1-7 カジノならばギャンブルをしてほしい
「やぁ、ジェスちゃん飲みにきたぞ。もうやってるかい?」
「どうも、こんばんは。好きなところに座って」
その会話のキャッチボールを聞いて理解する。
この人は謎の男などではなく、”ピエロ&ドラゴン”に来た、ただのお客さんだったのだ。
俺がジェスターと会話をしているうちに、いつの間にか開店時間を過ぎていたのだった。
見た目から判断するに40歳前後だろうか、パッと見の外見からは”人間”に見える、サングラスに顎髭のダンディーな大人である。
店に来る前から飲んでいたのだろうか。少しだけ顔を赤らめている。
ジェスターの反応を見る限り、常連客なんだろう。
男は調理場のあるカウンターの席に座って、メニューも見ずにビールと食べ物を注文した。
「ほら、キン。ぼーっとしてないで手伝って。そのグラスにビールをついで」
ジェスターは滑らかな流れで注文された料理の調理を開始していた。
ビールが入っているのはこの樽であろう。俺は、ガラスのグラスを片手に蛇口をひねってビールを注いでいく。
こんなアナログな装置でビールを注ぐのは初めてだが、瓶ビールのような要領でいいだろう。
グラスを斜め45度に傾けて液体である程度満たしたところで、グラスを立てる...ほいっと。うん、見事。
泡と液体が3:7の芸術的で美しいビールが完成した。
「ビール、一丁」
まだ、何ものっていないダンディーな男性の目の前にグラスをおいた。
その際に男は、俺を品定めするような、珍しいものを見るような視線を向けてくる。
「なんだい、ジェスちゃん。ついに旦那をとったのかい?」
「バカなこと言わないでよ、グラさん。ただの臨時手伝いよ」
「そうかい、そうかい。ニイちゃん。ジェスちゃんの相手は大変だろう。べっぴんさんだけど、如何せん口が悪い。親に甘やかされ過ぎたんだよ」
おっしゃる通り、口が悪い部分には完全同意です。
「いいか、ジェスちゃんを
ご機嫌に喋っていたグラさんとやらの腕に小さな火の粉が降り注いでいた。
グラさんは、これを跳び上がって必死に払いのける。
まだ、地面に落ちたまだ火がついている”何か”をグラさんは革靴で踏んづけて消火した。
「ジェスちゃん!ひどいよ。”
「バカなこと言っている報いよ」
ジェスターは調理をする手を止めずにいる。
何か”火”にようなものを投げたんだろう。魔法か?
不思議そうな顔をしている俺を察してか、どうせあんたはこれも知らないんでしょと思ったのかわからないが、ジェスターが”火種”の解説をしてくれる。
「”火種”はその黒い玉ことよ」
ジェスターが指を刺した先の入れ物の中には、直径1cmほどの綺麗な球が大量に入っていた。
「”火種”は、小さな傷をつけてから衝撃を与えると火が付くのよ。誰でも使える魔法の道具ってところね」
説明しながら、ジェスターは”火種”を爪で削ってから、金属の板でできた調理場の何もない所に”火種”を落とす。
”火種”が調理場の板にぶつけた瞬間に赤い炎が上がった。
ジェスターは、その炎をさらに大きくした後で、その上にフライパンを置いて新たな品物の調理を開始する。
「なんだい、にいちゃん。”火種”を知らんのかい。一体どうやって生きてきたんだ」
グラさんからも呆れたような顔をされてしまう。
まぁ、色々あったんですよ。
俺はジェスターが作った料理をよそるのに対して、おそらく正しいであろう皿をジェスターの横に並べておく。
何も文句を言われなかったところを見ると正解だったんだろう。
カランコロンカラン。
グラさんとそんな会話をしていたところで、また入り口の扉の金の音が鳴った。
今度は、カンテカンテラ商店街で見かけたのと同族であろう身長2m超えの蜥蜴男たち3人組が店に入ってきた。
そして、大きめなテーブルと椅子の置いてある席に腰掛ける。
「ジェスちゃん。
「はいはい。ちょっとお待ちを」
大大ビールとは、なんとまぁって感じのネーミングだ。
俺は、これしかないと言った大きさの、2Lは入りそうなビッチャーぐらいの大きさのグラスを手に取る。
ジェスターに目線で合図して、頷いたのを確認してビールを注いでいく。
流石に、これを3ついっぺんに入れて運ぶのは怖すぎる。
1つずつ丁寧にテーブルへと運んでいった。
蜥蜴男は、そんな俺に対して声をかけてきた。
「あんたは何者だい?」
「ジェスちゃんの未来の旦那さん候補だよ」
いつの間にか蜥蜴男たちのテーブルに料理を持って合流していた、全く懲りていないグラさんは、俺の代わりに返事をする。
否定するのも面倒なので、俺は蜥蜴男の目を見て軽く会釈する。
俺の存在からすぐに興味の対象が移ったのか、グラさんたちはそのまま他の話に花を咲かせて始めた。
ジェスターは調理場の横にある窪みに火をつけ、物騒な大きさの肉を3つほど立てかけてくるくると回しながら炙っていた。
大粒の肉汁が滴り落ち、肉が焼けるいい匂いが店内に充満していく。
そうこうしているうちに、人間、エルフ、獣人にと、男女ともにだんだんとお客さんが増えてきて大忙しになってきた。
冒険でもした後に直行してきたのか、汚れた甲冑を身にまとって武器を持った一行もいる。
確かに、この店を1人で回すのは大変というか不可能だ。
2人がかりでもちょっと手が回らなくなくと、お客さんたちは当たり前のように、料理を自分のテーブルへと運んだり、ビールを注いだりとしていた。
新人の俺がわからないこともさっと教えてくれる。
皆がジェスちゃん、ジェスちゃんと親しげに声をかけているところから、顔見知りの常連客だらけなんだろう。
父親の代からのお客さんなのかもしれない。
人間以外の種族たちの年齢ははっきりとはわからないのだが、皆がジェスターや俺よりも年上か、若くても同い年くらいであった。
ジェスターに対して娘を可愛がるように接している。
ジェスターは、ジェスターで器具が充実をした調理場で腕を存分にふるって、どれもこれも未知なのだが、とても美味しそうな料理を完成させていく。
客同士の顔見知りだらけなのか、同じテーブルにつく組み合わせは次々と変わっていっていた。
良くも悪くもアットホーム。
ジェスターの店はそんな場所であった。
そこそこに忙しくって覚えることも多く、気が回らなかったのだが、俺はとあることをふと思い出す。
そう、この店の店名を。
カジノ・ピエロ&ドラゴン。
カジノ...、カジノ.........、カジノ?
これだけ人がいるのに、誰もギャンブルをしていない。
食べて飲んでいるだけである。
いやいや、みんなゲームやれよ。
ここは食堂かよ。
誰もゲームやろうとする素振りさえも見せないのだ。
先ほど、ギャンブルに魔法を使ってくるズルだらけだとの説明を聞いたから、この光景は当たり前なのかもしれない。
何せ、ギャンブルをしてしまったのなら、この店は永遠に損を積み重ねてしまうのだ。
せっかく美味い料理と酒で稼いだであろう売上を全部カモられてしまう。
もしかしたら、この店はカジノを名乗った元カジノ、現食堂なのかもしれない。
そんなことを思っていたところで、心を読む魔法の力でもあるのかと疑いたくなるタイミングで、ジェスターが動き出した。
エプロンを脱いだジェスターは、黒猫耳と茶猫耳の獣人の若い女性が近くで立ったまま酒を飲んでいる、カードゲームをやるであろう緑色のマットレスが引かれたテーブルへと近づいていった。
凛と立ったジェスターに皆の視線が向いていく。
「それでは、今日の”ギャンブル”を開始します」
ワァー。
皆が実は待ち望んでいたのか、店内に大きな歓声が上がった。
俺の疑念は的外れのものであったらしい。
お客さんたちは、ジェスターが行うギャンブルを待ち望んでいた。
負けて大赤字になってしまうはずなのに、それでもこの店は「カジノ」であり、「ギャンブル」をする場なのであった。
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