこせとの無茶苦茶な要求に対して、俺は黙っていられずに、反射的に反応をしてしまう。


 今度は、強い口調でジェスターの静止されてしまった。


 男は右手をガラス窓から外して、大きく腕を伸ばして両手を広げた。



「そうだよな、ジェスター。お前は断れる立場じゃないよな。賢いお前ならわかっているはずだよな。俺の話は聞かなきゃいけねぇ。なにせ、お前とこの店は我らが”ヘルヘル商会”に対して、500万Dドリームもの借金があるんだもんな」



「500万の借金!?」



 俺は思わず、大声で叫んでしまった。


 ”ピエロ&ドラゴン”は、こんな男の店に対してそんな大金を借りてるっていうのか?



「父がカジノを作るために、借金を背負っていたのよ。そのお金で土地を買って、建物を建てたの」


「そうさ、こいつの死んだ父親が残していったのは、カジノだけじゃなかったんだぜ。ご丁寧に借金まで、しっかりと残していったんだ。とんだ子供不幸な親だな」




 男はバカにしたような態度でしゃべっていた。




「そうだとしても、何でこんなタチの悪そうな奴らに金を借りたんだよ。きっと、もっと真っ当なそうなところに借金できたはずだろ」



 ジェスターが俺の疑問に答える。



「そうよ。父の友人が経営をしていた、全く別の店に好意でお金を借りていたのよ。いつ返してくれてもかまわないし、利息もつかない純粋な友情を元にした契約だったわ。だけどね、その友人が破産してしまったのよ。それでうちの店の債権も流れてしまって、”ヘルヘル商会”にたどり着いた。今じゃこんな”奴ら”の元に借金があるのよ」


「こんな”奴ら”とはひでぇじゃねぇか。仮にも金の貸し主だぜ」



 男は相変わらずニヤニヤしていた。



「本業じゃあないんだが、うちは金貸しもやっていてな。仕事なんだぜ、恨まないでくれや。ただまぁ、この店に関してはそんなに金を回収できない心配をしてるわけじゃないんだぜ。”ブツ”はあるんだ。店と土地さえ売っちまえば、500万くらいならそれこそすぐにでも回収できるさ」



「それだけはイヤ!!」



 ジェスターは俺にあってから、一番の大声で叫んだ。



「それだけは...」



 悲痛の表情を浮かべている。



「そもそも、返済期限はまだまだ先のはずよ。今までの返すべき分だって、期限を遅れずにちゃんと払ってきたわよ。」


「そうさ、その通り。この店は優秀な債務者だよ。だから”お願い”に来たんだよ。ちょっと金が入り用になっちまってな。無理して金を用意しろとまでは言わねえよ。店にある金を少し融通してくれりゃあいいのさ。話はそれでお終いだ」



 わざわざ深夜に店にやってきた男の要件が理解できた。


 店に今おいてある金を全て渡せと言っている。


 金が最も店内にあるであろう瞬間を狙ってきたのである。



「無理よ。だって明日の仕入れだってあるのよ。そんなことしたら店が営業できなくなってしまうじゃない」


「そうだ。お前の要求は何の筋も通ってない!ジェスター、ちゃんと借金の返済期限を守ってるんならこんな奴の話を聞く必要はない。さっさと追い出そうぜ」




「てめぇは黙ってろ!!」




 男はこの店に入ってきてから初めて大声を出した。


 店の空気が一気に変わった。



「どこの馬の骨で、どうやってジェスターに取り入ったのかはしらねぇが、仕事を手伝っているだけのてめぇには関係ない話だろ!これは”ヘルヘル商会”とこのカジノの話だ。関係ねぇ奴は引っ込んでな!」



 男は完全に脅迫をする口調である。



「いいか。借金の借用書は、こっちの手元にある!金をチンタラと返せば問題ねぇわけじゃねぇ。やりようはいくらでもあるんだよ。それこそ店に火でもつけりゃあ営業不能になっちまうだろ。そうすりゃすぐに、返済は滞るさ。こんだけいい場所なら土地だけでも十分すぎるほどの金になるさ」



 ピエロ&ドラゴンに火をつける。


 そんな脅しに思わず俺もカッとなってしまった。



「ふざけんじゃねぇ!臨時とは言え、今この瞬間は俺はこの店の従業員だ。立派な関係者だぞ。でるとこでれば、お前の主張なんか通るわけねぇだろ。とっとと消え失せな」



 店全体に緊張感が漂う。


 無言の時間が少し続き、次に何を言うのかと思いきや、男の表情から怒りの色が消えた。


 そして、冷静な口調に戻って話をする。



「そうかい。まぁ、お前たちの言うこともわからんではない。確かに”お願い”をしているのはこっちだ。無理はわかってるさ」



 あご髭をいじりながら、うんうんと首を縦にする。



「だが、俺も黙って帰るわけにはいかねぇ。だから、そうだな。ここはとりあえず、”ギャンブル”で勝負を決めねぇか?」



 深夜の来訪者は、”ギャンブル”の提案をしてきたのであった。

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