1-8 魔法のバカラ
カジノ・ピエロ&ドラゴンで、俺が初めて見たギャンブルは「バカラ」であった。
そして、俺はギャンブルと共に初めての「魔法」も目撃することになる。
ピエロ&ドラゴンの店としての大きな弱点は、今日、この日に俺が来るまでは、ジェスター1人で店を回していたことである。
その弱点を「バカラ」ならば、カバーすることができる。
「バカラ」はトランプを使ったシンプルなゲームである。
どのカジノに行っても、ほぼ間違いなくプレイすることができる人気の定番ゲームだ。
勝負はBANKER(バンカー)とPLAYER(プレイヤー)によって行われるのだが、ここでのプレイヤーとは特定の誰かを指しているわけではない。
AさんとBさんの勝負との理解でいい。
ゲームの参加者たちは、AさんとBさんのどちらが勝負に勝つのか、「バカラ」においては、バンカーとプレイヤーのどちらがゲームに勝つのかに「金」を賭けていく。
バンカーとプレイヤーには、それぞれ2枚のカードが配られる。
この2枚の合計が「9」に近い方の勝利である。
このとき、トランプの「A」は1、「10」「J」「Q」「K」は10とカウントされる。
例えば、バンカーに配られたカードが「2」と「6」だとすれば合計「8」、プレイヤーに配られたカードが「3」と「4」で合計「7」とすれば、「8」と「7」の勝負で「9」に近いバンカー側の勝利となる。
合計数が「10」を超えてしまった場合は、持ち点は1桁目の数字となる。
例えば、「8」と「J」で合計「18」の場合は、持ち点は「8」とカウントされる。
また、最初の2枚のカードの合計が「9」よりも遠すぎた場合(例えば、「A」と「A」で合計「2」)は、3枚目のカードを引いて2枚の合計に足し合わせる。
「A」「A」で、3枚目が「4」ならば、合計は「6」となる。
「バカラ」は、バンカーとプレイヤーのほぼ五分の勝負となる。
ただし、カードをめくる順番が ①プレイヤー ②バンカー の順番なので、プレイヤーの合計数次第でバンカーは3枚目のカードを引くかどうか決められるので、若干バンカーの方が有利になる。
とにかく、めくったカードの合計スコアが「9」に近い方が勝利なのである。
もしも、ゲームの参加者がバンカーとプレイヤーのどちらが勝利するのかを当てることができれば、賭け金が2倍になる。
バンカーとプレイヤーの合計スコアが同じで引き分けになった場合は、賭け金はそのまま戻ってくる。
引き分けにも賭けることができ、引き分けた場合はこの店では賭け金が8倍になる。
もちろん、引き分けは最も当てずらい。
ただ、このままではカジノが儲かる取り分がほぼないので、コミッション(手数料)が設定をされている。
この店では、バンカーが勝った場合に5%の手数料がかかる。
プレイヤーが勝ったら、手数料は0である。
例えば、10,000
これは、バンカーが後出しをするので、若干有利な分への措置でもある。
さて、この「バカラ」が何故、ピエロ&ドラゴンの弱点をカバーできるのかと言うと、このゲームはルールからわかる通りに、1ゲームが素早く終わる。
そして、プレイヤーが勝つのか、バンカーが勝つのかに賭けるだけなので、たくさんの人数が一気に参加できるのである。
1ゲームあたりで使うトランプの枚数も最大で6枚となっている。
ジェスター1人でも、ゲームをスムーズに進行できるのだ。
「『転移系 no.7 「
そう唱えた、ジェスターの横に2組のカードが浮遊した。
魔法を知らない俺でも、ジェスターの魔法によってトランプが空中浮遊していることがわかる。
糸を使ったチンケなマジックなどでは決してない。
人生初魔法をあっさりと目撃してしまった。
現在、合計で4枚のカードが宙を舞っている。
それぞれの組ごとに2枚のカードが表同士を重ね合わせているので、カードの数字を確認することはできない。
裏向きのままカードがクルクルと周りながら、その存在を主張している。
「
それに対してゲームに参加するお客さんたちが、お金を握って、「プレイヤー」「バンカー」と叫んでいる。
グラさんも必死になって賭けているようだ。
賭けはカジノでよく見るチップは使わずに、直接「金」を使っている。
通貨とお札は、ジェスターの魔法によって、宙を舞って手元に引き寄せられていく。
「No more bet」
賭けが終了の宣言と共に、カードの中身が明らかになる。
ギャンブルにおける、最も緊張する瞬間である。
賭けに参加した人たちは、固唾を呑んで見守っている。
今回のゲームでは、3枚目のカードがめくられ、デッキからカードが1枚宙にめがけて飛んでいった。
このゲームの勝者は...、
「BUNKER」
ジェスターの勝利宣言によって、”ワー”だの”アー”だのそれぞれが盛り上がっている。
グラさんは頭を抱えてしまっていた。
ジェスターは誰が何に賭けているのか、しっかりと記憶しているのだろう、支払い金額をお客さんたちの手元へと飛ばしていた。
一歩も動かずに、美しい所作で、完璧にゲームを進行していく。
俺はと言うと、料理を作ることはできないので、お酒の注文のみをせっせと受けて提供をしていた。
10ゲームほどプレイしたところで、ジェスターは一旦ゲームを打ち切って料理に戻っていく。
お客さんたちも一緒のテーブルにいる相手との雑談に戻っていく。
こんな感じのゲームが営業時間中に何度か繰り広げられていった。
これが、この店で繰り広げられているいつもの光景なんだろう。
俺は、新しい世界での初めての「魔法」と「ギャンブル」を目撃したのであった。
これで何もなければ、カジノは普通に儲けが上がるだろう。
「魔法がなければ」
現実には魔法がある。
そして、宙を派手に舞うカードを、それこそ透視魔法でも使って見てしまえば、プレイヤーとバンカーどちらが勝つのかがわかってしまい、”百戦百勝”だ。
透視魔法を防いだとしても、他にもズルをする方法はいくらでも考えられる。
この世界にどんな魔法があるのかは知らないが、幻覚を見せる魔法をこの場の全員にかけて幻のカードを見せるとか、転移系の魔法でデッキの順番を自分の思うがままに入れ替えるとか。
ジェスターを洗脳することもできるのかもしれない。
元いた世界での物語内の魔法の知識を使えば、あらゆる可能性を考え出すことができる。
上手に魔法を使えば、客は無限に「金」を生み出して、カジノは無限に損を積み重ねてしまう。
カジノ・ピエロ&ドラゴンでは、このことに対しての対策がしっかりとされていた。
魔法を使わずに。
俺はこの方法に気が付いて、その知恵に思わず唸ることになってしまう。
ジェスターは黙って「金」を奪われ続けるようなタマではなかった。
カジノ・ピエロ&ドラゴンでは、ギャンブルをやっているようでいて、ギャンブルをやっていないのである。
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