1-6 魔法を使って大儲け

 ジェスターは、これまでのこのカジノが歩んできた道のりを語っていく。



「私の最後の親、父親が死んでしまったのは一年前のことよ。この店は父が作って、経営をしていたカジノだったわ。父はずっとカジノで働くことに憧れていて、仕事で開業資金の一部を貯めて、ようやく夢を叶えたの。


多少の無理をして、いい場所に土地を買ったのがよかったのか、カジノの経営はそれなりにうまくいっていたように見えたわ。


父の前の仕事の仲間たちの力も借りて店を回して、お客さんを呼び、街の人たちの明るい声が毎日響いていた。


一番多い時で、店で働いていたのは、私と父を含めて5人ほどいたわ。




私もお酒を出したり、料理を出したり、チラシを配ったり、呼び込みをしたりとして手伝いをしたわ。


そんな状況がずっと続いて、最初は少し心配していた私も「あぁ、このカジノはもう大丈夫だな」と確信したところで、私の目の前から父親がいなくなってしまったの。



前の仕事で負った古傷が原因だったらしくて、それこそ一瞬で、最後の言葉も交わす暇もなくあっさりと死んでしまったわ。


人間ってそんな簡単に死ぬんだって最初は驚いて、次にとにかく動揺して、その後すぐに困ってしまったわ。




貯金がなかったの。




生活費をのぞいて稼いだお金は、カジノを作ったときの初期投資の借金返済に当てていたから、全くお金が貯まっていなかったわ。


カジノの全権利は私に引き継がれたんだけど、父の仲間たちは、給料が払えなくなったからすぐに雇い止めしたわ。


彼らも窮地に追いやってしまった。


私同様に困っただろうに、それでも父の仲間たちは何も言わずに私を支えてくれたわ。


生活費の支援をしてくれて、今でもたまに店に顔を出してくれる。




でも、いつまでもそんな優しさに甘えているわけにはいかないじゃない。


だから、私は父が唯一残していってくれたカジノの経営を始めることにしたの。


お金を稼いで、お金を返すために。



そして、カジノを開店させて1日目に気付いたのよ。


父とその仲間たちが腕利きの魔法使いであったことに。


私も魔法が使えないわけじゃないけど、彼らの腕前に比べたら...そうね、使えないようなものね。




”魔法”に対抗するには”魔法”を使うしかない。




そんな当たり前の現実に気づかせてもらえたわ。


最初に違和感を感じたのは、ブラックジャックをしていたときよ。


そのプレイヤーは、自分が勝つときにはたくさんのお金を賭けていて、負けるときな小さな額しか賭けていなかった。


まるで予知能力者みたいな的中率なの。


それで、勝ちを積み重ねていった。


後で気づいたんだけど、そのときはきっと透視系の魔法を使っていたのね。


カードを透かして勝てるときにのみ大きな勝負をしていたの。



他にも、色んな魔法の使い方をしていく人たちがいた。


ルーレットの球とポケットを金属磁石に変えて、狙いの数字に入れてみたり、なぜか室内なのに風が吹いたりしたこともあったわね。


それに、どこかのバカがスロットマシーンを誤作動させようと電流を流したせいで、マシーンは動かなくなってしまった。


ある日、ポーカーをした後のトランプのデッキを整理していたら、スペードのAが5枚でてきたときには、どうしようかと思ったのを覚えている。




私が気が付かなかった魔法を含めて、大小共にあらゆる魔法を使ってズルをしていったのね。



魔法を使われても、その場で魔法の照明をしなければ後からはどうしようもすることができない。


泣き寝入りするしかない。


私は父とは違って、この魔法の世界でカジノを経営するノウハウが何もなかったわ。


だから、今となっては1人でご飯を食べていくのがやっとの、こじんまりとした店になってしまったの」



それが、ジェスターが1人で店を経営してきた経緯だった。


店が現状に落ち着いてしまった理由だった。


10代そこらの女の子にも容赦がない、過酷すぎる”現実”に襲われてしまったのである。



透視系の魔法。



さっと聞き流してしまったが、今の説明を聞く限りでは、この世界には考えられるあらゆる魔法が存在しているのだろう。


そして、それらの魔法ひとつひとつに、しっかりと対策をしなければ、カジノの経営は成り立たないのだ。


確率と数字の壁を乗り越えて、必勝のゲームで負けてしまうのである。



そんなことを考えているとき、俺は無意識にというか、ついついと言うか、男の本能というか、何もかもが濡れ衣で、たまたま視線がそこにあっただけと信じているんだけれど、じっとジェスターの服の胸元の部分を凝視してしまっていた。


そんな俺を見つけて、ジェスターはすかさずに、尖った言葉を投げてくる。




「何よ、変態。どうせあんたの考えてることなんてわかるわよ」


「俺の考えていること?」


「どうせ、透視系の魔法を使えれば、私の服が透かせるとでも思ったんでしょ?」


「そ、そんなこと考えてねーよ!」



 そういうのは、もっと可愛らしい口調で言ってほしいものである。

 

 ゴミ捨て場で俺を見つけたときと同じような冷たいジト目で見つめてきた。



「この服は、スカイカイコの糸で作られいるから透けないわよ?」


「スカイカイコ?」



 聞きなれない単語に対して反射的にオウム返しをしてしまう。


 すると、ジェスターはやれやれといった感じで説明をしてくれる。



「本当に何も知らないのね。」




 スカイカイコとは、この地方に広く生息をしている全長2mの巨大「カイコ」のモンスターのことらしい。


 成虫同様に巨大なカイコたちの幼虫は、大きな繭を作る。


 幼虫たちはこの繭に篭って成虫へと姿を変えるのだが、この繭を狙うのが、スカイカイコの幼虫が大好物の天敵、キングレッドアイフロッグという巨大蛙のモンスターである。




 ここからは進化論の話。


 繭の中で動けずに、ペロッと一飲みされてしまい、絶滅の危機に瀕したスカイカイコたちは、中身が空っぽの偽繭を作るようになる。


 一匹の幼虫あたりで、何と数百個もの偽繭を作るそうだ。


 当たりがどこにあるのかわからずに、もしかしたら、もう成虫になって飛び去った後で当たりが皆無かもしれない状況に対して、困ったキングレッドアイフロッグがとった対抗策は、赤く怪しく光る瞳に”透視系の魔法”を習得することであった。


 これによって、数百ある偽物から本物を瞬時に見分けられるようになる。


 さらに、それに対抗してスカイカイコは、透視系妨害魔法を練りこんだ糸の繭を作り出すようになる。


 これにより、キングレッドアイフロッグの透視系の魔法は無用の産物となってしまう。


 それに加えて、スカイカイコたちは十数匹集まったコミニティーを作るようになり、同じ場所に繭を作り出すようになる。


 数千個もの繭が同時発生をするようになった。


 スカイカイコは、キングレッドアイフロッグとの生存競争に勝利をした。



 彼らの繭が置かれた場所は、一面が真っ白に染め上げられ、美しく光り輝いているという。


 これらが、人間に対して思わぬ副産物を生み出す。


 安価で透けない糸が手に入るようになったのだ。


 いらなくなった繭を人間たちが回収をして、洋服作りなどに使うようになる。


 透けない糸で作られた服は、女性たちに大好評であると同時に、男たちのロマンを完全に打ち砕いた。


 現在では、スカイカイコの糸で作られていない服はないと言ってもいいほどまでに普及をしている。


 これは女性服だけではなく、男性服に対しても例外ではない。


 誰も男性服を透かそうとはしないのではないかとの疑問はあるが、スカイカイコの糸は一気に手に入る量がとんでもなく多いので、”透けない糸”の方が”透ける糸”の値段よりも安くなってしまったのだ。


 産業に革命が起きた。


 だから、スカイカイコの糸は、高級な服にも安価な服にも幅広く使われているのである。


 こうして、魔法を使っても絶対に透けない服が完成したのであった。


 ちなみに、スカイカイコの巨大繭を回収するのは冒険者たちの仕事なのだが、まだ幼虫が繭の中に隠れている場所の繭を取りにいってしまうと、怒った十数匹のスカイカイコの親に一気に襲われてしまうので注意が必要である。


 当たりが一つもない所にいくのが、楽で安全、おすすめである。




「キン、ちなみにあんたの制服にもスカイカイコの糸がちゃんと使われているわよ。まぁ、あんたの粗末なモノなんて誰も見たがらないだろうけど」


「へいへい、そうですかい」



 しかし、魔法が存在して、魔法を使えるものたちが当たり前にいるのか。


 俺も、将来習得したら何かと便利だろうな...。


 もしかしたら、すでに使えたりして。


 なんて思ったりもした。




 カランコロンカラン。




 そんな俺の思考を遮る音が店内に鳴り響く。


 カジノの扉につけられた鐘の音である。


 店内には俺とジェスター以外に、謎の男が1人で入ってきていた。


 サングラスをした怪しげな風貌の男であった。

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